喜報
「腕時計、ですか……。」
警察官は俺の話を聞くと、手元の資料に何かを書き込んでいた。
「はい。結婚式の日に、床に落ちていた腕時計を拾っていたんです。」
「その後、その人物がどこへ向かったか覚えていますか?」
「すみません。そこまでは見ていません。」
「分かりました。ご協力ありがとうございます。」
警察官はもう一人の警察官と顔を見合わせた。
「ちなみに、その腕時計について何か特徴は覚えていますか?」
「特徴……。」
俺は腕を組んで考える。
…………。
んー。
…………。
あれ?
そういえば、腕時計そのものはあまり見ていなかったような……。
「すみません。腕時計の特徴までは覚えていません。」
「そうですか。ありがとうございます。」
警察官は頷くと、机の上に置いていた写真を片付けた。
「そういえば、なぜ腕時計が気になったのですか?」
警察官が写真を片付けながら俺に尋ねる。
「出航日に、マネキンが海から流れて来たんですよ。最初は人かと思って大慌てしたんですけど、後からマネキンだと聞いて驚きました!そのマネキンが腕時計を付けていたんですよ。」
「マネキン……それは今どこにありますか?」
「そういえば、後で皆と探しに行ったんですけど、その時にはもうありませんでした。」
「探しに?」
「はい。皆、腕時計に心当たりがあったようで。」
「分かりました。本日の聞き取りは以上になります。何か思い出されたことがありましたら、お知らせください。」
「分かりました。ありがとうございました。」
俺は立ち上がり、軽く頭を下げて部屋を出た。
廊下に出ると、壁にもたれかかっている縛の姿が見えた。
「あ、縛!」
「正樹さん。終わりましたか?」
「うん!」
俺が近づくと、縛は壁から体を離した。
「何か分かりましたか?」
「うん。あのね、結婚式の日に腕時計を拾っていた人がいたんだけど、その人が今回亡くなった船員さんなんだと思うのよね。」
「……腕時計?」
縛が眉を寄せる。
「そう。床に落ちていたのをあの人が拾ってた。」
「また腕時計ですか?」
「うん。」
「確か、まだ見つかっていないですよね。」
「そう。」
「…………。正樹さん。」
「なに?」
「もう少し詳しく説明していただけますか?」
「えー。」
なんでだろう。
事情聴取が終わったと思ったら、また事情聴取が始まった気がする。
俺は縛に、結婚式の日に見たことを一つずつ説明した。
すると、縛は何かを考えるように顎に手を当てた。
「……なるほど。」
「何か分かった?」
「いえ。ただ、少し気になりますね。」
「何が?」
「腕時計を拾った人物が、その後亡くなっていることです。」
「…………。」
確かに。
偶然なのかな?
「とりあえず、皆さんにも共有しましょう。」
「りょーかい。」
俺たちは他の皆が待つ部屋へと戻った。
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翌朝。
警察による船内の捜索が再び始まった。
鈴木翔太さんが使用していた船員用の部屋。
関係者用の通路。
そして、船内の倉庫。
警察官たちは手分けして、腕時計の行方を調べているらしい。
俺たちも、何か思い出せることがないか確認するため、警察官に付き添ってもらいながら結婚式の会場へ向かうことになった。
「……ここですね。」
縛が会場を見渡す。
華やかだった会場は、すっかり静まり返っていた。
「正樹さん。腕時計を拾った人は、どこにいましたか?」
「えーっと……。」
俺は会場を見渡す。
確か……。
あっ!
「あそこ!」
俺は会場の奥を指差した。
「ケーキの近く!」
「結婚式のケーキですか?」
「うん!確かあそこから腕時計を拾いに来たはず。」
警察官が俺の指差した場所へ向かい、床や周囲を確認し始めた。
「拾った後、どちらへ向かったか覚えていますか?」
「すみません。人が多かったので、そこまでは分かりません。」
「そうですか。」
俺は改めて会場を見渡した。
…………。
なんだろう。
あの日はあんなに人がいたのに、今は誰もいない。
凰真くんの事件があったから、会場は当時の状態のまま保存されているけど……。
あれ?
「正樹さん?」
「ん?」
「どうしました?」
「いや……そういえば、結婚式のケーキを運んできたのも、あの人だった気がするんだよね。」
縛も会場を見渡しながら、こちらに振り向く。
「……つまり、凰真くんの事件にも関係している可能性があるということですか?」
「記憶違いじゃなければ。」
そう言うと、縛が警察官に声を掛けた。
「今、正樹さんが思い出したんですが、腕時計を拾った船員が、結婚式のケーキを運んできた人物でもあるかもしれないそうです。」
「……なるほど。」
警察官は少し考えると、口を開いた。
「当日は参列者も多かったはずです。誰かが映像を撮影しているかもしれませんね。」
警察官はそう言うと、周囲の警察官に映像の確認を指示した。
その後、俺たちはしばらく会場に残り、警察官の質問に答えていた。
しかし、腕時計は見つからなかった。
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「結局、見つからなかったね。」
俺はソファに座りながら、大きく伸びをした。
「そうですね。ただ、まだ捜索は続いています。」
縛はそう言いながら、手元の資料に視線を落としていた。
「それにしても、腕時計かぁ。」
俺は自分の手首を見る。
「正樹さん?」
「ん?」
「何を考えているんですか?」
「いや、すぐ見つかりそうだなぁと思ってたのになぁ。」
「……どういう意味ですか?」
「だってさ、普通に落とし物だったら、拾って届ければ終わりじゃん?」
「…………。」
「なのに、どこにもないっておかしいじゃん。」
縛はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……確かに、そうですね。」
「でしょ?」
「ただ、その腕時計が事件に関係しているかどうかは、まだ分かりません。」
「うん。」
俺はソファの背もたれに体を預けた。
…………。
なんだかなぁ。
今回の旅行、本当にいろいろ起こりすぎじゃない?
俺は天井を見上げた。
その時だった。
♪〜♪〜♪
突然、部屋に着信音が響いた。
「……ん?」
縛がスマホを取り出す。
画面を確認すると、少し驚いたように目を見開いた。
「獅鳳さんからですね。」
「獅鳳くん?」
縛が電話に出る。
「はい。東雲です。」
『…………。』
「……え?」
縛の表情が変わった。
「本当ですか?」
『…………。』
「分かりました。すぐに皆さんへ伝えます。」
電話が切れる。
「どうしたの?」
俺が尋ねると、縛はゆっくりとこちらを向いた。
「正樹さん。」
「ん?」
「凰真くんが……。」
「…………。」
まさか!
俺はパッと身を起こした。
「目を覚ましたそうです。」
「……お?」
え?
「ええええええええ!!?」
俺は勢いよく立ち上がった。
「本当に!?」
「はい。先ほど病院から連絡があったそうです。」
「よかったぁぁぁぁ!!」
俺は思わず両手を上げた。
よかった。
本当によかった。
凰真くんが目を覚ました。
その知らせを聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが、すーっと軽くなった気がした。
「縛!獅鳳くんは!?」
「すでに病院へ向かう準備をしているそうです。」
「そっかぁ!」
俺は嬉しくなって、もう一度ソファに座った。
…………。
本当によかった。
俺は窓の外に広がる海を見つめた。
この旅行で、いろんなことが起きた。
怖いことも。
悲しいことも。
でも……。
こういう嬉しい知らせも、ちゃんとあるんだなぁ。
「……よかったね。凰真くん。」
俺は小さく呟いた。




