見てる?
「おーー。スゲェー。」
俺は頭上を見上げると、そこには天の川が見えた。
「めっちゃはっきり見えるなぁ。」
そう言いながら、俺は砂浜をザクザクと歩いて行く。
「正樹さん、逸れないでくださいね。」
縛がそう言うと、俺の方に振り返る。
今ここにいるのは、俺と縛しかいない。
俺たちは今、屋敷に向かっている。
なんで二人しかいないのかと言うと、俺たちの推測では、獅鳳くんが狙われてるかもしれないからだ。
立て続けに獅鳳くんの親族が狙われてるから、念のため獅鳳くんはクルーズに残ることにした。
え?
それだと犯人がいるかもしれないクルーズに残る方が危険じゃないかって?
そりゃ、柊木さんがいるから安心して残せるに決まってるじゃん。
だって、元特殊部隊のエリートだぞ。
しかも、クルーズにいた方が守りを固められる。
そう考えて、この夜中の屋敷探検は俺ら二人だけで行くことになった。
「ねぇ、縛〜。めっちゃいい星空だよ。」
俺が言うと、縛はため息をつく。
「遠足じゃないですから、行きますよ。」
「うん。屋敷の外から様子を伺うんだよね?」
「そうですね。その問題の屋敷に灯りがないので、夜の森で迷ったら終わりですけどね。」
「え!?」
俺は駆け足で縛の所に行く。
別に逸れそうだからではない。
断じて!
俺と縛は無言でどんどん森を進んで行く。
まっすぐ、左、右、左………。
「……。」
「………ねぇ、まさか。」
「方向感覚、失いましたね。」
縛は冷静に言うと、その場に座り込み、ポケットからコンパスと獅鳳くんからもらった地図を出す。
灯りないのに、よく見えるなぁ。
「………。ダメですね。コンパスが正常に働いてないです。」
「ん?ぐるぐる回ってるってこと?」
「そういうことですね。」
あちゃー。
やばい感じかぁー。
そう思い、俺も腰を下ろして木に寄り掛かる。
これ以上動かない方がいいなぁ。
俺は空を見上げて、星を数えることにした。
お〜、色んな色の星があるなぁ〜。
隣の縛は、またもやポケットから何かを出す。
うん。
相変わらず収納上手なことで。
そう思っていると、星の光が近くなる。
「ねぇ、縛。気のせい?なんか星の光、近付いてない?」
「何言ってるのですか?そんなことあるわけないじゃないですか?」
縛がそう言うと、顔を上げる。
「……。それ、星じゃないですね。」
「え?」
俺もよく目を凝らして見る。
あっ。
チカチカと光りながら近付いてくるのは蛍だった。
そして、蛍は俺の手の上に止まると、チカチカと光りながら、また飛び立つ。
………ん?
やたらと戻ってくるなぁ。
「正樹さん。付いて行かないでくださいよ。」
「え?どうせ明日の朝、迎えが来るのを待つだけだから、行ってもいいじゃん。」
そう言うと、俺は一歩踏み出す。
「………。まぁ、それもそうですね。」
縛は地面に広げたものを集めると、そのままポケットにしまう。
「ほらっ、行こうー。」
俺がそう言うと、縛は近くの木に矢印を付け始めた。
まぁ、いいか。
蛍に付いて行きながら、かなりの時間歩いた。
「ねぇ、縛。」
「なんですか?」
「さっきから同じ所歩いてない?」
俺は近くにある大きな木を指差す。
なんとなくだけど、この木、さっきも見たような気がする。
「それはないと思いますよ。僕が印を付けていますから。」
縛が後ろを振り返る。
俺も一緒になって振り返った。
「………。」
「………。」
真っ暗な森。
木。
木。
木。
「印、ないね。」
「………ないですね。」
さっきまで縛は、通った木に矢印を付けていた。
なのに、見える範囲には一つもない。
「風で消えたとか?」
「木に付けた印が風で消えるなら、僕も見てみたいですね。」
「じゃあ、木が歩いた?」
「それならもっと見てみたいですね。」
ですよね〜。
俺は再び前を向く。
蛍は俺たちを待っているかのように、その場でゆっくりと飛んでいた。
チカッ。
チカッ。
「………。」
なんか。
さっきまで綺麗だと思ってたのに。
ちょっと怖くなってきた。
「縛。」
「はい。」
「この蛍、本当に蛍だよね?」
「少なくとも、僕には蛍に見えます。」
「だよね。」
蛍が再び動き始める。
俺たちもその後を追った。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
聞こえるのは、俺と縛が草を踏む音だけ。
「………。」
俺は歩きながら周囲を見る。
あれ?
なんか変だな。
「ねぇ、縛。」
「今度はなんですか?」
「静かじゃない?」
縛が足を止めた。
俺も止まる。
シーン……。
さっきまで聞こえていた虫の声がしない。
鳥の声もしない。
それどころか、海から聞こえていた波の音まで、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「………確かに静かですね。」
「沖縄の森って、こんな静かなの?」
「夜なら虫くらい鳴いていてもおかしくないと思いますけど。」
「………。」
聞かなきゃよかった。
俺は周囲を見回す。
森の中に灯りはない。
頼りになるのは、木々の隙間から差し込む月明かりと、俺たちの前を飛ぶ蛍の淡い光だけ。
目が暗闇に慣れてきたとはいえ、少し先にある木ですら黒い影にしか見えない。
「縛。」
「はい。」
「………近くにいてね。」
「正樹さんから言うの珍しいですね。」
「別に怖いわけじゃないよ。」
「何も言ってませんけど。」
「………。」
俺は無言で縛との距離を縮めた。
「正樹さん。」
「ん?」
「近いです。」
「気のせいだよ。」
「僕の腕にくっついてますけど。」
「気のせい。」
「そうですか。」
そうです。
絶対に怖いわけじゃない。
俺たちはしばらく動かなかった。
音がない。
風もない。
葉が揺れる気配すらない。
なのに、少し離れた場所で、何かが擦れるような音がした。
ザ……。
俺は息を止める。
ザ……。
今度は、さっきより近い。
「縛。」
「聞こえました。」
縛の声は低かった。
俺たちは音のした方を見た。
けれど、そこには木と闇しかない。
「動物かな?」
「動物なら、こちらを警戒して離れるはずです。」
「じゃあ、人?」
「分かりません。ただ、今は動かないでください。」
縛の手が、俺の肩を押さえる。
その瞬間、森の奥で小さな光が点いた。
チカッ。
俺は反射的にそちらを見る。
「………あれ?」
チカッ。
また光った。
赤い。
「蛍、増えた?」
「違います。」
縛の返事が早かった。
「え?」
「蛍なら、あの位置で同じ間隔に光り続けることはありません。」
赤い光は、森の奥で動かなかった。
チカッ。
チカッ。
一定の間隔で、こちらを見ているように点滅している。
俺の背中を冷たい汗が流れた。
「正樹さん、しゃがんでください。」
「え?」
「ゆっくり。音を立てないで。」
縛は俺の服を掴むと、木の陰へ引き寄せた。
俺の心臓がバクバクして、鼻先は縛の首元の近くにあった。
ふぇーー!!
「よく見てください。あれは光っているんじゃありません。」
「え?」
「レンズが、こちらを向いているんです。」
俺は目を凝らした。
赤い光の周囲に、かすかな輪郭が見える。
木の枝に隠れるように、小さな黒い機械が取り付けられていた。
「………カメラ?」
「そうです。」
縛は視線を逸らさずに答えた。
「鈴鳴りダムにあったものと同じです。」
「監視カメラ……。」
「しかも、あれだけではありません。」
「え?」
縛が俺の背後を指差す。
振り返ると、別の木の間にも、赤い点があった。
チカッ。
さらにその奥。
チカッ。
俺たちが歩いてきた方向にも、かすかな赤い光が浮かんでいる。
「………囲まれてる?」
「少なくとも、監視されている可能性は高いですね。」
蛍に紛れて、こんなものがいくつも設置されていたのか。
そう考えた瞬間、森の中にいるのが俺たちだけではないような気がした。
「これ、俺たち映ってない?」
「分かりません。ですが、ここに長くいるのは危険です。」
「じゃ、どうする?」
「戻ります。来た道を確認しながら、できるだけカメラの死角を通ります。」
縛はそう言うと、周囲を見回した。
その時、彼の視線が俺の足元で止まった。
「………正樹さん。」
「ん?」
「動かないでください。」
「え?」
「足元に何かあります。」
俺は足を上げずに、視線だけを落とした。
木の根元。
そこには、俺たちをここまで導いてきた蛍が、土と苔に埋もれた小さな石造りの祠に止まっていた。
「………こんなのあった?」
「僕たちは、さっきここを通っていません。」
「でも、カメラを見つける前から、ここにあったんじゃないの?」
「そうかもしれません。ただ、問題はそこではありません。」
縛は祠の正面を指差した。
蛍がゆっくりと羽を広げる。
チカッ。
淡い光が祠の扉を照らした。
その中央に、浅く刻まれた模様が浮かび上がる。
丸い形。
その内側を横切る、何本もの線。
「このマーク……。」
俺は息を呑んだ。
見覚えがある。
けれど、どこで見たのか、すぐには思い出せない。
「正樹さん。鈴鳴りダムで見たものを覚えていますか?」
「監視カメラ?」
「それだけではありません。」
縛は祠の扉に近付いた。
「壁画です。あの村で、正樹さんが開けた大きな壁画。」
「………!」
頭の中に、あの時の景色が浮かんだ。
大きな壁。
その表面に描かれていた、奇妙な模様。
そして、壁の奥に隠されていたもの。
俺は祠の扉を見つめる。
同じだ。
細部まで完全に同じというわけではない。
けれど、丸い輪郭と、そこを横切る線の配置は、あの壁画に刻まれていたものと一致している。
「なんで、ここに……?」
「監視カメラがある場所に、このマークがある。」
縛は祠から赤い光へ視線を移した。
「そして、そのマークは、あの壁画にもあった。」
「つまり……。」
「この島と、あの村は無関係ではないということです。」
その言葉が落ちた瞬間、森の奥でカチッと小さな音がした。
俺たちは同時に顔を上げる。
赤い光の一つが、こちらを向いた。
チカッ。
まるで、祠を確認するように。
「………今の、カメラが動いた?」
「ええ。」
縛は俺の腕を掴んだ。
「帰ります。今すぐに。」
「でも、祠は?」
「触りません。写真だけ撮ります。」
縛はスマートフォンを取り出し、祠と監視カメラを素早く撮影する。
その直後。
森の奥で、別の赤い光が点いた。
チカッ。
さらに一つ。
チカッ。
まるで、俺たちの存在を次々に伝えているようだった。
「縛……。」
「走ります。」
「え?」
「音を立てるなと言いたいところですが、今は距離を取る方が先です。」
縛は俺の腕を引いた。
俺は最後にもう一度、祠を振り返る。
苔むした扉。
壁画と同じマーク。
その向こうに何があるのかは、まだ分からない。
ただ、ここにあるのは偶然ではない。
監視カメラも。
祠も。
あの壁画も。
全部、どこかで繋がっている。
そして、その繋がりを知っている誰かが、今もこの森のどこかで俺たちを見ている。
「正樹さん、前を見てください!」
「分かってるって!」
俺は縛に引かれながら、暗い森を走った。
背後では、赤い光が一定の間隔で点滅し続けていた。
チカッ。
チカッ。
チカッ。
その光は、俺たちを見送っているようにも。
追いかけているようにも見えた。




