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人類の罪  作者: 華
幸せの形
118/144

見てる?

「おーー。スゲェー。」


俺は頭上を見上げると、そこには天の川が見えた。


「めっちゃはっきり見えるなぁ。」


そう言いながら、俺は砂浜をザクザクと歩いて行く。


「正樹さん、逸れないでくださいね。」


縛がそう言うと、俺の方に振り返る。


今ここにいるのは、俺と縛しかいない。


俺たちは今、屋敷に向かっている。


なんで二人しかいないのかと言うと、俺たちの推測では、獅鳳くんが狙われてるかもしれないからだ。


立て続けに獅鳳くんの親族が狙われてるから、念のため獅鳳くんはクルーズに残ることにした。


え?


それだと犯人がいるかもしれないクルーズに残る方が危険じゃないかって?


そりゃ、柊木さんがいるから安心して残せるに決まってるじゃん。


だって、元特殊部隊のエリートだぞ。


しかも、クルーズにいた方が守りを固められる。


そう考えて、この夜中の屋敷探検は俺ら二人だけで行くことになった。


「ねぇ、縛〜。めっちゃいい星空だよ。」


俺が言うと、縛はため息をつく。


「遠足じゃないですから、行きますよ。」


「うん。屋敷の外から様子を伺うんだよね?」


「そうですね。その問題の屋敷に灯りがないので、夜の森で迷ったら終わりですけどね。」


「え!?」


俺は駆け足で縛の所に行く。


別に逸れそうだからではない。


断じて!


俺と縛は無言でどんどん森を進んで行く。


まっすぐ、左、右、左………。


「……。」


「………ねぇ、まさか。」


「方向感覚、失いましたね。」


縛は冷静に言うと、その場に座り込み、ポケットからコンパスと獅鳳くんからもらった地図を出す。


灯りないのに、よく見えるなぁ。


「………。ダメですね。コンパスが正常に働いてないです。」


「ん?ぐるぐる回ってるってこと?」


「そういうことですね。」


あちゃー。


やばい感じかぁー。


そう思い、俺も腰を下ろして木に寄り掛かる。


これ以上動かない方がいいなぁ。


俺は空を見上げて、星を数えることにした。


お〜、色んな色の星があるなぁ〜。


隣の縛は、またもやポケットから何かを出す。


うん。


相変わらず収納上手なことで。


そう思っていると、星の光が近くなる。


「ねぇ、縛。気のせい?なんか星の光、近付いてない?」


「何言ってるのですか?そんなことあるわけないじゃないですか?」


縛がそう言うと、顔を上げる。


「……。それ、星じゃないですね。」


「え?」


俺もよく目を凝らして見る。


あっ。


チカチカと光りながら近付いてくるのは蛍だった。


そして、蛍は俺の手の上に止まると、チカチカと光りながら、また飛び立つ。


………ん?


やたらと戻ってくるなぁ。


「正樹さん。付いて行かないでくださいよ。」


「え?どうせ明日の朝、迎えが来るのを待つだけだから、行ってもいいじゃん。」


そう言うと、俺は一歩踏み出す。


「………。まぁ、それもそうですね。」


縛は地面に広げたものを集めると、そのままポケットにしまう。


「ほらっ、行こうー。」


俺がそう言うと、縛は近くの木に矢印を付け始めた。


まぁ、いいか。


蛍に付いて行きながら、かなりの時間歩いた。


「ねぇ、縛。」


「なんですか?」


「さっきから同じ所歩いてない?」


俺は近くにある大きな木を指差す。


なんとなくだけど、この木、さっきも見たような気がする。


「それはないと思いますよ。僕が印を付けていますから。」


縛が後ろを振り返る。


俺も一緒になって振り返った。


「………。」


「………。」


真っ暗な森。


木。


木。


木。


「印、ないね。」


「………ないですね。」


さっきまで縛は、通った木に矢印を付けていた。


なのに、見える範囲には一つもない。


「風で消えたとか?」


「木に付けた印が風で消えるなら、僕も見てみたいですね。」


「じゃあ、木が歩いた?」


「それならもっと見てみたいですね。」


ですよね〜。


俺は再び前を向く。


蛍は俺たちを待っているかのように、その場でゆっくりと飛んでいた。


チカッ。


チカッ。


「………。」


なんか。


さっきまで綺麗だと思ってたのに。


ちょっと怖くなってきた。


「縛。」


「はい。」


「この蛍、本当に蛍だよね?」


「少なくとも、僕には蛍に見えます。」


「だよね。」


蛍が再び動き始める。


俺たちもその後を追った。


ザッ。


ザッ。


ザッ。


聞こえるのは、俺と縛が草を踏む音だけ。


「………。」


俺は歩きながら周囲を見る。


あれ?


なんか変だな。


「ねぇ、縛。」


「今度はなんですか?」


「静かじゃない?」


縛が足を止めた。


俺も止まる。


シーン……。


さっきまで聞こえていた虫の声がしない。


鳥の声もしない。


それどころか、海から聞こえていた波の音まで、いつの間にか聞こえなくなっていた。


「………確かに静かですね。」


「沖縄の森って、こんな静かなの?」


「夜なら虫くらい鳴いていてもおかしくないと思いますけど。」


「………。」


聞かなきゃよかった。


俺は周囲を見回す。


森の中に灯りはない。


頼りになるのは、木々の隙間から差し込む月明かりと、俺たちの前を飛ぶ蛍の淡い光だけ。


目が暗闇に慣れてきたとはいえ、少し先にある木ですら黒い影にしか見えない。


「縛。」


「はい。」


「………近くにいてね。」


「正樹さんから言うの珍しいですね。」


「別に怖いわけじゃないよ。」


「何も言ってませんけど。」


「………。」


俺は無言で縛との距離を縮めた。


「正樹さん。」


「ん?」


「近いです。」


「気のせいだよ。」


「僕の腕にくっついてますけど。」


「気のせい。」


「そうですか。」


そうです。


絶対に怖いわけじゃない。


俺たちはしばらく動かなかった。


音がない。


風もない。


葉が揺れる気配すらない。


なのに、少し離れた場所で、何かが擦れるような音がした。


ザ……。


俺は息を止める。


ザ……。


今度は、さっきより近い。


「縛。」


「聞こえました。」


縛の声は低かった。


俺たちは音のした方を見た。


けれど、そこには木と闇しかない。


「動物かな?」


「動物なら、こちらを警戒して離れるはずです。」


「じゃあ、人?」


「分かりません。ただ、今は動かないでください。」


縛の手が、俺の肩を押さえる。


その瞬間、森の奥で小さな光が点いた。


チカッ。


俺は反射的にそちらを見る。


「………あれ?」


チカッ。


また光った。


赤い。


「蛍、増えた?」


「違います。」


縛の返事が早かった。


「え?」


「蛍なら、あの位置で同じ間隔に光り続けることはありません。」


赤い光は、森の奥で動かなかった。


チカッ。


チカッ。


一定の間隔で、こちらを見ているように点滅している。


俺の背中を冷たい汗が流れた。


「正樹さん、しゃがんでください。」


「え?」


「ゆっくり。音を立てないで。」


縛は俺の服を掴むと、木の陰へ引き寄せた。


俺の心臓がバクバクして、鼻先は縛の首元の近くにあった。


ふぇーー!!


「よく見てください。あれは光っているんじゃありません。」


「え?」


「レンズが、こちらを向いているんです。」


俺は目を凝らした。


赤い光の周囲に、かすかな輪郭が見える。


木の枝に隠れるように、小さな黒い機械が取り付けられていた。


「………カメラ?」


「そうです。」


縛は視線を逸らさずに答えた。


「鈴鳴りダムにあったものと同じです。」


「監視カメラ……。」


「しかも、あれだけではありません。」


「え?」


縛が俺の背後を指差す。


振り返ると、別の木の間にも、赤い点があった。


チカッ。


さらにその奥。


チカッ。


俺たちが歩いてきた方向にも、かすかな赤い光が浮かんでいる。


「………囲まれてる?」


「少なくとも、監視されている可能性は高いですね。」


蛍に紛れて、こんなものがいくつも設置されていたのか。


そう考えた瞬間、森の中にいるのが俺たちだけではないような気がした。


「これ、俺たち映ってない?」


「分かりません。ですが、ここに長くいるのは危険です。」


「じゃ、どうする?」


「戻ります。来た道を確認しながら、できるだけカメラの死角を通ります。」


縛はそう言うと、周囲を見回した。


その時、彼の視線が俺の足元で止まった。


「………正樹さん。」


「ん?」


「動かないでください。」


「え?」


「足元に何かあります。」


俺は足を上げずに、視線だけを落とした。


木の根元。


そこには、俺たちをここまで導いてきた蛍が、土と苔に埋もれた小さな石造りの祠に止まっていた。


「………こんなのあった?」


「僕たちは、さっきここを通っていません。」


「でも、カメラを見つける前から、ここにあったんじゃないの?」


「そうかもしれません。ただ、問題はそこではありません。」


縛は祠の正面を指差した。


蛍がゆっくりと羽を広げる。


チカッ。


淡い光が祠の扉を照らした。


その中央に、浅く刻まれた模様が浮かび上がる。


丸い形。


その内側を横切る、何本もの線。


「このマーク……。」


俺は息を呑んだ。


見覚えがある。


けれど、どこで見たのか、すぐには思い出せない。


「正樹さん。鈴鳴りダムで見たものを覚えていますか?」


「監視カメラ?」


「それだけではありません。」


縛は祠の扉に近付いた。


「壁画です。あの村で、正樹さんが開けた大きな壁画。」


「………!」


頭の中に、あの時の景色が浮かんだ。


大きな壁。


その表面に描かれていた、奇妙な模様。


そして、壁の奥に隠されていたもの。


俺は祠の扉を見つめる。


同じだ。


細部まで完全に同じというわけではない。


けれど、丸い輪郭と、そこを横切る線の配置は、あの壁画に刻まれていたものと一致している。


「なんで、ここに……?」


「監視カメラがある場所に、このマークがある。」


縛は祠から赤い光へ視線を移した。


「そして、そのマークは、あの壁画にもあった。」


「つまり……。」


「この島と、あの村は無関係ではないということです。」


その言葉が落ちた瞬間、森の奥でカチッと小さな音がした。


俺たちは同時に顔を上げる。


赤い光の一つが、こちらを向いた。


チカッ。


まるで、祠を確認するように。


「………今の、カメラが動いた?」


「ええ。」


縛は俺の腕を掴んだ。


「帰ります。今すぐに。」


「でも、祠は?」


「触りません。写真だけ撮ります。」


縛はスマートフォンを取り出し、祠と監視カメラを素早く撮影する。


その直後。


森の奥で、別の赤い光が点いた。


チカッ。


さらに一つ。


チカッ。


まるで、俺たちの存在を次々に伝えているようだった。


「縛……。」


「走ります。」


「え?」


「音を立てるなと言いたいところですが、今は距離を取る方が先です。」


縛は俺の腕を引いた。


俺は最後にもう一度、祠を振り返る。


苔むした扉。


壁画と同じマーク。


その向こうに何があるのかは、まだ分からない。


ただ、ここにあるのは偶然ではない。


監視カメラも。


祠も。


あの壁画も。


全部、どこかで繋がっている。


そして、その繋がりを知っている誰かが、今もこの森のどこかで俺たちを見ている。


「正樹さん、前を見てください!」


「分かってるって!」


俺は縛に引かれながら、暗い森を走った。


背後では、赤い光が一定の間隔で点滅し続けていた。


チカッ。


チカッ。


チカッ。


その光は、俺たちを見送っているようにも。


追いかけているようにも見えた。

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