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人類の罪  作者: 華
幸せの形
117/144

推測

遅くなりました!

「……ありませんね。マネキン。」


縛の言葉に、誰も返事をしなかった。


俺は何も置かれていない場所をじーっと見つめる。


……ない。


うん。


ないね。


「どこ行ったんだろう?」


「歩いてどこかに行ったわけではないでしょう。」


「それは分かってるよ!」


さすがの俺でも、マネキンが歩かないことくらい分かるよ。もう。


「誰かが持っていったってことですか?」


道徳が部屋の中を見回す。


「そう考えるのが自然ですけど……。」


縛も周囲を確認しながら答えた。


「何か気になることでもあるの?」


俺が首を傾げると、縛は黙ったままマネキンが置かれていたであろう場所を見つめていた。


「……気のせいならいいですけど、海から引き上げたのでしたら、乾いたところが少し白くなると思うのですよね。」


「なんで?」


「海水には塩分が含まれていますから。」


「あーー。確かにそうかも。」


俺がそう言うと、縛が少し考え込む。


考え込む縛の隣には、さっきから話していない獅鳳くんがいた。


「獅鳳くん?」


「……腕時計。」


「ん?」


「正樹くん。本当に、そのマネキンが腕時計をつけてたんだよな?」


「うん。」


俺は頷く。


「遠くからだから、はっきり見えたわけじゃないけど。」


「…………。」


獅鳳くんの顔から、みるみる表情が消えていく。


「どうした?」


俺は獅鳳くんの顔を覗く。


「警察の話、詳しく覚えているか?」


「え?」


俺だけじゃない。皆が獅鳳くんを見る。


「……確か、犯人がまだ見つかっていないという話ですよね?」


縛がそう言うと、道徳が頷く。


「ん?崖から飛び降りたって話じゃなくて?」


俺が言うと、二人はハッとする。


「まさか……。」


「そんな偶然、あります?」


「……もし、あのマネキンがここに流れ着くことまで計算されていたとしたら?」


獅鳳くんが言うと、二人の顔から血の気が引く。


「今、このクルーズに何人いるんですか?」


「……確認しないと分からないですね。」


「え?」


俺がキョトンとしていると、縛がこっちを向いて説明してくれる。


「もしもの話ですよ。崖から飛び降りたのが犯人ではなく、意図的に落とされたマネキンだったとします。」


「うん。」


「そして、そのマネキンがこのクルーズ船の近くまで流れ着くことまで計算されていたとしたら……。」


縛が一度、言葉を止める。


「それだけ海流や、この船の航路を知っている人間が関わっている可能性があります。」


「…………。」


「そして、マネキンがこの船から消えた。」


「…………。」


「つまり――。」


縛が声を落とした。


「このクルーズ船に、その人物がいるかもしれないということです。」


「え!!!!やばいじゃん!!!!!」


「シーーー!!!!もしもの話ですよ!!」


縛が慌てて俺の口を手で塞ぐ。


「うっ!もごもご!」


ジタバタする俺に、縛が目で何かを訴える。


「大丈夫ですか?」


保管室の扉から船員が顔を覗かせる。


「あ!大丈夫です!」


道徳が言うと、獅鳳くんが小声で言った。


「とりあえず出ますよ。俺に任せてください。」


その声に皆が頷く。


「あ〜、やっぱ落ちてなかったかぁ。付き合わせてもらってすみません。」


獅鳳くんが申し訳なさそうにする。


「だ、大丈夫です!」


道徳がそう言うと、獅鳳くんは扉に向かって歩き出す。


皆もその後についていく。


「探し物は見つかりましたか?」


扉を出ると、船員が俺達に聞く。


「なかった、なかった。俺の財布、見つかったら教えてくれ。」


そう言うと、船員は頷く。


「はい!分かりました!」


「よろしく。」


そう言うと、獅鳳くんが歩き出す。


「…………。」


皆、誰も話さない。


なんか口を開きづらい。


ぐぅー。


「…………。」


グゥ〜。


「……正樹さん?」


「お、俺じゃない!!」


「え、先輩しかいないじゃないですか?」


「違う!!気のせい!!!!俺じゃない!!本当だって!!」


「ふーん。」


「ふーんって何だよ!!!俺じゃないって!」


俺がめっちゃジタバタする。


すると、獅鳳くんが静かに手を上げる。


「…………すんません。俺です。」


獅鳳くんが気まずそうにする。


「ご飯、喉に通らなくて……。」


そう言うと、道徳は獅鳳くんを抱きしめた。


「僕がいるんだから、そういうのはちゃんと言って。」


獅鳳くんはじっと道徳を見たあと、静かに頷く。


「そういうことでしたら、ご飯にします?僕達も軽食をいただきたいところでした。」


「うん!俺も少しお腹空いてた!」


俺がそう言うと、獅鳳くんは頷き、どこかに電話をかける。


「獅鳳だけど、ご飯食べるからレストランのVIPルーム開けて。」


『坊ちゃぁぁぁん!!一体どちらにいらっしゃるんですかぁぁ!!』


電話の向こうから、男の人の泣き声が聞こえてきた。


……ん?


なんか、めっちゃ泣いてる?


『凰真坊ちゃんのこともありますし、坊ちゃんまでどこかへ行ってしまわれたら、私はもう……!』


「あぁー!もう!大騒ぎなんだって!!!とりあえずこれから行くから用意して!」


『坊ちゃん!お待ちくださ――』


プツッ。


獅鳳くんが電話を切った。


「…………。」


皆が獅鳳くんを見る。


「文隆さんが心配するのも分かるよ。僕も心配だよ。」


道徳が少し涙目で言う。


「悪かった。心配させた。」


獅鳳くんは少し申し訳なさそうに笑った。


「でも、これからとことん頭使わないといけないから、落ち込んでる暇ないよなぁ。」


「そうだよ。皆で考えれば、何かしら出てくるよ!」


「そうだなぁ。」


二人が見つめ合うと、どちらからともなくクスッと笑った。


「じゃあ、行きますか。」


俺達は獅鳳くんに案内され、レストランへ向かった。


レストランに着くと、店員さんに案内されて奥へ進む。


一番奥にある扉を開けると、大きなテーブルと椅子が並んでいた。


「おぉ〜!広い!」


「正樹さん、声大きいですよ。」


「だって広いんだもん!」


俺が部屋の中を見回していると、奥からものすごい勢いで誰かが走ってくる。


「坊ちゃぁぁぁん!!!」


「うわっ!」


文隆さんは獅鳳くんの前まで来ると、肩をガシッと掴んだ。


「どちらに行っていたのですか!私がどれほど心配したと――」


「分かった!分かったから!とりあえず飯!」


「ですが!」


「腹減った!」


「…………。」


文隆さんの動きが止まる。


そして――。


「ただいまお持ちいたします!!!」


はやっ。


文隆さんはさっきまで泣いていたのが嘘みたいに、ものすごい勢いで部屋から出ていった。


「……元気な人だね。」


「昔からあんな感じです。」


獅鳳くんは疲れたように椅子に座る。


俺達もそれぞれ席に着いた。


しばらくすると、テーブルの上に次々と料理が運ばれてくる。


サンドイッチに、スープ。


サラダに、お肉。


それから――。


デザートまである。


「縛。」


「まだ何もしてませんよ。」


「デザートしか見ていなかったでしょう。」


「…………。」


なんで分かったのかという顔してるなぁ。


「先にちゃんと食べろよ。」


「……。」


縛は仕方なく目の前のサンドイッチを手に取った。


「それで。」


道徳の声に、俺はサンドイッチを口に入れながら顔を上げる。


「さっきの腕時計って、何かあるの?」


獅鳳くんの手が止まった。


「……ああ。」


獅鳳くんは少し考えてから、口を開く。


「親父が大事にしてた腕時計なんだ。」


「お父さんの?」


「ああ。ガキの頃からずっと使ってた。高い時計なら他にも腐るほど持ってたのに、なぜかあれだけは手放さなかった。」


「形見みたいなものですか?」


縛が聞く。


「俺達にとっては、そうなるな。」


獅鳳くんは頷いた。


「でも、親父が死んだあと、俺も凰真もあの時計は受け取ってない。」


「じゃあ、誰が持ってたの?」


俺が聞くと、獅鳳くんは少しだけ黙った。


「……千代子叔母さん。」


「え?」


「親父が亡くなる少し前に、千代子叔母さんに預けたらしい。」


「なんで?」


「それが分からない。」


獅鳳くんは首を横に振る。


「俺も凰真も、親父が死んだあとに知った。遺品を整理してる時に時計がないことに気付いて、文隆に聞いたんだ。」


「文隆さんは知ってたの?」


「ああ。親父本人から、千代子叔母さんに渡したって聞いてたらしい。」


「…………。」


俺は食べかけのサンドイッチを見つめる。


なんか……。


よく分からない。


「でも、それなら変じゃないですか?」


縛が口を開いた。


「何が?」


「千代子さんが持っていたはずの腕時計が、どうしてあのマネキンについていたのでしょう。」


「…………。」


あ。


確かに。


「犯人が持っていったってこと?」


俺が聞くと、獅鳳くんは首を横に振った。


「分からない。でも、そう考えるのが自然だろうな。」


「じゃあ……。」


道徳が少し考える。


「犯人は千代子さんを殺したあと、腕時計を持っていった。それをマネキンにつけて、崖から落とした?」


「可能性はありますね。」


縛が頷く。


「でも、なんで?」


俺は首を傾げる。


「逃げるためにマネキンを使ったのは分かるよ?でも、なんでわざわざ腕時計までつけるの?」


「…………。」


誰も答えない。


「確かにそうですね。」


縛が顎に手を当てる。


「自分が死んだように見せかけたいだけなら、マネキンを落とすだけでもいいはずです。」


「ましてや親父の時計なんて、犯人にとって何の意味があるんだ?」


獅鳳くんが呟く。


「…………。」


また分からなくなった。


分かったと思ったら、すぐ分からなくなる。


事件って難しい。


俺は考えるのを諦めて、サンドイッチを一口食べる。


うん。


美味しい。


「……あ。」


突然、縛が声を上げた。


「ん?」


「どうした?」


皆が縛を見る。


縛はしばらく何も言わなかった。


そして、ゆっくり顔を上げる。


「先ほど見た光……。」


「光?」


俺が聞き返す。


「船に戻る前、山の上で光を見たんです。」


「それがどうしたの?」


「…………。」


縛は獅鳳くんを見る。


「獅鳳さん。尾野家の屋敷って、山の上にありましたよね?」


「ああ。」


「どの辺りですか?」


獅鳳くんは少し考える。


「島の北側。山の頂上に近いところだけど……。」


「…………。」


縛の表情が変わった。


「僕が光を見た方向と同じです。」


「え?」


俺は思わずサンドイッチを持ったまま縛を見る。


「じゃあ……。」


道徳が呟く。


誰も、その続きを言わなかった。


獅鳳くんがゆっくり椅子から立ち上がる。


「屋敷に行く。」


「今から!?」


「ああ。」


獅鳳くんは真剣な顔で俺達を見る。


「もしかしたら――。」


一度、言葉を止める。


「犯人がいるかもしれない。」

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