柊木パパ
凰真くんの事件に、気付けば皆疲労していた。凰真くんは病院に搬送され、手術を受け、今はICUに入っている。
命は繋がった。
それだけでも喜ぶべきことなのかもしれない。でも、だからといって心配じゃなくなるわけじゃない。
誰も何も話さないまま、重たい空気だけが部屋の中に残っていた。
そんな中、柊木さんが大きく息を吐く。
「心配なのは分かる。けどな、今は生きてるんだ。心配し過ぎて自分達の体まで崩したら、元も子もないだろ。」
柊木さんの言葉に、道徳がゆっくり顔を上げる。
「ましてや、ほら。新婚だろ?」
「え?」
「心配するのも大事だけど、自分達のことも大事にしな。明日はとりあえず、息抜きに皆でどっか行ってこい。思い詰めたって、出るもんも出なくなっちまう。」
「…………。」
道徳は何も答えない。
隣にいる穂乃果ちゃんも、心配そうに道徳を見つめていた。
確かに……。
せっかく結婚したばかりなのに。結婚式の直後にこんな事件が起きたせいで、二人とも新婚らしいことなんて何もできてない。
柊木さんの言葉に、皆が小さく頷く。
その時だった。
ガタッ。
椅子が動く音がする。
見ると、獅鳳くんが一人だけ立ち上がっていた。
「…………。」
何も言わず、そのまま扉へ向かって歩いていく。
「獅鳳!」
道徳が追いかけようと立ち上がる。
しかし、その肩を柊木さんが掴んだ。
「一人の時間も大事だぁ。」
「でも!」
道徳が柊木さんを振り返る。
「立て続けに尾野家に事件が起きてるんですよ!?獅鳳まで何かあったら……!」
「道徳様。」
静かな声が響いた。
文彦さんだ。
「そこはご安心くださいませ。」
「文彦さん……?」
「すでに我々の方で護衛を手配し、獅鳳様の周囲を見守っております。」
文彦さんは深く頭を下げる。
「凰真様の件は、我々の力不足でございます。同じことが二度と起こらぬよう、警察の方々にもご協力をお願いしております。」
「…………。」
「それに、私の息子がすでに獅鳳様のそばについております。」
「息子さんが?」
「はい。」
文彦さんは道徳を真っ直ぐ見つめる。
「何かあった際には、命に代えても私達が坊ちゃんをお守りいたします。」
「文彦さん……。」
文彦さんは道徳に向かって小さく頷くと、そのまま部屋を出て行った。
扉が静かに閉まる。
「……まぁ、そういうことだぁ。」
柊木さんがパンッと両手を叩いた。
「こういう時こそ息抜きが必要だ。ほらっ、せっかく離島まで来たんだぞ?部屋に籠ってたらもったいないだろ。」
「でも……。」
道徳は視線をキョロキョロさせ、あたふたしていた。
「行った行った。」
「えっ。」
「ほら、佐伯も!」
柊木さんの手が伸びて来る。
「俺!?」
背中をグイグイ押される。
「ちょっ、柊木さん!押さなくても行くから!」
「なら早く行け!」
「分かったって!!」
そうして俺達は、半ば追い出されるようにそれぞれの部屋へ戻ることになった。
自分達の部屋へ戻ると、俺はベッドに腰を下ろす。
「…………。」
静かだ。
さっきまで皆がいたから余計にそう感じる。
窓の外からは、波の音が聞こえていた。
青い海。
白い砂浜。
遠くには小さな島も見える。
こんな綺麗な場所にいるのに……。
俺達が考えていることは事件のことばかりだ。
ふと見ると、縛が窓の前に立っていた。
背中を向けたまま、じっと外を見ている。
「……なぁ、縛。」
「はい。」
「これからどうすればいい?」
「どうもこうも、今はできることないですよ。」
縛はこっちを振り向かずに返事をする。
「でも……何か力になりたい。」
「…………。」
返事がない。
「凰真くんのこともそうだし、獅鳳くんだって……。」
「…………。」
「俺達にも何か――」
「…………。」
……ん?
俺は首を傾げる。
なんかおかしい。
さっきから縛が一回もこっちを見ない。
というか……。
カァー!
カァー!
窓の外から、やたらとシロの鳴き声が聞こえてくる。
カァー!
カァー!
「…………。」
うるさい。さっきからめっちゃ鳴いてる。
もう何!?
「なに、シロ?」
そう言いながら、俺は窓へ近付いていく。
すると――。
スッ。
俺が近付くのと反対に、縛が俺に背を向けた。
「…………。」
ん?なんだ?
やたらと顔を見せないようにしてない?
「……縛?」
「なんですか?」
「いや、こっち向いて。」
「嫌です。」
即答!?
「なんで!?」
「特に理由はありません。」
「いや、絶対あるだろ!」
俺が右から覗き込もうとすると、縛も右へ。
なら左!
スッ。
左へ行くと、縛も左へ。
「…………。」
「…………。」
絶対何かある。
「縛。」
「なんですか。」
「こっち向け。」
「嫌です。」
「なんでだよ!」
俺は無理矢理、縛の顔が見える位置へ回り込む。
「ちょっ、正樹さん。」
小さく抵抗されたけど、すぐに大人しくなる。
いや。
そりゃ大きく抵抗できないわなぁ。
だって――。
アイスを持っているから!!
「え!?」
縛の手には、立派なソフトクリームが握られていた。
「ええーーー!?いつ!?いつソフトクリーム作りに行ったの!?」
「…………。」
縛は諦めたようにソフトクリームを一口食べる。
「……美味しいですよ。」
「いやいやいや!一緒にいたよね!?え!?いつ!?」
「移動していた時にマシンの前に誰もいなかったので、すぐ作れました。」
「えーー!!嘘!全然気付かなかった!」
「そりゃ正樹さん、珍しく静かに下向いてましたから。」
「そりゃ!あんなことの後に色々考えるだろ!?」
「……まぁ、そうですけど。」
ペロッ。
また食べた。
「…………。」
ペロッ。
「…………。」
「なんですか。」
「俺も食べたい。」
「作ってくればいいじゃないですか。」
「場所分かんない。」
「…………。」
縛が露骨に嫌そうな顔をする。
「連れてって。」
そう言うと、顔を背ける縛。
「嫌です。」
「なんで!?」
「僕、もう作りましたから。」
と、自慢気に自分のを俺に見せる。
「俺は作ってない!」
「知りませんよ。」
俺は縛の袖を掴みながら、揺さぶる。
「縛ぅ〜。」
「嫌です。」
カァー!
「うわっ!」
突然、窓の外からシロが飛んできた。
おっ!もう飛べるくらい治ったのか!
縛の肩がビクッと動く。
シロの視線は――。
完全にソフトクリームを捉えている。
「…………。」
「…………。」
縛とシロが見つめ合う。
カァ。
「駄目です。」
カァ!
「駄目。」
カァーー!!
「絶対にあげません。」
「鳥と会話するなよ。」
「前回取られましたから。」
「あー……。」
そういえば、クルーズ船で縛のアイス盗んでたな。
しかも結構でかいやつ。
そして、シロはそのまま怪我してこの部屋に泊まってたよなぁ……。
「今回は絶対に渡しません。」
「鳥相手に本気になるなよ!」
「正樹さんには分かりません。」
「何が!?」
「楽しみにしていたアイスを目の前で奪われる悲しみが。」
「知らんわ!!」
カァーー!
シロが再び鳴く。
「ほら、シロも欲しいって。」
「駄目です。」
「ちょっとくらい。」
「駄目です。」
「ケチ。」
「正樹さんのをあげてください。」
「俺まだ持ってない!」
「じゃあ作りに行きましょう。」
「おっ!」
縛がようやく窓から離れる。
「行く?」
俺はそう言いながら縛の顔を覗く。
「行きます。」
「やった!」
俺はすぐに部屋の扉へ向かう。
シロも俺の肩に飛んできて、止まる。
そんなに楽しみだったのかぁ。
「ソフトクリーム〜!」
「走らないでください。」
「早く行かないと誰か来るだろ!」
「なくなりませんよ。」
「分かんないだろ!?」
部屋を飛び出す。
さっきまで重たかった気持ちが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
廊下の窓から見える海は、相変わらず綺麗だった。
事件は何も解決していない。
凰真くんだって、まだ病院にいる。
獅鳳くんだって心配だ。
だけど。
柊木さんの言う通りなのかもしれない。
ずっと考えていたって、俺達にできることはない。
だったら今くらい……少しくらい。
休んでもいいのかもしれない。
カァー。
「正樹さん。」
少し前を歩いていた縛が振り返る。
「置いていきますよ。」
「あ!待ってよ!」
俺は縛の後を追いかけた。
明日の事はまた明日考える。
何があるかは分からないけど。
今だけは――。
事件のことを忘れても、いいよな。




