↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類の罪  作者: 華
幸せの形
110/144

人影

【ちょこっとお知らせ】

明日より『人類の罪』のジャンルを「SF」から「文芸(ヒューマンドラマ)」へ変更します!

詳しくは活動報告をご覧ください〜!

時間は戻り、凰真が発見され、ヘリコプターへ移動する時。


ガラン。


船員の一人が、床に落ちていた腕時計を見つめる。


正樹たちの声が近づいてくると、船員は素早く手袋をつけ、腕時計を拾い上げた。


透明なビニール袋に腕時計を入れる。


カサッ。


袋の中で、小さな音が鳴った。


「…………」


船員は、ヘリコプターへ向かう凰真たちに紛れて会場を出る。


周囲の人々がこちらを気にしていないことを確認すると、人通りの少ない場所で列を離れ、関係者用の通路へ入っていった。


誰にも声をかけられず、船員が離れたことに気づく者もいなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


船員は腕時計の入ったビニール袋を手に、長い廊下を歩いていく。


先ほどまでの騒がしさが嘘のように、辺りには誰もいない。


何度も背後を振り返りながら奥へ進み、人の気配が完全になくなったところで足を止めた。


「よし……これで借金がなくなる。これを渡せば、俺は解放されるんだ」


船員はもう一度、周囲を見回す。


しばらくすると、曲がり角から一人の男が姿を現した。


船員は男に、腕時計の入った袋を差し出す。


「……約束どおり、振り込んでください」


男は薄く笑い、袋を受け取った。


「大丈夫。もう振り込んである」


船員は袋を見つめたまま、黙り込む。


その様子を見た男が、低い声で告げた。


「言ったら、分かるね」


船員は大きく頷いた。


それ以上は何も言わず、男に背を向ける。逃げるように、その場を離れていった。


男は黙って、その背中を見つめている。


「…………」


やがて船員の姿が小さくなると、男はわずかに後ろへ視線を向けた。


そこには、いつからいたのか、大柄な男が立っていた。


「……行け」


男が静かに告げる。


大男は答えず、船員が消えていった方向へ歩き出した。


コツ、コツ、コツ。


大きな背中が遠ざかっていく。


二人の姿が完全に見えなくなると、男は手にしたビニール袋をゆっくり持ち上げた。


袋の中の腕時計を、じっと見つめる。


「やっと……見つけた」


男の口元がゆっくりと歪む。


「まさか、あいつが持っていたとはな」


腕時計を光にかざす。


「これで……尾野家は俺のものだ」


そう呟き、男はゆっくりと唇を舐めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


獅鳳くんから電話をもらった直後。


凰真くんの事件を受け、クルーズ船は予定していた航路を変更した。


現在、船は沖縄の離島に一時寄港している。


船内には警察官の姿が増え、乗客や船員への事情聴取が続いていた。


楽しかったはずの結婚式の雰囲気は、もうどこにもない。


俺たちも、凰真くんを最後に見た時刻や不審な人物の有無、事件前後の変化について、警察から何度も尋ねられた。


けれど、俺にはほとんど答えられることがなかった。


凰真くんの存在を知ったのは、昨日だったからだ。


きっと皆も同じなのだろう。だからこそ、警察は何度も確認している。


事情聴取が一段落する頃には、夕日が海の向こうへ沈みかけていた。


その時、俺たちはもう一つの事件が起きていたことを知らされた。


「……殺人事件?」


俺が聞き返すと、警察官が小さく頷いた。


「はい。沖縄本島にある別荘で、女性の遺体が発見されました」


「女性……?」


病院から戻ってきた獅鳳くんの表情が曇る。


警察官は手元の資料へ視線を落とした。


「被害者は、尾野千代子さんです」


「…………」


獅鳳くんの顔から、表情が消えた。


「知ってる人?」


俺が尋ねると、獅鳳くんはしばらく黙り、ゆっくりと口を開いた。


「……親父の妹だ」


「えっ?」


つまり、獅鳳くんと凰真くんの叔母さん?


警察官によると、尾野千代子さんは沖縄本島にある尾野家所有の別荘で遺体となって発見されたらしい。


しかも、その遺体には凰真くんの事件と共通する特徴があった。


舌が切られていたのだ。


そのため警察は、二つの事件が同じ犯人によるものではないかと考えているという。


「現在、事件への関与が疑われる人物についても捜査を進めています」


「もう犯人が分かってるんですか?」


「正確には、重要参考人です」


警察官は一枚の写真を机の上に置いた。


そこには、かなり体格のいい男が写っていた。


「この男性は千代子さんの恋人で、仲間透という名前です。事件に関わっている可能性が高いと考えています」


「…………」


どこかで見たこと……。


ないな。うん。絶対ないね。


俺が写真を見つめていると、警察官が続けた。


「ただ、この男性については、こちらのクルーズ船が出発する前夜に、崖から海へ身を投げたという目撃証言があります」


「海に?」


「はい」


「…………」


俺は首を傾げた。


「あれ? 夜ですよね?」


「え?」


警察官が俺を見る。


「前夜ってことは、夜だったんですよね?」


「……そうですね」


「夜なのに、身を投げたところが見えたんですか?」


「正樹さん」


隣から縛の声がする。


「いや、だって暗いじゃん」


夜の海は真っ暗だ。ここ最近クルーズ船に乗っているから、その暗さはよく分かる。近くに明かりがなければ、うっすら見えるかどうかだと思う。


そんな状況で、崖から落ちた人を簡単に確認できるのだろうか。


警察官は少し黙ったあと、資料をめくった。


「目撃者は、近くで夜釣りをしていた中年男性です」


「夜釣り?」


「はい。海を見ていたところ、崖の方で何かが光ったことに気づいたそうです」


「光った?」


「ちょうど灯台の光が、崖の方を照らしたそうです」


警察官は崖周辺の写真を机に置いた。


「目撃者がそちらを確認した直後、人影のようなものが崖から海へ落ちていったと証言しています」


「…………」


人影のようなもの。


その言葉が、少しだけ引っ掛かった。


「顔は?」


「遠かったため、身を投げた人物の顔までは確認できていません」


「じゃあ、どうしてこの人だと?」


俺が写真の大男を指差す。


「崖の近くから、衣類の一部が発見されています」


「衣類?」


「はい。袖の一部と思われるものです。詳しく調べているところですが、この男性が防犯カメラに映っていた際に身につけていた衣類と特徴が一致しています」


「…………」


服の破片が見つかり、人が落ちるところも見られている。


それなら、この人が海に落ちたということになるのだろうか。


「遺体は?」


俺が尋ねると、警察官は首を横に振った。


「まだ発見されていません」


「…………」


俺はもう一度、机の上の写真を見る。


そして、首を傾げた。


なんだろう……。


やっぱり、何か変だ。


「正樹さん?」


「んー……」


「何か気になることでも?」


「いや……」


俺は写真を指差した。


「その人、本当に落ちたのかなぁ?」


部屋の中が、一瞬静かになった。


「目撃者がいるんですよ」


警察官が呆れたように言う。


「そうですよね。でも……」


俺はもう一度、写真を見る。


「落ちたのが人だったって、はっきり確認した人はいないんですよね?」


「…………」


見たのは、人影。


見つかったのは、服の袖だけ。


そして――。


容疑者は、まだ見つかっていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。