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人類の罪  作者: 華
幸せの形
108/144

幸せの裏側

昨日は更新できず、すみませんでした!

本日は2話分の内容を1話にまとめて、少し長めでお届けします!

「…………。」

小鳥遊さんは何も答えず、ただ脈を確認していた。


「おい……。」


獅鳳くんの声が震える。


「小鳥遊!」


「静かに。」


小鳥遊さんが冷たい声で一言そう言うと、さっきまで騒がしかった会場が一瞬で静かになった。


小鳥遊さんは凰真くんの首元に指を当てたまま、じっとしている。


1.2.3……


ほんの数秒のはずなのに。

すごく長く感じる。


カチッ。カチッ。


どこからか時計の音が聞こえてくる。


そして――。


「……微弱だけど、息はある。」


小鳥遊さんはそう言うと、すぐに周りへ指示を出そうと手を上げる。


「っ!」


獅鳳くんがその動きを見て、息を呑み込む。


「生きてるのか!?」


「生きてるよ。でも、かなり弱い。だから今から邪魔しないでください。」


小鳥遊さんがそう言うと、凰真くんの口を塞いでいるテープへ手を伸ばした。


「誰か!急いで救急セット持ってきて!」


小鳥遊さんが大きな声で怒鳴る。


いつもの間延びした声じゃない。


正真正銘、人の命を救おうとしている。


その声を聞いた船員たちが、一斉に動き始める。


「それと救急要請をする。尾野くん、この船、今どこ?」


「…………。」


小鳥遊さんに呼ばれているが、獅鳳くんは冷や汗をかきながら、一点を見つめている。


反応がない獅鳳くんを見て、小鳥遊さんはすぐに近くの船員に声をかける。


「今どこ?!」


小鳥遊さんの切羽詰まった声を聞くと、船員は急いでiPhoneで情報を確認する。


「今、沖縄本島から……!」


「ヘリは呼べる?!」


「確認します!」


船員はiPhoneを手に持って、会場の外へ走っていく。


「しっかりしろ!」

小鳥遊さんが獅鳳くんの肩を掴む。


俺はそんな様子を見ながら、辺りを見渡す。


さっきまでとは全く違う。

さっきまで、あんなに幸せな場所だったのに……。


い、今は……。

倒れた椅子。

床に落ちたグラス。

途中まで切られたウェディングケーキ。

そして、そのすぐそばに倒れている血まみれの凰真くん。


「…………。」

俺は何もできず、ただその光景を見ていた。


そして、思い出すのは……。


ほんの少し前まで。


道徳と穂乃果さんが笑ってた。


みんな拍手してた。


俺だって、余ったケーキ貰えないかなぁって考えてた。


それなのに。


なんで……。


「正樹さん。」


隣から声がする。


縛だった。


「下がっていてください。」


「でも……。」


「小鳥遊さんに任せましょう。」


「…………うん。」


俺たちは少しだけ後ろへ下がる。


その時。視界の端に道徳が見えた。


「凰真……。」


道徳は立ち尽くしていた。隣では穂乃果さんが道徳の腕を掴んでいる。その手に支えられて、道徳はなんとか立っているように見えた。


二人とも、まだ結婚式の衣装のまま。


真っ白な礼服。


真っ白なウェディングドレス。


その少し先にある、真っ赤な血。


「…………。」


なんで。今日なんだよ。


今日は道徳の結婚式なのに。


「救急セットとAEDです!」


船員さんが戻ってくる。


「ありがとう。」


小鳥遊さんは救急セットを受け取ると、すぐに凰真くんの状態を確認していく。


口を塞いでいたテープが剥がされると、見えてきたのは残酷な現実だった。


口の横には、大きな傷が刻まれている。


そして、小鳥遊さんが口の中を確認した瞬間。


ハッとした表情をした。


「……これは……。」


小鳥遊さんの声が耳に届いたのか、獅鳳くんが口を開く。


「ど、どうしたんですか!?」


「…………。」


小鳥遊さんが静かに頭を振る。


「ま、まさか!?」


「いや、息はあるよ。ただ……今後、話すことが難しくなるかもしれないね。」


「ど、どういうことですか!?はっきり言ってください!!」


小鳥遊さんが顔を上げると、じっと獅鳳くんを見る。

そして、覚悟を決めたように口を開く。


「舌を切られてる。」


「…………え?」


その言葉を聞いた瞬間、獅鳳くんの膝が崩れた。


「あ、あぁーーーーーーー!!!!!」


獅鳳くんが床に拳を叩きつける。


俺は獅鳳くんの姿に耐えられず、横たわる凰真くんをじっと見る。


服もところどころ破れている。


一体、何があったんだ。


何をされたんだ。想像もできない。


「凰真……。」


獅鳳くんがゆっくり立ち上がり、凰真くんへ歩み寄る。


「凰真、聞こえるか?」


返事はない。


「おい、凰真。」


獅鳳くんが手を差し出そうとする。


「獅鳳くん。」


小鳥遊さんが低い声で呼ぶ。


「呼びかけるのはいいですけど、絶対に揺らすなよ。」


「……凰真。」


獅鳳くんは頷きながらも、その手は震えていた。


ここ何日間はいつも余裕があって。


何があっても、どこかふざけていた。


そんな獅鳳くんが今は、凰真くんから一瞬も目を離せずにいる。


「ヘリ、あと15分で到着します!」


船員さんの声が響く。


「まもなく船に到着します!ご用意を!」


「担架も用意して!ヘリまでの道も開けて。」


小鳥遊さんが指示を出す。


「はい!!!」


会場の扉が開き、何人もの船員さんが入ってくる。

周囲にいた人たちは壁際へ誘導されていった。

俺たちも邪魔にならないように離れる。


「…………。」


小鳥遊さんは凰真くんのそばから動かない。


しばらくすると、遠くから音が聞こえてきた。


ババババババババッ――。


どんどん大きくなっていく。


ヘリコプターだ。


凰真くんの体が慎重に担架へ乗せられる。


「俺も行く。」


獅鳳くんがすぐに言った。


「獅鳳様。」


文彦さんが止めようとする。


「行く。」


「ですが――」


「俺が行く。」


さっきよりも強い声だった。


文彦さんは何か言おうとしたけど、口を閉じた。


「……承知しました。」


凰真くんを乗せた担架が持ち上げられる。


その時だった。


カランッ。小さな音がした。


「ん?」


何かが床に落ちた。


凰真くんの手からだった。


床に落ちたそれは、その場で止まった。


「…………?」


何、あれ?腕時計?


俺は歩み寄ると、しゃがみ込み、その腕時計を見る。


どこかで……。見たことあるような……。


「正樹さん?」


「これ……。」


縛も俺の隣に来る。


床に落ちた腕時計を見た瞬間、縛の表情が変わった。


「…………。」


「縛?」


「触らないでください。」


「え?」


縛は腕時計をじっと見つめる。


俺ももう一度見る。


銀色の腕時計。


少し傷が付いている。


そして――。


「あ。」


頭の中に、あの時の海が浮かんだ。


「これ……。」


海だぁ!あの時!!


俺が海の上に人がいると思って、船員さんたちに回収してもらった。


でも、後から聞いた話では、あれは人じゃなくてマネキンだった。


そして確か……。あの時、何かが光っていた。

遠くからだったから、何だったのかまでは分からなかった。


でも……。


「腕時計……?」


今、目の前にある銀色の腕時計。


これを見た瞬間。


なぜか、あの時の光を思い出した。


同じ物?いや。分からない。


あの時、光っていた物が腕時計だったのかすら分からない。


でも……。なんで。


なんで今、凰真くんが持っていた腕時計を見て、あの時のことを思い出したんだ?


「正樹さん。」


縛の声が低くなる。


「このことは、今は誰にも言わないでください。」


「……うん。」


船員さんが腕時計に気づき、手袋をしたまま拾い上げる。


そのまま透明な袋へ入れた。


俺は担架で運ばれていく凰真くんを見る。


海に浮かんでいた人影。


正体はマネキンだった。


その時に見えた謎の光。


そして今。


凰真くんが握っていた腕時計。


これは果たして……。


「凰真!」


獅鳳くんが担架を追いかけて走っていく。


会場の扉が閉まる。


ヘリコプターの音だけが、静まり返った会場に響いている。


そして、その音も少しずつ遠ざかっていった。


「…………。」


誰も喋らない。


披露宴会場に残ったのは、さっきまでの幸せな空気の残骸だけだった。


途中まで切られたケーキ。


倒れた椅子。


床に散らばった料理。


そして、血。


「道徳……。」


俺は道徳を見る。


道徳はまだ同じ場所に立っていた。


「僕……。」


「…………。」


「実は、凰真の席、用意していました。」


小さな声だった。


「今日、来てくれるかなぁって……。」


「道徳……。」


「ちゃんと来ましたね。」


道徳が笑う。


でも。全然笑えてなかった。


「来たけど……こんなの……。」


俯いた道徳の肩に、穂乃果さんがそっと手を置いた。


「道徳さん。」


「…………穂乃果さん…………ごめん。」


「どうして謝るの?」


「結婚式……。」


穂乃果さんは首を横に振る。


そして、道徳の手をぎゅっと握った。


「凰真さん、生きてたんでしょう?」


「……うん。」


「だったら今は、生きていたことに感謝しましょう。」


「…………。」


道徳は唇を噛んだあと、小さく頷いた。


俺は二人を見ながら、何も言えなかった。


今日。二人は家族になった。


本当なら、もっと笑って終わる日だったはずなのに……。


-------------------------------------------------


凰真くんが見つかってから、数時間後。

俺たちは船内の部屋に集まっていた。


披露宴は当然、中止になった。


他の乗客たちには部屋へ戻るよう案内が出され、凰真くんが見つかった会場には誰も入れなくなっている。


カチッ。カチッ。


壁に掛けられた時計の針が進んでいく。


「…………。」


俺はソファに座りながら、何度目か分からないくらいiPhoneの画面を確認する。


連絡はない……。


顔を上げると、時計を見る。


まだ数分しか経ってない。


またiPhoneを見る……やっぱり何も来てない。


「…………。」


隣のソファでは、道徳が俯いている。


もう礼服から着替えているのに、髪にはまだ式の時に整えた跡が残っていた。


その隣には穂乃果さん。


穂乃果さんもウェディングドレスから着替えている。


二人の間に会話はない。


それでも穂乃果さんは、ずっと道徳の手を握っていた。道徳もその手を離そうとはしない。


少し離れた窓際には、縛が腕を組み、真っ暗な海を眺めている。


いつもなら何かしら話している小鳥遊さんも、今日は珍しく静かだった。


椅子に深く座り、目を閉じている。


「…………。」


……まさか、寝てる?


「小鳥遊さん。」


「起きてるよ〜。」


起きてた。でも、いつもの声より元気がない。


「大丈夫かなぁ……。」


俺が呟くが、誰も答えない。


小鳥遊さんがゆっくり目を開けて、俺の顔を見る。


でも、何も言わなかった。


医者の小鳥遊さんでも分からないんだ。


そう思うと、余計に怖くなり、俺はもう一度iPhoneを見る。


「…………。」


何もない。


テーブルの上には、いつの間にか誰かが用意してくれた飲み物が置かれている。


でも、誰も手をつけていなかった。


カチッ。カチッ。


時計の音だけが響く。


その時だった。


♪〜♪〜♪


「っ!」


突然鳴った着信音に、俺は思わず体を起こす。


縛が窓から振り返る。


小鳥遊さんも椅子から体を起こした。


穂乃果さんが道徳の手を強く握る。


「僕のです。」


道徳が慌ててポケットからiPhoneを取り出す。


手の震えが凄く、一度iPhoneを落としかける。


「あっ……。」


なんとか掴み直し、画面を見る。


「獅鳳だ。」


全員の視線が道徳に集まる。


道徳は一度大きく息を吸ってから、電話に出た。


「もしもし!」


誰も喋らない。


電話の向こうから獅鳳くんの声が聞こえる。


何を話しているのかまでは分からない。


「…………うん。」


道徳が俯く。


穂乃果さんが道徳の横顔を見る。


「うん……。」


道徳の指が、ズボンの生地を強く掴んだ。


「……分かった。」


何?何を言われた?

俺は思わずソファから少し腰を浮かせる。

縛も窓際から離れ、こっちへ歩いてくる。


小鳥遊さんは何も言わず、道徳の表情を見ていた。


「…………。」


「うん。」


最後に道徳が小さく返事をする。


電話が切れた。


「…………。」


道徳はiPhoneを耳から離す。


でも、そのまま動かず、ただ目を伏せた。


「道徳?」


俺が声を掛ける。


反応がない。


「道徳。」


もう一度呼ぶ。


道徳がゆっくり顔を上げた。


「凰真……病院に着いたって。」


「うん。」


俺は思わず前のめりになる。


小鳥遊さんも椅子から立ち上がった。


「今、治療してる。」


「…………。」


「それで?」


縛が聞く。


道徳はiPhoneを両手で握り締める。


「命は……。」


一瞬、言葉に詰まる。


俺の心臓がドクンッと鳴った。


穂乃果さんが道徳の背中にそっと手を添える。


「今すぐどうこうって状態ではないみたい。」


「はぁぁ……。」


俺は一気に息を吐き、そのままソファの背もたれに倒れ込む。


よかった……本当によかった。


穂乃果さんも胸元に手を当て、小さく息を吐いた。


縛も少しだけ肩の力を抜く。


「…………。」


でも、小鳥遊さんだけは表情を変えなかった。


そして――。


道徳の顔も晴れない。


「ただ……。」


その一言で。


せっかく緩んだ空気が、また固まった。


俺はゆっくり体を起こす。


「ただ?」


「頭を強く打ってるみたいで。」


小鳥遊さんの眉が僅かに動いた。


「頭……。」


「うん。」


道徳が頷く。


「…………。」


嫌な予感がした。


道徳は一度俯く。


そして、声を絞り出すように続けた。


「意識を取り戻せるかは、今の段階では分からないって。」


「…………。」


誰も動かなかった。


穂乃果さんが道徳の背中を撫でる。


小鳥遊さんはゆっくりと椅子へ座り直した。


縛は目を伏せる。


俺も何を言えばいいのか分からない。


生きてる。


でも。


目を覚ますか分からない。


「…………。」


道徳が俯いたまま、iPhoneを強く握っている。


穂乃果さんがその手に自分の手を重ねた。


すると道徳の手から少しだけ力が抜けた。


俺はそんな二人から視線を落とす。


自分の手を見る。


そして――。


さっきの腕時計を思い出した。


「…………。」


銀色の腕時計。


凰真くんの手から落ちた。


あれを見た瞬間。


なぜか、海で見た光を思い出した。


マネキン。


あの時、その近くで光っていた何か。


でも。


あれが腕時計だったのかは分からない。


「…………。」


俺は無意識に窓の外へ視線を向ける。


縛がそれに気づいた。


「正樹さん。」


「ん?」


縛が俺の前まで歩いてくる。


「腕時計のことですか?」


「…………うん。」


小さな声で答える。


小鳥遊さんがこちらを見る。


「腕時計?」


「あっ……。」


俺は口を閉じると、隣の縛も小鳥遊さんを見る。


「何でもありません。」


「ふーん。」


小鳥遊さんが目を細める。


絶対気づいてる。


でも、小鳥遊さんはそれ以上聞いてこなかった。


再び椅子の背もたれに体を預ける。


「…………。」


俺は縛を見る。


縛も俺を見る。


言葉はない。


でも。たぶん考えていることは同じだ。


どうして凰真くんが、あの腕時計を持っていた?


偶然?いや。


まだ何も分からない。


そもそも、俺があの時海で見た光と、あの腕時計が同じ物なのかも分からない。


ただ似ているだけかもしれない。


なのに。


どうしてこんなに引っかかるんだろう。


「正樹さん。」


縛が俺の前にしゃがみ込む。


「今日は休んでください。」


「でも……。」


「正樹さんも、まだ怪我人です。」


「…………。」


俺は自分の頭に手を当てる。


そうだった……すっかり忘れてた。


「明日になれば、分かることも増えるでしょう。」


「……うん。」


俺が頷くと、縛が立ち上がる。


道徳を見る。


穂乃果さんの肩にもたれるようにして、俯いていた。


小鳥遊さんは目を閉じている。


縛は再び窓際へ戻った。


俺もソファから立ち上がる。


そして、縛の隣まで歩いていった。


窓の外を見る。


真っ暗な海。


月明かりが波に反射して、ゆらゆらと揺れている。


昨日までなら。


ただ綺麗だと思っていた海。


でも今は――。


「…………。」


何が沈んでいるのか。


何が隠れているのか。


分からない。


凰真くん。


マネキン。


そして――腕時計。


窓ガラスに映った俺の隣には、同じ海を見つめる縛がいる。


「縛。」


「はい。」


「…………。」


聞こうとして。


やめた。


まだ何も分からない。


俺はもう一度、暗い海を見る。


波の向こうには何も見えない。


だけど。


何もないとは、もう思えなかった。


この船で。


一体、何が起きてるんだ?

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