結婚式前夜
文彦さんのところへ行くと、俺たちの姿を見た文彦さんが驚いた顔をした。
「よろしいのですか!? 坊ちゃん。」
「あー……分かってたみたい。」
「……さすがお二人の親友ですね。」
「御託はいい。とりあえず現状を教えろ。」
「はい。昨夜から凰真様の姿が見当たりません。財布や携帯電話など、普段の持ち物はお部屋に残されております。ですが、変装道具はございませんでしたので、もしかすると変装して船内のどこかにいらっしゃる可能性もございます。」
「あー、いつものか。」
それなら、まだそこまで心配する必要はないかもしれない。
俺は隣にいる道徳を見る。
「なら、道徳はここまでで大丈夫だぁ。」
「え? 僕も最後まで探すよ!」
「いやいや、道徳。明日結婚式なの忘れてる?」
「あ。」
……忘れてたな、こいつ。
「ほらほら、式場の打ち合わせもあるだろ。行った行った。」
俺は道徳の背中を押す。
「えー。でも……。」
「凰真は俺らに任せて、早く行く。」
「……うん。じゃあ、何か分かったら連絡してね。」
「おう、任せろ。」
道徳は何度もこちらを振り返りながら、渋々といった様子で離れていく。
俺は笑顔で手を振り、その姿を見送った。
そして――。
道徳の姿が完全に見えなくなったところで、手を下ろす。
「……で、本当は?」
俺が聞くと、文彦さんの表情が変わった。
「…………。」
さっきまでとは違い、重い沈黙が流れる。
「変装道具も、お部屋に残されておりました。」
「やっぱりか。」
「はい。ですので、凰真様が獅鳳様として出歩いている可能性は低いかと。」
「……なんで道徳に嘘ついた?」
「道徳坊ちゃんには、明日の式に集中していただきたかったので……。」
俺は小さく息を吐く。
凰真が人前に出る時は、俺として振る舞う。
そのための道具を置いていった。
それなのに、凰真本人だけがいない。
「監視カメラは?」
「現在、昨夜からの映像を確認しております。」
「……分かった。道徳には言うなよ。」
「承知しております。」
明日は道徳の結婚式だ。
あいつにとって、一生に一度の大切な日。
だからせめて――。
明日までは、何も起きないでくれ。
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「道徳様、こちらで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。」
式場に戻ると、スタッフさんたちが慌ただしく明日の結婚式の準備を進めていた。
ゲストの椅子の配置、テーブルの飾り、式場の花。
そして、正面には僕と穂乃果が立つ場所。
……明日はいよいよ。
僕は壁に飾られた自分たちの写真を見て、思わず笑みがこぼれる。
僕、明日やっと穂乃果と結婚するんだ。
幸せな気持ちを噛み締める一方。
「…………。」
さっきまで凰真のことで頭がいっぱいだったせいか、まだどこか実感が湧かない。
僕は完成途中の式場を見渡す。
明日、ここで皆が見届けてくれる。
正樹先輩、縛さん、獅鳳。
そして――母さんと兄さん。
「…………。」
僕は手元の席次表を見る。
そこに、名前の書かれていない席が一つだけある。
この席は、最初から凰真のために用意してもらった席だ。
僕は昔から知っていた。
獅鳳と凰真。
二人がいることを。
二人とも僕の大切な親友。
だけど、凰真の名前をここに書くことはできない。
だからせめて、席だけは用意したかった。
明日は二人に来てほしかった。
獅鳳にも。
凰真にも。
二人に、僕と穂乃果が結婚するところを見てほしかった。
「……来るよね。」
思わず、小さな声が漏れた。
「道徳さん?」
後ろから愛しい人の声が聞こえる。
「っ、はい!」
僕は慌てて席次表を閉じる。
「ふふ、どうしたの? もう緊張してる?」
「へへっ、少し!」
「ふふ、大丈夫よ。私たち二人なら。」
そう言って、穂乃果が僕の手を握ってくれた。
僕はその手を握り返す。
大丈夫。
獅鳳が探してくれている。
文彦さんもいる。
だから僕は、明日のことを考えないと。
明日は――僕たちの結婚式なんだから。
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同じ頃。
俺たちは夕食までの時間を潰すため、船内にあるカフェスペースに来ていた。
窓の外には夕日に照らされた海が広がり、店内には夕食前の時間を過ごす乗客たちがちらほらと座っていた。
俺たちのテーブルにも、飲み物と色とりどりのケーキが並んでいる。
……いや。
俺が食べたいのは、これじゃない。
俺は頬杖をつきながら、少し離れたところにある店を見る。
ラーメン……ラーメンがある。
湯気の向こうに見える黄金色のスープ。
絶対うまいやつだぁ!!
「ねぇ、縛〜。」
「ダメです。」
まだ何も言ってないんだけど。
「ねぇ! 一口だけ!!」
「ダメです。」
「なんでだよぉ〜! もう頭も痛くないし、お腹だって元気だよ!」
「二日間も眠っていた人が何を言ってるんですか。」
縛は俺を見ることもなく、フォークでケーキを一口食べる。
……こいつ。俺にはラーメン食べさせないくせに、自分はケーキ食べてる。
しかも二個目。
「…………。」
俺は縛の前に置かれたケーキを見る。
そして――。
「いいよ! じゃあ縛のケーキ全部食べるから!!」
「は?」
そう言って、俺は机にある縛のケーキを全部自分のところに寄せる。
ショートケーキ、チョコレートケーキ、抹茶ケーキ……食べ過ぎじゃねぇ?
まぁ、とりあえずよしっ!
これで交渉材料は揃った。
……と思った瞬間。
ガシッ。
縛が俺の手首を掴んだ。
「………。」
こわっ!
顔こわっ!!!
「と、糖尿病になるよ!」
「……いたって健康です。」
縛が低い声で答える。
「今油断してると、おじさんになった時に糖尿病まっしぐらだよ〜。」
隣から小鳥遊が援護する。
あっ、やば。
縛の視線がゆっくりと小鳥遊に向く。
「………。」
俺は静かにケーキを縛のところに戻す。
触らぬ縛に祟りなし。
「…………一杯だけなら食べてもいいですよ。」
「やったーー!!!!」
俺は勢いよく席から立ち上がる。
「走らないでください!」
「分かってるよぉー!」
俺はさっそくラーメンが売っている店へ向かう。
やっとラーメンだぁ!
そんな俺の背中を、小鳥遊がじーっと見つめる。
「ふーん、相変わらず甘いことで。」
「あなたには言われたくないですよ。」
縛はそう言って、何事もなかったようにケーキを一口食べる。
小鳥遊はラーメン屋へ向かっていく俺の後ろ姿を眺める。
その視線が、ふと俺のお腹へと下がった。
歩くたびに揺れるお腹のお肉。
「…………。」
……まぁ。
あのお肉を落とすのは、もったいないからなぁ〜。
小鳥遊はそんなことを思いながら、何事もなかったようにコーヒーを一口飲むのだった。




