視線
「頭を強く打っている。しばらくは安静にしておいた方がいいですね〜」
ベッドに横たわる正樹さんを見ながら、小鳥遊が口を開く。
「それは分かっています。」
僕は正樹さんの頭に巻かれた包帯を見る。
今のところ、大きな外傷はない。呼吸も安定している。けど……まだ目を覚まさない。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ〜」
「本当に本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ〜」
「本当に?」
「さっきから何度同じことを聞くつもりなの?」
「ちゃんとした答えが返ってこないから聞いているんです。」
「大丈夫だって。」
「頭を打って意識を失っているんですよ?」
「だから、しばらく様子を見ると言っているよね?」
「その〝しばらく〟は、どれくらいですか?」
「そんなもの、正樹くん次第だよ〜」
「本人が寝てるから、あなたに聞いているんでしょう。」
「小鳥遊は正樹くんじゃないので。」
「そんなこと分かってます。」
「ならねぇ〜聞かなくても黒わんこなら分かるでしょ?」
「…………。」
「…………。」
小鳥遊はニコニコと笑っている。
僕と小鳥遊の視線がぶつかる。
相変わらず、この人とは話していると腹が立つ。
「……昔からそうですよね。」
「ん?」
「そういうところです。」
「ん?小鳥遊さん年取ったかなぁー耳が遠くて聞こえない〜」
「……結構です。」
「最初からそうしてね〜」
「…………喧嘩売ってます?」
「ふふ、先に売ったのはワンコでしょ?」
無性に腹立つ!!この笑顔!!!
「おっかないなぁ〜。」
僕と小鳥遊が同時に後ろへ振り返る。
そうだった。
少し離れた場所で、柊木さんが僕達を見ていた。
「佐伯が寝てる横で喧嘩すんなよ。起きた時にびっくりするだろ。」
「…………。」
「…………。」
僕達は同時に正樹さんを見る。
当の本人は……何も知らずによだれを垂らして、スヤスヤと眠っている。
「……やめましょう。」
「ふふ。」
一旦、休戦。
僕は椅子を引いて、正樹さんのベッドの横に座ろうとする……が、小鳥遊がその椅子を奪い取って座る。
……こいつ!?……いいや、やり合ったら負けだ。
僕はスルーして、ベッドの正樹さんを眺める。
それにしても。本当にこの人は、どうしてこうもトラブルに巻き込まれるんだ。
少し目を離しただけだった。本当に、ほんの僅かな間。
振り向いたら、隣にいたはずの正樹さんがいなくなっていた。
最初はどこか気になるものに釣られて、近くをうろうろしているのだと思っていたけど、探しても見つからない。
し、か、も!電話を掛けても出ない。
船内を探している途中、避難訓練が始まるという放送が流れた。
まさかと思って避難訓練会場へ向かえば――。
そのまさかだった。
いた!知らない人達に混ざって、普通に。
しかも、自分が迷子になっていることすら分かっていない顔で!
人混みの中、ぎゅうぎゅうに押されながら正樹さんの所に進んでいく。でも、まさか着いた時にまたいなくなるなんて思わなかった。
予想外すぎる。
船員に案内されて、自分達の会場に行ったかと思い、向かうと。
いなかった。道徳くん達と迷子になった正樹さんの話をしていると、道徳くんの電話が鳴り……今である。
「…………。」
本当、ある意味強運だと思う。
僕はスヤスヤ寝ている正樹さんを見る。
迷子になっただけだったはずなのに。どうして今、頭に包帯を巻いて医務室で寝ているんだろうなぁ。
いや。もしかしたら、ある意味才能なのかもしれない。
巻き込まれる才能。
そんなもの、今すぐ投げ捨ててほしい。事件が解明されるまで。切実に。
僕が顔を上げると、苦笑いしているおっさんがいた。
「そういえば。」
僕はおっさんの方を向く。
「柊木さん。」
「ん?」
「聞こうと思って忘れていたんですけど。」
「なんだ?」
「なんでこの船にいるんですか?」
「…………あ。」
柊木さんが目を丸くする。
「そういや、言ってなかったな。」
「北海道ならまだ分かりますけど、今回は沖縄ですよ。」
しかも、乗っているのは獅鳳の家が所有するクルーズ船。
偶然にしては、出来すぎている。
「あー、それがなぁ。」
柊木さんが頭を掻く。
「俺が仕事で世話になってる人が、商店街のくじ引きで当てたらしくてなぁ。」
「商店街で?」
「ああ。けど仕事で行けなくなったから、代わりに行ってくれってチケット貰ったんだよ。」
柊木さんは医務室の中を見回す。
「まさか、こんなに豪華だとは思わなかったからなぁ。来た時は肝が冷えてしまったわぁ。」
「そうなんですね。」
商店街のくじ引きで、こんなクルーズ旅行が当たるとは……正樹さんと運、変わってくれないかなぁ。
「強運な人なんですね。」
「そうなんだよー。」
柊木さんが笑う。
「あいつ昔から、そういう運だけはいいんだよなぁ。」
「へぇ。」
「でも、そいつ昨日から連絡つかないんだよなぁ。」
「連絡が?」
「ああ。」
柊木さんはポケットから携帯を取り出す。
「昨日から電話しても出ねぇし、メッセージも返ってこなくてなぁ。」
「仕事とかで忙しいんじゃないです?」
「だよなぁ〜。」
柊木さんは特に気にした様子もなく携帯をポケットに戻した。
「まぁ、また連絡してみるよ。」
「ああ。そうした方がいいと思いますよ〜」
メガネヤローが頷く。
「だよな!」
柊木さんも笑いながら頷いた。
僕も特に気に留めることなく、正樹さんへ視線を戻す。
…………。そういえば。
気になることが、もう一つある。
僕はゆっくりと立ち上がり、医務室の扉を開けて、外を見る。
この船に乗ってから。ずっと――。視線を感じる。
人が多い船だ。
すれ違う人も多ければ、僕達を見る人間だっている。
だから、特に気にしていなかった。
けど。何度も。何度も。同じような不快感を感じる。
誰かに見られている……。
なんとも言えない。
肌にまとわりつくような。
ねっとりとした、気持ちの悪い視線。
けど振り返っても、誰もいない。
周囲を探しても、それらしい人間はいなかった。
…………最近色んなことがあったから……気にしすぎか?
「東雲?」
柊木さんの声に、僕は振り返る。
「どうした?」
「……いえ。」
僕はもう一度、医務室の外を見る。
誰もいない。
「なんでもありません。」
そう答えて、寝ている?正樹さんへ視線を戻す。
気のせいなら、それでいい。
……きっと気のせいだ。
……でも、背中に張り付いているような、この視線だけが。
どうしても消える事はなかった。




