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第3話 狂人の悲願……パンツちらり

 立ち止まり、両手を腰に当てて天を仰ぐ。


「最初っから俺に惚れてる女ってのは、まあ、悪くねぇ。悪くねぇけどな。愛想最悪のクール美女がよぉ……ある日突然、俺に惚れちまったら~」


 ぽわん~ぽわん~ぽわん~。


「ザガン~♡」

「どしたん?話聞こか?(キラッ☆)」

「ごめんね、今まで冷たい態度ばかり取っちゃって」

「良いって!こ・と・よっ!」

「ありがとう♡。お礼の~チュ~」

「ふっ、悪い子猫ちゃんだ(キラッ☆)」


 パァンッ!!

 派手な音を立てて、ザガンの脳内で薔薇色の風船が破裂する。

 ふっ、ふふふ……。


「最高だぁー!よし決めたぜ!死ぬまで、つまり今日中にあの女を俺の女にする!そして、あわよくば抱いてやるんだ!あーはっはっはーー」


 ぐっと肩を回し、にやりと唇を吊り上げた。

 右手をパー、左手をグーにし思いっきりぶつける。


「そのためには、さっそく俺を惚れさせ、ってあれ?」


 顔を上げると、銀髪はとっくに視界から消えていた。


「いつの間に居なくなったんだぁ〜?あの女」


 苦笑混じりに、ザガンは踵を返した。

 その時の彼は、まだ知らなかった。

 これから数時間後、惚れさせるべき女から、

 惚れる以前に殺されかけることになるなど、

 思いもしなかったのだ。



 ――数時間後。戦場。


「テメェーーーー!!!俺の頭上に氷の矢を降らせるとか、頭イカれているんじゃねぇか!?」

 

 岩肌の剥き出した荒野に、ザガンの絶叫が突き抜けた。

 拠点を発って数時間。

 隊が進んだ先には、地面から牙のように突き出した無数の岩と、そこから湧き出してくる魔族の群れが待ち構えていた。

 霧の向こうには、黒く尖った塔の影

 ――魔王城。

 ぼやけてはいるが、もう目で捉えられる距離に来ていた。

 襲ってくる魔族は今までの倍以上。

 蜘蛛じみた六本脚の魔虫の群れに、屈強なオーガ、岩肌をよじ登るホブゴブリンの一団。

 C級、D級、ところどころにB級の影。

 数も強さも段違い。


 その乱戦のど真ん中で、ザガンは振り返り、頭上を睨みつけていた。

 見上げた先――岩の上に、銀髪の少女が、両手を胸の前で軽く組んだまま、こちらを見下ろしている。


「見ろ!こいつを、見ろや!」


 ザガンは人差し指を立てて、自分の脳天を指差した。

 先端だけが頭蓋に潜り込んだ氷の矢が、午後の光を吸って透き通り、その根元から赤い液体がリズミカルに噴き出している。


「血がピューピュー吹き出してんの!テメェのせいで、な!」

「……」

「返事ぐらいしろや、おいぃ!!」


 ――ザガンとて最初は希望を抱いていたのだ。

 戦場で颯爽と魔族を斬り伏せ、危ういところを救ってやり、銀髪の少女の頬を朱に染めさせる。

 そんな筋書きの数々は、全て崩れた。

 味方も敵も構わず範囲攻撃をする彼女によって。

 それも……何度も。


「ドヒヤァーーっ!?」


 ザガンの肩に、氷の槍が突き立った。


「あひぃーーっ!?」


 太ももの裏に、氷の刃が滑り込む。


「ぐぼぉっ……!」


 尻に、何故か氷柱が直角に刺さっていた。

 彼女に近づこうとすれば、近くの魔族ごと薙ぎ払われる。

 彼女から離れて戦おうとすれば、流れ弾のように氷の破片が飛んでくる。

 気がつけばザガンの全身には、自分の血で固定された氷の装飾品が、各所からにょきにょきと生えていた。

 もはや、魔族から負った傷よりも、彼女から受けた傷の方が多い……。

 一回や二回ならば、笑って済ませた。

 五回までは、「俺はモテる男だからな」と無理矢理脳内変換した。

 しかし、十を超えた今、堪忍袋の緒が切れた。


「何で私が責められなくちゃいけないの?あなたが……私の前に立つのがいけないんじゃない」


 返ってきた声は、相変わらず氷の刃のように薄く、冷たかった。

 両手は胸の前で組まれたまま。

 一歩も動かない。


「はぁ~!?なもん無理に決まってんだろ!この戦場見ろっての!」


 双剣を振りかぶり、跳びかかってきた魔虫の頭部を縦に割りながら、ザガンは絶叫する。


「乱戦真っ最中で、テメェがどっち向いてるか確認してる暇も――」

 

 横から飛んできたオーガの拳を、上体を逸らして紙一重で躱す。

 返す刀で喉笛を浅く裂き、よろめいた巨体の脇を駆け抜けた。


「こうやって、話してる暇もねぇっての!」

「うるさいわね」

「丁寧に説明しているだけだろうがっ!」

「私のおかげで、多くの魔族を一掃できたのよ。むしろ、感謝してほしいくらい」

「してたまるかぁーーー!」


 ザガンの剣先が、また一匹のホブゴブリンの胴を真横に裂く。

 崩れ落ちる魔族の魂核が砕ける小さな破裂音と、その光がザガンの胸へ吸い込まれていく感触。

 それすら今は、頭にきた感情のどこにも届かない。


「美人だからって調子乗ってんじゃねぇぞ!俺は誰もが認める男女平等主義者、いつだってテメェのおっぱい揉みしだく準備は……」

「……」

「またダンマリかッ!!」


 もう我慢できん、揉むと決めたその時だった。

 戦場の空気が変わった。

 魔族の咆哮も、剣の打ち合う音も、奴隷たちの怒号も、何ひとつ聞こえなくなる。

 風が止む。

 そして、声が降ってきた。

 大気そのものを震わせて、頭蓋骨の内側から響かせるような、声が。


【……聞こえるか?我が領地に踏み入れし、愚かもどもよ】


 ザガンの背筋が、生まれて初めて経験する寒気だった。 


「なんだ、こりゃ」


 口から、間の抜けた呟きが漏れる。

 双剣の柄を握る手のひらに、じわりと汗が滲んだ。

 次の瞬間、周囲の魔族たちが、一斉にひれ伏した。

 ついさっきまで人間を喰い殺そうとしていた牙の群れが、一匹残らず地に額をつけて伏している。


【死をもって、償うがいい】


 どす黒く低い声がした直後――。

 ゴロゴロ……。

 岩盤が、得体の知れぬ巨大なものに引き裂かれるように、ザガンの数歩先で、ぐにゃりと歪んだ。

 走った亀裂が、見えない巨大な爪に抉られたかの如く、瞬時に蜘蛛の巣状へと拡がっていく。

 ばき、ばき、ばき、と岩が砕け、地響きが内臓を揺すり、視界の中央が縦に振られる。

 大地に、巨大な口が開いた。

 底の見えない、ただ黒いだけの、奈落。

 光すら呑み込んで返さぬ闇が、戦場の中央に大穴となって覗いている。  


「うわぁ……っ!?」「足場が――」「逃げ……ぐぁっ!?」


 縁に立っていた者全てが――重力に従って、内側へ吸い込まれていく。

 ひれ伏したままの魔族も、剣を構えたままの騎士も、術を放っていた奴隷も、姿勢の違いなど何の意味も持たぬまま、揃って同じ角度に傾いでいった。

 ザガンの足の裏からも、唐突に支えが消える。


「あ」


 胃の腑が、ふわりと持ち上がり、体が後ろへ傾ぎ、視界の中で空が大きく回る。

 穴の底は見えなかった。

 頭上に残った青空はみるみる遠ざかり、丸く切り取られた光の輪が、ザガンの目に小さく縮んでいく。

 周囲では、騎士、奴隷、魔族、それらの区別がもはやつかない人影が、揃って同じ方向へと落ちていた。

 悲鳴。怒号。祈り。

 あらゆる感情が、暗闇の中で、上下も方角も失ったまま、ザガンの耳の脇を擦れ違っていく。

 その騒乱のど真ん中で。


「……おっ?おっ?」


 ザガンの目が、ふと、すぐ脇を捉えた。

 手の届く距離を、銀髪の少女が落ちている。

 仰向けの体勢のまま、必死に何かを掴もうとして両腕を伸ばしている。

 下の防具が空気の抵抗で、ぺろりと裏返り――


「おっ……おおおーー!!!」


 ザガンの目が、限界まで見開かれる。


「パンツ見えたーーー!!」


 絶叫が、暗闇の中で反響した。

 誰一人、振り返らない。振り返る余裕など、ここにいる者の誰にも残されていない。

 それでもザガンの声は、自分の風切り音に逆らって、洞窟の壁の奥へ、奥へと、はっきり転がっていく。

 白かった、可愛らしい犬のマーク付き。

 死ぬかもしれぬ落下の最中に、目に焼き付いた一枚の白。

 少なくともザガンの中の損益計算書では、頭蓋の天辺に氷の矢を打ち込まれた屈辱が、この瞬間、見事に黒字へと転じている。

 彼女の方は、真横からの熱い視線を感じていた。

 

「……くっ、変態」

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