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第19話 狂人は歓喜する!:ヴァンパイアの嫉妬は、思わぬ方向へ♡

「そっ、そんなに付き合っているように見えるかしら……」


 フィーナは自身の銀髪の先に指を巻き付ける。

 そんな恥じらっている彼女を見て(何この子、めちゃくちゃ可愛いな)とシオンはそう思った。


「うん。君とはこれが初対面だけど、ザガン君から聞いてた時から思っていたことだよ。今こうして話してみてやっぱりお似合いだと思う。主従関係なのが勿体ないくらい」

「あっ、ありがとう……」


 ついそんな言葉が出てしまった。

 フィーナは満更でもない表情を浮かべ、体をよじらせる。

 

 (なっ、何よ、この人。意外といい人なのかしら……)


 先ほどまで嫉妬心に身を焦がし、シオンを完全に敵対視していた。

 あまつさえ「”話の内容次第では氷漬けにして、二度とザガンの前に姿を見せられない体にしてやる”」と心の奥底で思っていた彼女だったが……。

 その人物に付き合っている……お似合いだと褒められただけで嬉しいと感じてしまった……。

 チョロい。

 それに尽きるのが、今の彼女である。

 クールな彼女の面影は・・・どこへ……。


「シオン、あなた、意外と悪い人ではないのね」

「ふふ。意外とは余計じゃない?」


 そんなフィーナを微笑ましい表情で見ていたシオンであるが、”体内時計が休憩時間は残り二分と警告を鳴らす”。


「ごめん。僕、そろそろ作業に戻らないと。他に質問はあるかな?何でも答えるよ」

「えっ、あっ……えーと」


 言葉に詰まる。

 この相手がザガンに手を出す気はないと分かった途端、安堵が胸いっぱいに広がって、肝心の用件をすっかり押し流していた。

 訊きたいことは、まだあったはずなのに。

 夕陽が資材置き場の影を長く伸ばしていく。

 残された時間は、もう僅か。

 せめて、と。フィーナは喉の奥でひとつ唾を呑み、確かめておくことにした。


「あなたって……女性、よね」

「あっ、やっぱり分かっちゃう?」


 悪びれもせず、シオンは肩をすくめる。


「不思議だよね。ザガン君も含めて、男の子には誰ひとりバレないのにさ。女の子には一発で見抜かれちゃう。……いっそ顔でも整形しようかな」

「勿体ないわよ。せっかく、可愛いのに」

「そう? 美人の君に言われると、悪い気はしないね」


 眠たげな目が、ふっと嬉しそうに細められる。

 その素直な綻び方が、不覚にも、可愛いと思えてしまった。


「僕は女。でも、安心してほしい。君の奴隷君を奪ったり何てしないからさ」

「べっ、別に。そんな心配、していないわ」


 反射のように突っぱねた声が、自分でも分かるほど上ずっていた。

 シオンはその言葉を聞いてようやく確信を得た。


 (この子、もしかして、自分の心に気づいていないのかな?)


 フィーナ自身ですら気づいていない心の内をシオンは出会って数分、会話を通して見抜く。

 

「それならそれでいいんだ。僕が伝えたかっただけだから」


 シオンは木材から背を起こし、埃を片手で払う。


「じゃ、もう行くね。話したくなったら、いつでも声をかけてよ」

「えっ、ええ。分かったわ」


 踵を返しかけたその背へ、フィーナは思わず声を投げていた。


「待って。最後に、ひとつだけ」

「うん。何だい?」


 フィーナは銀の睫毛を、一度だけ伏せる。

 胸の奥でくすぶる、名前のつけられない熱。

 それをゆっくりと言葉の形に整えてから、まっすぐにシオンの背を射抜いた。


「あの筋肉ばかは──ザガンは、私のよ」

「……分かってるよ」


 振り返らないまま、シオンが片手をひらりと振ってみせる。

 その横顔にどんな笑みが浮かんでいたのか――フィーナの立つ位置からは、ついぞ見えなかった。

 遠ざかる軽い足音が、やがて作業場の喧騒に溶けて消える。

 木槌の音。荷車の軋み。男たちの濁声。

 その雑然とした音の壁に、ようやく一人取り残されたのだと――気づいた瞬間。


「なっ……何であんなことをぉぉぉ──ッ!!」


 膝が抜けた。

 資材の陰にしゃがみ込み、フィーナは両手で顔を覆って、声にならない悲鳴を喉の奥で噛み殺す。

 私のよ、と。

 よりにもよって、初対面の相手に。

 あんな、あんな、独り占めの子どもみたいな言い草で。

 耳の先から首筋まで、火が点いたように熱い。

 銀の髪を振り乱し、その場で意味もなく身をよじり、踵で地面を蹴る。

 恥ずかしい。恥ずかしい。どうして、どうしてあんなことを口走ったのか。


「ぅ……ぅぅぅ……」


 数十秒。

 誰に見られているわけでもない木材の裏で、彼女はたっぷりとのたうち回った。

 ――やがて。

 すぅ、と。ひとつ、長い息を吐く。

 次の瞬間には、何事もなかったかのように、しゃんと立ち上がっていた。

 乱れた銀髪を指で払い、服の裾を整える。

 戻ってきたのは、いつもの、刃のように涼しい横顔。


「……そう。あれは、ただの事実よ」


 誰もいなくなった一角で、彼女は自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「ザガンが、私の奴隷である。私のもの。その当たり前を、口にしただけ。それ以上でも、それ以下でもないわ」


 うん、と。小さく頷く。

 目的だったシオンとの会話も済ませ、安全だと分かった。

 ならば、もう何ひとつ、案じることなどないはずだった。

 ――はずなのに。

 胸の奥のいちばん柔らかい場所に、霧のような何かが、薄く、晴れずに居座っている。

 いくら拭っても拭いきれない、その正体の知れぬ曇りを。

 そしてそれは、やがて彼女自身を、まるで思いも寄らぬ行動へと突き動かしていく――。


「……帰り道に、少しだけ。寄り道をしてみようかしら」


 誰へともなく言い訳めいた呟きを残し、フィーナは夕暮れの石畳を、いつもとは違う方角へ歩き出した。

 その足取りが、なぜか妙に、軽い。

 行先は……自身の仕事場、メイド喫茶である……。


      *


「うぃ~、帰ったぞ~」


 宿の扉を肩で押し開けたザガンの、間延びした声。

 それが、途中でぴたりと凍りつく。


「おっ……おかえり、なさい」

「おっ、おぉぉぉ──ッ!? どっ、どうしたテメェ、その格好ぉッ!」


 狭い一室。

 備えつけの粗末な竈の前に、フィーナが立っていた。

 フリルのついた純白のエプロン。

 肩と胸元を大胆に覗かせた、あのメイド服。

 ザガンと並んで帰ることをわざと諦め、退勤後の店までこの一着を取りに戻り、それからここまで持ち帰ってきた。

 毎日嫌々と袖を通していたはずのそれを、こともあろうに、宿で。

 ザガンの目の間で初のお披露目。

 お玉を片手に振り返った銀髪の少女は、ふい、と視線を逸らしながら、唇を尖らせる。


「べっ、別に。着替えの服が、洗濯で汚れてしまっただけよ。だから、仕方なく、これを着ているだけよ」


 ……嘘である。

 仕方なく――などでは、断じてない。

 乾いた替えの服は、寝台の枕の下に、ちゃんと畳んで隠してある。

 ザガンにいい加減、このメイド服姿を見てほしいと思っての行動だが、彼女の心の奥底ではこう思っている……。

 

 あの女じゃなくて、私を見てほしい♡。

 

 口にも出せないこの言葉を、彼女は行動で示してしまったのだ。

 そんな本心は、銀の睫毛の裏に、固く仕舞い込んだまま。


「思った通りだぜ!激可愛いじゃねぇかよぉーー!!!」



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