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第15話 狂人の狂人は強靭ではなかった……ボキッ!:えっ?そこ?

 ザガンの右手が真っ直ぐ彼女の頭へと伸びる。

 対するフィーナは、笑みの名残を口元に残したまま、右手をすっと右から左へ滑らせた。

 その手の軌跡をなぞって、空気が白く凍る。

 一拍の後、それは厚い氷のベールとなり、彼女の全身を球状に包み込んでいた。


「っ、固ぇな、おい!」


 爪を立ててこじ開けにかかったザガンの足元が、ぬるりと氷に攫われる。


「あっ――」


 体勢を崩し、顔から地面へ突っ込む寸前。

 ザガンは咄嗟に拳を地に叩きつけ、その反動だけで上体を撥ね起こした。


「……セーフ」

「どこがよ」


 白い球の中から、呆れたような声が返る。

 その声が言い終わるより早く、ザガンの真横から、彼の胴ほどもある氷の拳が音もなく射出された。


「うおっと!」


 ザガンは身を捻りざま、自分の拳をその一撃に正面から叩き合わせる。

 ガィンッ、と硬質な音が弾け、彼は牙を剥いて笑った。

 (男はやっぱり、殴り合いだぜ)

 だが、楽しい時間は一瞬で終わる。

 拳の形をしていた氷が、ぶつかった衝撃を境にぐにゃりと崩れ、無数の細い糸へとほどけていく。

 糸はそのままザガンの四肢へ巻きつき、瞬く間に全身を縛り上げた。


「おいおいッ、今のは拳と拳がぶつかり合う、熱ぃーせめぎ合いってやつだろうが!」

「……知らないわ。そんなこと」


 正面からゆっくりと歩み寄りながら、フィーナが拳を握り込む。

 握りに応じて氷の糸が締まり、ザガンの肌のあちこちに細い切り傷が走った。


「ここまでしても、術を使わないってことは、本当に非適性者なのね。あなた」

「そう、言って、んだろ、がっ!」


 ザガンは痛みなど歯牙にもかけず、上下左右に荒れ狂う。それでも、糸はほどけない。締まる一方だ。

 彼女の白い手が、無防備な彼の頭上へと、ゆっくり差し伸べられていく。

 ――触れられりゃ、終いだ。


「チッ。……しゃあねぇ、やるか」


 ザガンは大きく胸を反らし、肺を限界まで膨らませた。


「スゥゥゥゥ――――ッ」


 双剣を捨て、片腕一本きりになったとき。

 あるいはこうして縛り上げられ、手も足も封じられたとき。

 そんな絶体絶命でこの男に残された切り札。

 全身の筋という筋を、意志の力だけで強引に膨れ上がらせる。

 十数年に及ぶ奴隷暮らしと、死が日常だった戦場で、生き延びるためだけに磨き上げた、術でも何でもないただの”技”。


「あなた……本当に、人間なの?」


 フィーナの声が、初めて確信を失う。

 答える代わりに、ザガンの全身が爆ぜた。

 膨張する筋肉が氷の拘束を内側から食い破り、糸はあえなく塵と化して散る。

 麻のシャツがブチブチと音を立てて千切れ飛び、上半身が露わになった。

 背丈までわずかにせり上がり、そこに立っていたのは膨れ上がった筋肉の塊だった。


「これが俺の第二形態――フルパワーってやつだぜ!」


 素早さは全部かなぐり捨て、ゴリ押し。

 ザガンは膨れ上がった脚で大地を踏み砕いた。

 地面に放射状の亀裂を刻み、その反動で巨体が前へ射出される。

 小細工なし、駆け引きもなし。

 ただ一直線に、フィーナの頭ひとつを目がけた、馬鹿正直な特攻。


「もはや獣ね」


 迫る質量へ、フィーナは横薙ぎに腕を振るう。

 空気を裂いて、氷の槍が彼の正面に立ち上がった。


「うおおおッ!」


 ザガンは速度を緩めるどころか、肩から突っ込んでそれを粉砕する。

 砕けた破片が肌を裂いても、構わず一歩を踏み込む。

 次の壁も、その次も、肉の鎧で押し潰しながら、止まらない。

 フィーナの睫毛が、ほんのわずかに張り詰めた。

 あの愚直な突進を、まともに受ければ気絶は待逃れない。


「……仕方ないわね。あまり、こういうやり方は好きじゃないのだけど」


 フィーナがほう、と細く白い息を吐く。

 その瞬間――ザガンの下半身、男にとって最も無防備な一点が、芯から凍てついた。


「うおっ、テメェッ、そこは反則――」


 走りながら、ザガンの顔が引き攣る。


「冷てぇッ……マジチン凍る!マジチン凍ってるって!!!」


 思わず股を閉じ、内股気味に膝を寄せる。

 それでも――それでも、伸ばした右腕だけは、彼女へと真っ直ぐ伸び続けていた。


「嘘でしょ、まだ止まらないの!?」


 彼女は咄嗟に身を引きながら、ザガンの足元へ氷の薄膜を走らせた。

 せめて足を絡め取り、この特攻を止めるために。

 だが、止まらない男の足は、生まれたばかりのその凍結面を、勢いよく踏み抜いた。

 つるッ。


「あっ……」

「あっ……」


 二つの声が、見事に重なる。

 均衡を失ったザガンの巨体が、前のめりに泳いだ。

 彼女の頭を狙っていたはずの右腕が、軌道をわずかに落とし――その手のひらは、頭の一歩手前、フィーナの胸へと、深々と沈み込んでいた。


 ぷるん、ぷるん……。


「――な、何っ何に触ってんのよっ、あなたぁッ!!」


 彼女の顔が、ぼっと音を立てて朱に燃え上がる。

 あの完璧な挟み撃ちにも眉ひとつ動かさなかった少女が、年相応の悲鳴を上げ――そして頭で考えるより早く、その足を反射的に振り上げていた。

 目がけた先は、たった今、自分が凍らせたばかりの一点。


 コッ、カーーーーーンッ。

 ボ……キッ。


 凍りついた殻が、根元から見事に砕け散る。

 その砕けた衝撃と、神経を直接かき毟るような凍てついた激痛が、一拍遅れて、ザガンの全身を稲妻のように駆け上がった。


「ォォォォォォォッ……ッ!!」


 第二形態を誇ったはずの男の顔から、すうっと血の気が引いていく。

 表情に浮かんだのは、毒でも食べたかのようなそれは見事な紫色。

 膝から崩れ落ちる巨体。

 その傍らで、フィーナが胸を押さえたまま、わなわなと肩を震わせている。


「ぐぼぼぼぼぼー」


 ザガンは口から泡を出し、目がグルグルと回っていた。

 増強した筋肉が徐々に減り、元との肉体へと戻っていく。

 彼女は申し訳なさ故か、片方の手で術を施し、彼の股間を冷やす。


「はぁ~。私の勝ちね」


 自身の息子を抑え、地面に倒れ込んで一ミリたりとも動けないザガンの頭の上にもう片方の手をそっと添えた。



 数時間後。


「ん……あぁ、冷てっ」

「ようやく起きたのね」

「フィーナ、か?ここは……」

「森の中よ」


 答えるフィーナの手のひらからは、薄い冷気が糸を引いて地を這っていた。

 その冷気が引っ張る一枚の氷板の上に、ザガンは寝かされている。

 眠りこけた男をいちいち背負うのも重い……。

 彼女は進む先へ氷の道を伸ばし、そりのように滑らせて運んできたらしい。

 火照った身体に、背を伝う冷たさが存外に心地よくて、ザガンは起き上がる気も失せた。


「今、何時だ~」

「もう夜よ。あなた、寝すぎ」

「テメェが俺の股間蹴り飛ばすからだろうがぁ~」


 そう言いながら、ザガンは自身の息子を確認する。

 折れた音が聞こえたが、どうやら寝ている間に”治っていた”と分かり一安心。

 

「あっあなたが戦いのどさくさに紛れてわっ、私の胸を触るからでしょ」


 (さっ、触るなら、もっと強く揉みなさいよ……)


あとがき

この話の流れから、次回、フィーナ、メイドと化す!

戦いの後は、癒しでしょ!!!



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