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第14話 狂人 対 ヴァンパイア:戦いを愛する二人だけの決闘

 先に動いたのはザガン。

 右足が湿った土を踏み砕き、その反動で体が前方へ射出される。

 顔だけを前へ残し、上体は地面と平行になるほど深く倒した、獣じみた超低空。

 彼は一直線にフィーナの懐めがけて突っ込んでいく。


「動けなくしてやるよっ!」


 右手の一本——双剣の片割れが、彼女の足の腱を狙う。

 迷いのない一閃。


「狙いがバレバレね」


 フィーナの周囲で渦を巻いていた無数の結晶が、彼女の意思一つで一斉に角度を変える。

 きらめく粒の先端が、瞬く間に針の鋭さへと研がれていった。


「ハッ!」


 ザガンは剣の腹で先頭の数本を弾き、残りを身を捻ってやり過ごす。

 頬を、肩を、薄い切り傷が浮かぶ。


「テメェの術は、あの洞窟で嫌ってほど見たんだよ。おまけにこちとら、全身に氷の飾りまで生やされたかんなぁ!」


 氷を凍らせ、武器に変え、壁を立てる——彼女が何をしてくるかは、もう体が覚えている。


「要するにテメェは、氷を好き勝手に作ったり、飛ばしたりしてくるだけだろうが!」

「……大体は、正解よ」


 フィーナの睫毛が、ほんの少し伏せられる。


「貰ったぁーー!」


 ザガンの剣先が、彼女の足へ、あと指一本の距離まで迫る。


「付け加えるなら、想像できるものは何だって……こんな風に、できるの」


 ピキ、ピキピキンッ——!

 足元の岩盤が、内側から白く凍てつく。

 次の刹那、地の底を割って、それは現れる。

 氷で編まれた、大蛇。

 鱗の一枚一枚まで再現された大蛇が、フィーナの体を首に乗せたまま、轟音とともに天へと突き上げた。

 ドドドンッ!!

 ザガンの剣は、彼女がたった今まで立っていた、空白を裂いただけだった。


「チッ、空に逃げやがった!」


 見上げれば、白い大蛇の頭上に、銀髪の少女が涼しい顔で立っている。 

 大蛇は彼女の意のままに宙をうねり、ザガンの頭上を大きな円を描いて旋回しはじめた。


「どんどん行くわよ」


 フィーナが両手を下にいるザガンへ差し向ける。

 ピシュッ、ピシュシュシュッ——!

 指先から、氷の矢が雨となって降り注いだ。

 ザガンは舌打ちひとつ、踵を返して走り出す。

 地を蹴り、降り注ぐ白い線の隙間を縫う。

 

「逃げ腰ね。地上で、あなたの土俵で戦った方が良かったかしら?」


 頭上から落ちてくる、刃のように涼しい挑発。


「いらねぇーっつーの!」


 ザガンは走りながら、にやりと牙を剥いて見上げた。


「だってよぉ——この角度なら、テメェのパンツ、よぉーく拝めるからなぁッ!」

「——っ」


 フィーナの片腕が、矢を放つ流れを忘れて、反射的に自分の下半身を覆い隠す。

 氷の矢の雨が、目に見えて細る——本数も、勢いも弱まった。

 その綻びを、ザガンの目が、見逃すはずもなかった。


「フゥ——————ンッ!!」


 走りながら、間の抜けた咆哮と同時に彼は自身の足に全筋肉を注いでいた。

 皮膚の下で繊維束が音を立てて増強し、片足の踏み込みに、常軌を逸した圧が乗る。

 バンッ、ドカンッ——!!

 地面に蜘蛛の巣じみた亀裂を刻み、ザガンの体が真上へと撃ち出される。

 落下してくる氷の矢を、片手の剣がまとめて弾き飛ばす。

 砕けた破片の白い吹雪を突き抜け、大蛇の鱗を足場に、彼は宙を階段のように駆け上がっていった。


「俺に不可能はねぇ!!!」


 シャンッ——!!

 振り抜いた切っ先が、銀の髪を掠め、散らした。

 冷ややかなはずのフィーナの頬を、初めて、一筋の汗が伝う。


「……本当に、むちゃくちゃね。あなたって人は」


 銀髪の隙間で、彼女の唇の端が、ほんの僅かに吊り上がっていた。


「褒め言葉として受け取っとくぜっ!」


 空中。大蛇の頭上で、体勢を崩した銀髪に、もう逃げ場はない。

 ザガンは剣を口に咥え、彼女の頭めがけて、空いた右手を伸ばす。


「はっ?」

 

 摑んだはずの手が、髪の一筋すら掠めず、虚空を握る。

 フィーナの頭は、もうそこになかった。

 自ら重力に身を預け、落下を選んでいた。


「次は、どうするのかしら」


 逆さに落ちていく銀髪が、朝日を浴びて、扇のように逆立つ。

 両腕を頭上へ広げ、まるで赤子を迎え入れるような、無防備なポーズ。

 彼女自身は、それがどう映るかなど考えてもいない。

 だが、真上から見下ろすザガンの目には、はっきりと映ってしまった。

 奴隷服の薄い胸元で、豊かな双丘が落下の律動に合わせ、ぷるん、ぷるんと惜しげもなく弾んでいる、その一点だけが。


「決まってんだろうがッ——おっぱいへGOだッ!」


 迷いなく大蛇の頭を蹴り砕き、ザガンは吸い込まれるように彼女を追って落ちていく。


「……やっぱり考え無しね。まんまと引っかかって」


 落ちながら、フィーナの口元が、薄く弧を描く。

 ——ここまでの動き、全てが彼女の策。

 ザガンに普通は通用しない、ならばそれを利用するまで。

 彼が空中に来ることを想定しての動きだったのだ。

 今、ザガンの頭上からは、砕けたはずの氷の大蛇が首をもたげ、ふたたび牙を剝いて追ってくる。

 そして眼下では、フィーナの手が、地から天へ突き上げる巨大な氷柱を編み上げていた。

 先端は、肉を貫くためだけに鋭く研がれている。

 上から、大蛇の顎。

 下から、氷の結晶。

 ザガンがどれだけ早く動こうが、空中では無力。

 逃げる、避けるという選択肢を根こそぎ奪う、完璧な挟み撃ち。

 

「これで終わりよ」


 言葉とともに、研ぎ澄まされた氷柱が、下からザガンの心臓めがけて射出される。

 ——絶体絶命。


「ハッ!」


 それは日常である。

 (避けられねぇ、逃げられねぇ。だったらよ——)

 全身の繊維束が音を立てて締め上がる。

 込める場所は三点——額、右足、左足。


「フゥーーン!フゥーーン!フゥーーン!オラッ!!!」


 まずは、下。

 地を裂いて突き上がる氷柱へ、ザガンは真っ向から脳天を叩きつける。

 鋼すら凌ぐまで凝縮した額の筋肉が、研ぎ澄まされた結晶を根元から打ち砕いた。砕けた破片が頬を裂いても、止まらない。

 次の刹那、上。

 背に迫る大蛇の顎を気配だけで読む。

 噛み下ろさんと閉じる牙の、その隙間へ――右足を上顎に、左足を下顎に、同時に喰い込ませた。

 牙が、足の肉を裏まで貫いていく。

 貫かれたその両足で、ザガンは逆に顎をこじ開け、一息に開ききった脚力で氷の頭蓋ごと粉微塵に弾き飛ばす。

 頭上から、砕けた鱗が吹雪となって降りしきる。

 その白い帳の中心に、両足から血の糸を細く垂らしながら、なお笑っている男が一人立っていた。


「正面突破じゃ!!!」

「……ふ、ふふっ。あははっ」


 砕けた氷を浴びながら、フィーナの唇から、こらえきれない笑い声がこぼれ落ちた。

 それは挑発でも余裕でもなく、ただ純粋に、面白くて仕方がない。


「面白いわね。あなた」

「テメェのその顔、いいじゃねぇか!」


 ザガンが、牙を剝いて吠える。


「もしかして——俺と同じで、戦うのが好きだったりしてなぁッ!!!」

「誰も、戦いが嫌いとは言っていないわ」

「良いね!ますます抱きたくなるぜ!」


あとがき

戦うシーンはこだわりを入れてこそでしょ!!!

お付き合いください!次で決着!

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