第13話 【 (・) (・) 】
その言葉を聞いて、ザガンの思考が止まった。
「……待て、待て待て待て。どういうこった?俺の聞き間違いか? なぁ、もう一回言ってみろ」
念のための確認。
勝負に負けたこと、魅力的な体を持つ彼女の願い。
ある程度のことなら、二つ返事で頷いてもいいと考えていたザガン。
だが、今の一言だけは別格だ。
聞き間違いであってくれと、彼は祈っている。
「私の奴隷になりなさい、と言ったの。二度も言わせないで」
「ふっ……ふざけんなよぉぉぉッ!!」
絶叫が、まだ薄く煙の残る朝の戦野を突き抜けていく。
遠くで眠っていた鳥が一斉に飛び散った。
「やぁーっとだぞ!?あのクソ重てぇ豚野郎がくたばって、十年だ、十年以上!やっと胸ん中の紋が消えて、晴れて自由の身になったばっかなんだぞ俺は!なのに何だってまた、テメェの首輪を巻かれなきゃならねぇんだッ!」
左胸を骨が軋むほどに右手で叩く。
そこにはもう、何も刻まれていない。
ザガンはこれ以上、誰かの奴隷になるのは嫌だと至極真っ当な回答をする。
それは例え女であろうと、胸を揉んだ彼女であろうと例外ではない。
フィーナは聞き慣れてしまったその音量に眉ひとつ動かさない。
「率直に言うわ。あなたを奴隷にするのは、私の護衛をしてほしいからなの」
「護衛ぉ?」
彼は眉間に皺を寄せる。
「ってこたぁ何だ、テメェ、誰かに命を狙われてんのか」
「えぇ。そういうことになるわね」
「誰にだよ」
「……理由は、話せないわ」
「ハッ。話になんねぇな」
ザガンは鼻を鳴らし、面倒くさそうに頭を掻いた。
「だったら別の願いにしな。大体だ、誰かに狙われてるってんなら、なおさら俺を奴隷にする必要なんざねぇだろ。守って下さいってお願いすりゃ済む話じゃねぇか。何でわざわざ……」
「あなたのことを、私はまだ信用できていないからよ」
フィーナは腕を組み、ザガンを上から下まで一瞥する。
「あの洞窟で――私を抱えて逃げたでしょう。窮地に立たされた瞬間、あなたは戦うより先に、逃げる、を選んだ。その判断が、私には引っかかっているの」
ザガンの片眉が、ぴくりと跳ねる。
「は、何だそりゃ。逃げて何が悪ぃ。テメェだって死んでたかもしんねぇだろ」
心外だ、と言わんばかりの態度を取る。
逃げるという判断は、間違っていなかった。
あの時は勘も全力で警鐘を鳴らしていたし、現にこうして二人とも生きている。
――けれど。
「えぇ、あの場面では正しかった。否定はしないわ。でも、それは裏を返せば――いざとなれば、あなたは私を置いて逃げかねない、ということでしょう」
ザガンの口が、ぐっと詰まる。
「今回は、テメェを連れて逃げてやっただろうが」
「今回は、でしょ?私の命を狙っている者たちは、強いわ。逃げ場のない時、あなた自身が死にかけている時――それでも私を守らせたいのよ。だから、あなたを奴隷にしたいの」
「……ぐっ」
図星だった。なまじ事実なだけに、言い返す言葉が出てこない。
「奴隷紋なら、命令には逆らえない。あなたがどれだけ薄情でも、どれだけ自分が可愛くても、私を守れの一言で、絶対に守らせられる。理に適っているでしょう」
「理屈は、分かるがよぉ……」
ザガンは頭の後ろで両手を組み、唇を尖らせる。
それでもまだ奴隷という響きには本能的な拒否感が消えない。
「いや、馬鹿馬鹿しい!誰がそんな願い聞くかってんだ。そういうのは他の奴に頼めよ。却下だ却下!」
手をひらひらと振り、さっそく背を向けて立ち去ろうとするザガン。
しかし――その背に。
いつも刃のように冷たい彼女からは、到底予想もつかない言葉が、ぽつりと投げかけられた。
「もしも」
声が、ほんの少し掠れていた。
「もしも、奴隷になって、私の命を守り続けてくれたなら――あなたに、私の初めてを、あげる」
・・・。
「ガーーーーーーーーーーーーーーーーーチ?」
「えぇ。本当よ」
「初めてって、あれだよな。テメェを抱け」
「そうよ。ナニまで言わないで」
「嘘じゃねぇんだよな?」
「本当よ」
ザガンの目が、間抜けに見開かれたまま固まっている。
一方のフィーナは、自分の両腕を胸の下で組み、ゆっくりと持ち上げて、その膨らみを見せつけるように盛り上げた。
「この体を、好きにしてくれて構わないわ」
ザガンの喉が、ごくりと鳴った。
けれど、その仕草が、強がりであることに、彼は気づかない。
腕を組む白い指先が、ほんの僅かに震えていることにも。
「でも、必ず約束して。私を守るって」
彼女は、そこまでして本気なのだ。
無茶を願う代わりに、相手がいちばん欲しがっていたものを差し出す。
命を懸けて守らせる対価が、自分の体ひとつ。
釣り合っているとは、フィーナ自身、これっぽっちも思っていない。
それでも、天秤の片方に載せられるものが、今の自分にはこれしか残っていなかった。
ザガンは、右手を腰に添えた。
へらへらと吊り上がっていた口の端が、いつの間にか、まっすぐに直っている。
答えを口にしようと、息を吸った——その瞬間だった。
――――――――断れ。
断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ……。
頭の奥で、聞き慣れた声がした。
ザガンの命を拾い続けてきた、あの勘だ。
(よぉ、勘さんよ)
胸の内で、ザガンは静かに語りかける。
(テメェ、よくも俺を騙してくれたな。人生最悪の展開だぁ? 結局、死なんざ来てねぇじゃねぇか)
……返事は、ない。ただ、断れ、と繰り返すだけだ。
(今までだったらよぉ、すんなりテメェの言う通りに動いてたさ。おかげで今日まで生き延びてこられた。それは、礼を言う)
ザガンの目が、フィーナを捉える。
まっすぐこちらを射抜いてくる女を。
(けんどな。エッチが目の前にあるのに!あの女を抱けるチャンスが来たってのに!!!そう簡単に断れる状況じゃねぇーーーんだよ!!!!だから!テメェの言う通りにはならねぇ)
勘の声が、ふつりと遠ざかった。
(ここは、俺の意思で切り開かせてもらうぜ)
「分かった。テメェの奴隷になってやる」
言って、にやりと牙を見せた。
「ただし、条件付きだ。俺は無茶な願いを叶えてやろうってんだ。こっちの条件も、聞いてもらうぜ」
「何よ。言っておくけど、これ以上エッチなのはダメだからね」
ザガンの右手が、腰の鞘へ伸びる。
双剣の片割れが、朝の光の下へ引き抜かれた。
切っ先を、まっすぐフィーナへ向ける。
「俺と、この場で戦え」
半ば断られるものと身構えていたフィーナは、その双剣を抜いた姿を見て、ふっと口角を上げた。
「あなたらしいわね。主に相応しいと、実力で認めさせる必要があるってことかしら?」
「察しがいいじゃねぇか。俺に勝ったら、テメェの奴隷になってやるよ。負けたら、俺はテメェの奴隷にはならねぇ。自由にテメェの尻ぃー追いかけさせてもらうぜ」
結局ついてくるのね。と思いながら彼女は返答する。
「いいわ。それで勝利条件はどうするの?」
「相手の頭に、先に触れたやつの勝ち」
「……シンプルね」
「難しいルールは覚えらんねぇんだよ。言っとくが……」
ザガンの声が、ふいに一段、低く落ちた。
「殺すつもりで来ねぇーと、痛ぇ目を見るぜ?」
「それは、そっくりそのままお返しするわ」
応じる声と同時に、彼女は両腕をゆっくりと横に広げた。
周囲で、空気が白く濁り始めた。
吐く息よりも冷たい霧が、足元から立ちのぼる。
霧はたちまち凝って、無数の小さな結晶へと姿を変えた。
きらきらと朝陽を弾きながら、それらは彼女の意のままに、宙でゆるやかに渦を巻いていく。
「んじゃ、合図といくか」
ザガンは、足元に転がっていた騎士の剣を、右手でひょいと拾い上げる。空へ高く——力任せに、放り投げた。
刃が、くるくると回転しながら朝の空を舞う。
鈍く光る切っ先が、頂点で一瞬、動きを止めた。
「あれが地面に突き立ったら——始めるぜ」
「えぇ」
二人の視線が、落ちてくる一点へと吸い寄せられる。
霧が、張り詰める。
ザガンの瞳孔が、針のように細く絞られた。
そして、剣が——落ちた。
ザッ。
ドンッ——!!
あとがき。
長くなってしまったので、戦闘シーンは次回(明日0時)に回します(いきなり戦闘から始まります)。
荒野の広々とした決闘、果たして、どちらが勝つのか……(若干、ネタバレしたような~していないような~(;^ω^))。
とにかく!
フィーナのぷるんぷるんをとくと見よ!(おっぱい狂作者より)。




