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空を知らない子どもたちへ  作者: フワフワノイヌ
第二章 処理班結成・訓練編
8/12

第八話:それでも、あの春は確かにあった

その晩、俺たちはシェルターの中で眠ることになった。

正直、寝る気なんて起きないんじゃないかと自分でも思ってたのに、

案外あっさりと、眠りに落ちた。

空調が快適すぎたせいかもしれない。

やたらと高級そうな布団が敷かれていたせいかもしれない。

それともただ、心も身体も、もう限界だったのか。

目を閉じるとすぐに、意識は深く沈んでいった。

あれだけの出来事をくぐり抜けた後だというのに、いや、むしろそうだったからこそ、俺の脳は無理やりにでも“休息”を求めていたのかもしれない。

そして、気づけば俺は、夢を見ていた。

遠く、遠く。

もう手の届かない場所にあると思っていた“昔”の景色が、突然鮮明に目の前に現れた。

いや、そんなに昔でもないか。

たかだか一年前だ。

去年の春。四月。

進級して、二年生になったばかりの頃。

クラス替えで出会った“彼女”に、俺は一目惚れした。

名前も、知らなかった。

話したことも、なかった。

最初はただ、遠くから見てるだけだった。

でも、それだけで充分だった。

笑顔が、ほんとうに可愛かった。

誰と話すときも、ふわっとした雰囲気で、優しくて、でもそのくせ意外と天然なところもあって。

どこか、夢の中の登場人物みたいな存在だった。

教室の中で、彼女の笑う声が聞こえるだけで、俺の一日には意味があった。

彼女が誰かに何かを話している姿を見るだけで、なぜか俺は世界の全部を許せる気がした。

名前を知った時は、ほんとに飛び跳ねそうなくらい嬉しかった。

その名前を、俺は何度も心の中で繰り返して、まるで呪文みたいに唱えてた。

……バレバレだったらしい。

ハルマに速攻で気づかれた。


「ユノちゃんのどこが好きなの?」


「もう告っちゃえば?」


そんなふうにからかわれて、最初は正直、ちょっとウザかった。

でも、嬉しくもあった。

「どこが好きなの?」って聞かれても、答えきれないくらい、好きなところがありすぎた。

目を細めて笑うとことか、たまに変なところで言葉を噛むとことか、意外と頑張り屋なとことか、小さくうなずく癖とか。

そういう細かいところ、全部。

もう、ぜんぶ。

そんなある日、たまたま。

本当にたまたまだったんだけど、インスタのノートにRADの曲を貼り付けた。

そしたら、まさかの反応があった。

「私もRAD好きなんです!」って、DMが来たんだ。

その時の、あの心臓の跳ね方は、今でも忘れられない。

画面を見て、何度も目をこすって、これが夢じゃないか確認して、本気で「明日死ぬのかも」と思った。

あれが、全部の始まりだった。

それから、学校でも自然と話すようになって。結構仲良くなって。

クラスのグループでも一緒に遊びに行くようになって。

どこかで、「これが青春ってやつか」なんて、笑いながら思ってた。

気づけば、“幸せ”って言葉を感じてた。

それから、えーと、どうなったんだっけ。

突然記憶が曖昧になって、意識が取り戻されてゆく。記憶の中の、何もかもが忘れ去られていく。さっきまでの教室も、みんなの喋る声も、彼女の笑顔も。

気づけば、俺の瞳は眩しい照明に照らされていて、薄目で周りを見渡せば、布団で寝ている友達が何人も目に入った。


「みなさん、起きてください」


眠気の中にアキラ先生の手を叩く音が響いた。


「おーい、今日の朝礼は七時からでありますよ」


誰かの寝ぼけた声。

ガサガサと動く布団の音。

俺の脳は、夢と現実の狭間で漂いながら、少しずつ“今”を思い出し始める。

……ああ、そうだ。

ここは学校じゃない。

教室でもない。

俺たちは今、シェルターの中にいるんだ。

ゾンビのような化け物に襲われて、カエデたちを、置き去りにして。

生き延びた代わりに、何かを失って。

そうだ。

俺は、何も持っていないんだった。

青春も、未来も、全部が昨日のあの時に、崩れ落ちた。

たった一晩眠っただけなのに、心はまるで、十年分くらい老けた気がする。

気分は、最悪だった。

それでも、布団のぬくもりだけは、やたらと優しくて。

そのことに気づいた瞬間、無性に悔しくなった。

俺は、あの春を思い出すたびに、これから何度でも、こうして後悔するのだろうか。

でも、だからって――じゃあ、どうすればよかったんだよ。


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