第六話:ProjectⅡ
私は、ただその放送を聞いていた。
何も考えられずに、ただ耳で拾っていた。
本当は、ちゃんと意味を理解していたはずなのに。
言葉が、脳に届いた瞬間に、すぐさま心の奥底で“拒絶”していた。
『以上の該当地区には、防衛省から特別政府が派遣されるとのことです』
……嘘でしょ。
その一言が、脳の中で何度も、何度も、リピートされていた。
自分で「そう思うしかなかった」と無理やり落とし込まないと、
その情報を正面から受け止めることができなかった。
ーーあの時と、同じだ。
体の奥底で、何かがざわついた。
鼓膜を震わせる放送の音が、今度は逆に、自分の中の記憶を引きずり出してくる。
……耳鳴りがしていたことにも、気づけなかった。
自分の鼓動すら、音として聞こえない。
ただ、ひどく胸が苦しい。
でも。
私は、声に出してはいけない。
この感情を、外に見せてはならない。
“いつものアイカ”でいなければいけない。
みんなと一緒に、ただ戸惑っていればいい。
私が壊れたら、全てが崩れる。
だから、私は黙っていた。
放送が終わった。
チャイムが鳴った。
その音が、耳をつんざくように鋭く感じた。
「えー、皆さんちょっと聞いてください」
今度は、アキラ先生の声だった。
「えーあの、非常事態で大変混乱していると思いますが、カグラギ市の特別政府の方から命令が出されてるので一旦静かに聞いてください」
心臓が、ドクン、と跳ねた。
「えー、ゾンビと思われる生物を処理するために処理班というものを編成するらしいのでございますが、その処理班に皆さんが選ばれましたので、今日から特別訓練を授業の一環として行うことになる、だそうです」
私は、内心で深く息を吐いた。
吐き出せない“ため息”だった。
本当は叫び出したいくらいだったけど、それはできなかった。
全然変わっていない。
むしろ、まったく同じ道を辿っている。
周囲がざわついた。
「特別訓練?」
「なんだよ処理班って」
「急に何……」
「授業とかできんの?この状態で」
皆が好き勝手に言葉を飛ばす。
そのどれもが、事態の深刻さをまだ理解していないことを示していた。
きっとそれで正しい。
知らない方が、まだ楽だ。
私は、言いたいことも聞きたいことも山ほどあった。
でも、“いつものアイカ”でいなければならない私は、
そのどれも口にすることは許されなかった。
その時、隣にいたアクトが、小さく言った。
「……何かが怪しいな」
静かな声だった。
けれど、私にはその声が、爆音のように響いた。
「緊急事態が発生してからの国の対応が、異常に早い」
彼の言葉は、核心を突いていた。
私の思考を、代わりに言葉にされたような気がした。
反応できなかった。
不自然じゃないだろうか。
動揺が顔に出ていないだろうか。
そんなことばかり気になって、返事を考える余裕がなかった。
冷や汗が、背中を伝って流れる。
額にも、首にも。
頭がまわらない。
「さっきのニュースで“特別政府”なんてのが派遣されるって発表されたばっかりなのに、もうそこからの命令が回ってきてんだ。明らかにおかしいよな。なあ、アイカもそう思わないか?」
心臓が、また跳ねた。
早鐘のように脈を打つ。
回らない頭を必死で回転させて、“いつものアイカ”らしい言葉を探す。
ーーでも、出てこない。
時間切れだ。
「え、あ、うん……そうだね」
それが精一杯だった。
これまで、私はうまくやってこれてたのだろうか。
この“役”は、本当に演じ切れていたのだろうか。
その答えは、出ないままだった。
やがて、シェルターのドアが開いて、何人かの防護服を着た大人たちが入ってきた。
無言でこちらの安否確認をし、何か紙を配り、すぐに出ていった。
紙に書かれていることを確認する。どうやら、このシェルターの上空には、ドローンが飛んでいるらしい。
私は俯いた。
震える手を、膝の上で握りしめる。
ふと、壁際に目をやる。
そこに、刻まれていた文字を見つけた。
“ProjectⅡ”
小さな文字だった。
誰も気づかないような位置に、さりげなく記されていた。
でも、それだけで十分だった。
……終わっていない。
80年前の“それ”は、まだ、何一つ、終わっていないんだ。




