第五話:封鎖
ヒロタカと一緒にシェルターへ避難した頃には、もう教室にいた連中はみんな中に収まっていた。みんな壁にもたれてしゃがんでるか、無言で天井を見つめてるか。
誰も、言葉を発しない。
ここだけ、別の時間が流れてるみたいだった。音が、感情が、全部どこか遠くに押しやられていく。
俺はといえば、放心していた。
思考が、うまくまとまらなかった。
カエデが、ナナの心臓を喰った。
それが頭から離れない。
人間のやることじゃない。
あれは、人間じゃなかった。
でも、じゃあ……あれまで一緒に笑ってたカエデはなんだったんだ。
何を信じればよかったんだ。
何が、壊れて、何がもう戻らないんだ。
ぐらぐらしてた。
足元が、地面のはずなのに、ずっと宙に浮いてるみたいだった。
「スグルくん!スグルくん!」
誰かが俺を揺さぶる。
体ごと、小さく震える俺の肩を、必死で揺さぶる手。
その声が、やっと耳に届いたとき、俺は目を大きく見開いた。
「……ユノ」
ユノが、俺の目の前にいた。
顔が近い。
額にはびっしょりと汗をかいて、目尻には涙が滲んでいて、唇は小刻みに震えていた。
本気で、俺のことを心配してくれてる顔だった。
必死で呼んで、俺を探してくれたんだ。
その顔を見て、俺はとっさに声を出した。
「ーーっ!すまん、俺は大丈夫だ!平気だ!ユノは!?怪我はないか!?」
そう言った俺に、ユノはほっとしたように笑って、それから、目を逸らした。
「だ、大丈夫だよ、私は……もう、心配しすぎ」
「……」
やっぱりこの子は、嘘が下手だ。
口調も、目線も、震えてた。
大丈夫なわけがない。
でも、その嘘が優しさなんだろうと思った。
俺が取り乱してたから。
彼女なりに、支えようとしてくれてたんだ。
ユノのそういうところ、俺は、ずるいくらい好きだ。
周りを見回す。
コンクリートむき出しの、無機質で広い空間。
備え付けの長椅子、簡易ベッド。医療キット。非常食。
シェルターっていうには快適すぎるくらい整ってる。
やっぱり、ここは“普通の学校”じゃない。
……でも、少なくとも、俺の仲間たちは避難できてる。
その事実に、少しだけ安堵が漏れそうになった。
だけど、そこで目に入った。
ヒロタカ。
あいつだけは、シェルターの隅で一人、いつも通り無表情に腕を組んでいた。
そうだ。
あいつは、あの場で、カエデもナナも「放置する」と言い放ったやつだ。
仲間を切り捨てた、冷たい判断を下したやつだ。
俺は、無意識のうちにユノのそばを離れて、ヒロタカに詰め寄っていた。
「なあヒロタカ!カエデとナナはどこだ!?」
言いながら、自分でもおかしいと思った。
こんな状況で助けに行くなんて、正気じゃない。
でも、それでも、言わずにはいられなかった。
ヒロタカは、相変わらず顔色一つ変えなかった。
「居場所を知ってどうする」
「助けに行くんだよ!」
「は?」
「あいつらを助けに行く。お前と違って、俺は薄情なやつじゃないからな」
ヒロタカの目が、すっと細くなった気がした。
「無理だ。現実が見えてないのか」
何かを返そうとした瞬間――シェルター内に、突然チャイムが鳴り響いた。
静まり返った空間に、電子音が反響して、俺たちの会話がかき消された。
『速報です。ヨミズ防衛省によりますと、今日13時33分にゾンビと見られる生物が発見されたとのことです。発生地はーー』
「……なんだ、これ」
「ニュースか?」
「どこから流れてるの?」
「ネット繋がんねーし……」
放送が流れた途端、周囲がざわつき始めた。
俺は、ただ、黙ってその声を聞いていた。
耳だけが、機械のように音を拾ってた。
『これ以上の被害拡大を防ぐため、国は緊急隔離政策を開始すると発表。該当地区は、ーー』
“カグラギ市”ーーその一言を聞いた瞬間、何かが崩れ落ちた。
今まで張り詰めてた何かが、急にぷつんと切れた。
それまでどうにか持ちこたえていたのに。
カエデが死んだことも、ナナが食われたことも、無理やり頭の隅に押し込んでたのに。
「……っ」
泣きそうになった。
もう、どうにもならないくらい、涙が込み上げてきた。
けど、泣けなかった。
泣き顔なんか見せたくなかった。
ユノが俺を見てる。
もし俺が泣いたら、ユノも不安になる。
だから、泣けなかった。
こらえるしかなかった。
シェルターに響く機械音と、クラスメイトたちのざわめきと、冷たいコンクリの匂いと。
すべてが、悪夢の序章みたいだった。
もしかして、あの80年前の悪夢が、
本当に――また始まってしまったんじゃないか。
俺は、心の奥底で、静かにそう思った。




