第三話:歴史と崩壊のはじまり
眠い。
正直、マジでだるい。五限のこの時間帯に「歴史総合」は拷問だと思う。腹いっぱいで、頭がぽやぽやしてるタイミングに、あのアキラ先生の声。
……いや、嫌いじゃないんだよ?
むしろあの人の語り口は、妙に落ち着いてて、なんかこう――ああ、“時代”って、確かに流れてきたんだなって、実感させられることもある。でも、それはそれとして、眠いもんは眠い。
「今日は近現代史をやります」
その一言で、俺はなんとなく察した。
――また、あの話か。
「ゾンビ騒動」。
この国、ヨミズ国で起きた、今じゃ“都市伝説”とも“教育教材”とも言われる出来事。
80年前、現実に“ゾンビ”が現れたらしい。映画とかゲームの、あのゾンビ。人を攻撃し、死んでもなお動き続ける、あの存在。まさか、と思う。正直、俺だって信じたくはない。でも、国は本気だった。法整備も軍派遣も、マジで全力。
この“地下都市カグラギ”も、その時に大きい被害を受けた特別地区の一つ――らしい。
なんていうかさ。
生まれた時から地下にいた俺らにとって、「ゾンビ騒動」ってのは、実際には実感のない“おとぎ話”なんだよな。あっても、教科書の端っこに載ってるモノクロ写真とか、今じゃ動かない映像資料とか。
「ゾンビって、ほんとにいたの?」って聞くと、大人たちはみんな決まって曖昧な顔をする。
怖がらせたくないのか、忘れたいのか――。
地上に出るには“外出許可証”が要る。
それがこの街のルールだ。
「安全のため」って、誰かが言ってた。
でも、もうゾンビなんていないんだろ?
だったら、なんで未だに“封鎖”されてるんだよ。
そういやミオトは、この前地下に引っ越してきたばっかだから、まだその許可証を持ってないらしい。
……こんな閉じられた世界に、わざわざ入ってくるなんて、正直よく分かんない。
普通、逆じゃないか? みんな、外に出たがってるってのに。
今度、理由を聞いてみよう。俺、あいつとちゃんと喋ったことなかったし。
なんて、どうでもいいような思考をぐるぐる回してるうちに、アキラ先生の説明はもう中盤に差しかかってた。
「……この地下都市は、ゾンビ発生から三年目に整備され……」
うん、知ってる。
何十回聞いたと思ってんだよ。
……眠い。
つい、顔を左に向ける。
窓の外。
でも、“外”なんて見えやしない。俺たちの“窓”は、地上の明るさなんか映してくれない。
アニメとかでよくあるじゃん。
日差しの中でグラウンドがキラキラしてて、風にシャツがなびいて、吹奏楽部の音が微かに聞こえて――みたいな。
こっちは真逆。
体育館の無骨な壁と、その奥の鉄骨。天井に伸びるパイプ。
“世界”なんて、見えない。
見せてもらえない。
「…………ッ!?」
――そのときだった。
耳の奥で、何かが“はじけた”。
叫び声。
女子の、鋭い、喉を裂くような悲鳴。
俺は、条件反射で振り返った。
教室の中央――そこには、信じられない光景があった。
カエデ。
さっきまで、顔色悪そうにしてたあいつが、今、前の席のナナに――襲いかかっていた。
「っ……な、に……?」
ナナの胸の辺りの空洞から、赤い液体が飛び散った。
ナナは抵抗しようとしたけど、それより先にカエデが、信じられないほどの力で身体を押し倒していた。
俺の中で何かが一気に凍りついた。
夢じゃない。
いや、夢であってくれ。
でも、目の前で流れてる血も、ナナの悲鳴も、カエデの瞳の白濁も――全部、本物だった。
なんでだよ。
どうして、なんで今、ゾンビなんかが――。




