第二話:放課後の気配と、五限目の始まり
目を閉じていると、世界が静かになる――なんてのは嘘で、案外、いろんな音が聞こえてくるもんだ。俺は机に突っ伏したまま、ぼんやりと教室の空気を耳で追っていた。
「ハルマくん、今日一緒に帰らない?」
ハナヨの声が、やけに真剣だった。相手はハルマだ。あいつ、俺のことは毎日からかってばっかなくせに、こっちが本気で照れたらすかさず追い討ちかけてくるくせに――そういう自分は、どうなんだよ。
言えよ、「好きだ」って。俺だってそう簡単に言えないけど、だからこそ、そういうのは素直に言ったもん勝ちなんだろ、たぶん。
「……いいよ?」
少し間が空いて、ハルマの返事が聞こえた。いつもより一音一音が優しくて、なんだろうな。からかいでも笑いでもなくて、素直な返事って、こんなに心を締め付ける音だったか。
やば、勝手に照れてる自分がいる。
その後ろでは、アキとフユキが何か話してた。小さな声だが、言葉の切れ端だけが耳に届く。
「出ねー方がいいって」
「でも、父さんから……」
ああ、まただ。フユキは、医者の息子で、優秀で、家の期待も背負ってて……正直言って、俺には背負いきれない重さを抱えてる。そういうの、アキはよく分かってる。あいつ、いつもはあんなだけどフユキのことになると世話焼きだな。だからフユキの無理してる顔も、たぶん誰よりも早く見抜いてた。
親友ってのは、そういうもんなんだろうな。口数少なくても、ちゃんと支えてやれる。
……そういうの、ちょっと羨ましい。
やがて、教室の空気が変わった。ガタッ、ガタッと椅子を引く音。床を擦る靴の音。喋る声が少しずつ減っていく。
五限が始まる。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。まぶたの裏に残っていた暗闇が、教室の明かりで薄れていく。目の前には、もうそれぞれの席に戻っていくクラスメイトたちがいた。
チャイムが鳴る。
今日の五限は、歴史総合。ノートを開いて、教科書を机の端に寄せながら、ふと思う。
さっきのユノの「空を見たい」って言葉、なんであんなに残ってんだろうな。
空なんて、ただの青い天井だろ。でも、あの子の声で聞くと、やけに遠いものみたいに思えた。
――もしかしたら俺たちは、空のことを、何も知らないのかもしれない。




