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空を知らない子どもたちへ  作者: フワフワノイヌ
第二章 処理班結成・訓練編
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第十一話:憧れの人

トリマル先生の笛の音が、訓練場に鋭く響いた。地下とは思えないほど広くて無機質なこの空間にも、ようやく慣れてきた。マネキン相手の訓練とはいえ、重たい訓練用の武器を振り回すのは、思ったよりずっと大変だ。

私は――ヨツハは――まわりの人間を目で追っていた。

特に、ヒロタカさんを。

遠くで、ヒロタカさんが、誰よりも正確に、誰よりも素早く、マネキンを打ち据えている。静かで、冷静で、なにひとつ無駄がない。斜め後ろの角度から見ているだけなのに、思わず目を奪われた。


「……天才って、すごいなぁ」


誰に聞かせるでもない独り言が、唇から漏れる。

すごい人なんだってことは、前からわかってた。中間考査や期末考査では、いつもしれっと学年一位を取ってるし、体育祭のリレーでも毎回一番早いし、ちょっと無愛想なことぐらいしか、欠点がない。でもこうして目の当たりにすると、違う。生まれた時点で自分とは全然違う場所にいるって、そういう感覚。あの人の中には、きっともう完成された何かがある。私とは違う。

その完成された何かは、彼にとって努力の証だろう。私も、あそこまで努力できる人間になりたい。

そのとき、ふと気配がして、視線を向けると、アクトさんがいた。いつもの仏頂面のまま、アイカさんの隣に立っている。


「下ばっか向くんじゃねぇぞ」


アクトさんの言葉は、アイカさんに向けたものだった。けれど彼は、アイカさんの顔も見ずに言う。アイカさんは、一瞬だけ目を丸くして、余裕のなさそうな表情をした。ような気がする。けど、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。


「もう、何?アクト心配してくれてんの〜?」


アイカさんが返す。普段通りの、おちゃらけた声だった。沈黙が一瞬続く。アクトさんが小さな声でぼそりと付け加える。


「……。俺はアイカに死んでほしくない。何かあったら、俺を頼ってくれ」


「なっ、何それ!君私のこと好きすぎ!」


アイカさんは、少しもあの笑顔を崩さずに言った。私なら絶対照れちゃうのに。

アクトさんはなにも返さなかった。だけど、その目が一瞬だけアイカさんを一瞥する。真正面から。

なんだろう、このふたり。今までただのクラスメイトだと思ってたけど、一体どんな関係なの?

すると今度は、少し離れたところで、ハルマさんの声が聞こえた。


「ハナヨさん、どう?調子は」


「ハルマくん」


ハナヨさんの声が、少し疲れているように感じた。


「ちょっと、疲れたかも」


やっぱりだ。


「そうだよね。こんな急に飛ばされても疲れるよね」


「……ハルマくんは、そんなことなさそう。なんか、こういうの、器用にこなしちゃいそうだし」


「そんなことないよ。俺にもできないことはあるし」


それでもハナヨさんは不安げに続ける。


「私、怖いよ。間違えたりしたら、誰かが死んじゃうかもしれない。そんなとき、ちゃんと……判断できるかなって」


ハルマさんは、少し黙った。


「何を判断材料にして行動すればいいのか、わかんなくなりそう」


少しの沈黙の後、ハルマさんは言った。


「もしそんな場面に立ち会ったら、自分を信じていいと思う。重要な局面ではね」


「……」


「ハナヨさんは、もっと自信を持っていいと思うよ」


ハナヨさんは一瞬、目を見開いて、それから小さくうなずいた。

みんな、それぞれ自分なりにこの非現実的な状況に対応してる。

私はまたヒロタカさんを見た。

あんなふうに完璧にはなれない。けど……私にもできることがあるかもしれないって、ほんの少しだけ思いたくなった。

――そのとき、訓練場の隅で騒がしい声が上がる。

開かれた扉から、複数の人に囲まれ、何かが担架で運ばれている。真っ白な布をかぶせられたそれは、人間の形をしていた。

私たちは訓練を止め、ただ運び出される“それ”を見続けるしかなかった。

いやいや、そんなわけない。まさか。

周りが、ざわざわし出した。なんとなく落ち着きがなくなって、私は腕を抱く。

近くの誰かが、ぽつりとつぶやいた。


「なんで俺らが、こんなん……」


空気が凍る。

運ばれているのはきっと、私たちよりも早めに戦場へ飛び立った先駆者たちだろう。それも、きっと重傷か、生きていない。

……こんなの、普通じゃない。普通の学校生活なんて、もう戻ってこない。

ーーなんでこんなことになったの?私たちが何をしたっていうの?

そんなこと、考えてはいけない。みんな同じ状況で頑張ってる。私も、努力しなきゃいけない。


「ーーっ」


私はヒロタカさんの背中を見ながら、そっと手に握った武器を、もう一度持ち直した。

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