11 シャイニー再び
──アトラス。
エイトがその名を叫んだ瞬間、黒百合たちが動きを止めた。
投げられたアトラスは空中で体勢を立て直すと身体を捨て、精神体となってリリーの元に飛んだ。
「あ゛あ゛ぁ・・・グェッ」
黒百合の中に落ちていくデビルハムスターをナナが危険を顧みずに追いかけようとするのを、エイトが羽交い絞めにして止めた。
「ちょっと今、良いところだから邪魔しないの」
そして片腕でナナを抱き込むと、邪魔だから要らん声をあげるなと鼻と口を塞ぎ、デビルハムスターしか見ていないナナに、エイトが顎で黒百合の花畑の中央、黒百合の魔人が眠る場所を指し示した。
『アトラス・・・様?』
リリーが目覚めたのだ。
先ほどまで戦闘態勢だった黒百合たちが見守る中、体を起こそうとするリリーの背にアトラスが手を添え、逆の手は自然とリリーの手を握る。
リリーが目覚めた為か、光の精霊の力なのか、見つめ合う二人に光が降り注ぐ。
『あの時は君の無実を信じていながら何の力にもなれずすまなかった。かなり遅くなってしまったけれど、今度こそ、君を迎えに来た。もう後悔はしたくないんだ。だから、こんなところで申し訳ないけれど、これだけは先に言わせて──ずっと君を愛していたんだ』
『アトラス様・・・これは夢の続きなのでしょうか・・・──わ、私もあなたをお慕いしていました・・・』
リリーとアトラスの想いが通じた、その瞬間だった。
リリーを護ってきた黒百合が一斉に萎れ始めたのだ。
『彼を想う心は奪わないで欲しい』
精霊たちはリリーの願いを叶えるために永遠の眠りにつかせその心を護ってきた。
そしてその想いが通じた今。精霊はその役目を終えたのだ。
「っ!」
次々に萎れていく黒百合にリリーは何も言えないでいた。
愛し子としてリリーを見守っていてくれた彼らに、リリーは何も返せていない。
涙だけが止めどなく流れる。
ダンジョンは生きている。そのような異質なモノの中で在り続けるには精霊は純粋すぎたのだ。黒百合に姿を変えてまで自身を愛してくれた精霊たちの最期に、リリーは泣くことしか出来なかった。
民のことを考えて自分の望みを飲み込み生きてきたリリーには、散っていく精霊たちを目の前にしても「行かないでと」その望みを口にすることすら出来なかった。
「わたしに加護を与えてくれた光の精霊っ!まだソコにいるんでしょ!?最後の力を振り絞ってわたしに力を貸しなさいっ!」
黒百合の様子に驚くエイトの隙をつき、その手に噛みつき解放されたナナが叫んだ。
「はぁっ?何言ってんだよ、ナナ」
「ナナならヌイグルミを見失ったショックとあんたに鼻と口を塞がれたおかげで窒息して気を失ったわよ!お陰でわたしが出てこれたんだけど」
ナナはエイトにそう言うとリリーに向き直った。
「リリー様はいつもそう。自分の立場を脅かされても何も言わない。余裕をかましてるのかと思えばずっと我慢していたですって!?
力があるんだったら行使すれば良いの。
そんなだからクライムなんかに良いように扱われるのよ。まぁ、利用されて殺されたわたしが言うのもなんだけど」
『貴女は──』
「私のことはどうでも良いの。もっと早くここに来たかったのにナナもエイトも怖がってダンジョンに足を踏み入れないんだもの。あんたっ、もう少し男見せなさいよッ!」
「うわっ、この人ナナより口が悪ぃ」
突然指で指され、エイトがたじろいた。
「ここに来るまでの間にわたしが死んだ後の事情は聞いたわ。あの男の望みはブレア様のおかげで潰えた。ざまぁみろだわ!
だけどわたし、自分さえ犠牲になれば良いというあなたのいい子ちゃんな考え方が大嫌いなの。他人のことなど考えずに、自分の望みをすべて吐き出してしまいなさいよ!!神がいるならば聞いてくれるかもしれないわ!わたしが表に出ている間に、あなたの本性を見せて!さぁ!!」
本当に自分の望みを口にして良いのか。
自分が既に死んでしまっていることは分かっている。それでも、精霊との繋がりを感じるのだ。自分が欲に飲まれることによって、誰かに不利益が生じるのではないか。リリーはそう考えた。
「あなたは命を懸けてあなたの望みを守ろうとした精霊を信じられないの?」
ナナの言葉にリリーは胸の前で手を握り、顔を上げた。アトラスが彼女を応援するように肩に手を添えている。
眠りについていた間も夢に見ていた、自分の望みを口にしてもいいのだろうか。
『わ、私は・・・精霊とお話がしたいの。今まで話せなかった分、まだまだ一緒に過ごしたいわ。それから魔法を自由に使いたいの。折角精霊が与えてくれた力ですもの。魔法を使って大好きな精霊との繋がりを感じたいの。それから・・・』
リリーは胸の前で手を握りしめた。
『私は好きな人のお嫁さんになりたいわ・・・』
「ふんッ!初めからそう言っていればよかったのよ・・・」
ナナが目を閉じ、胸の前で手を組み、指を絡ませる。
「──エリアピュリフィケーション」
呪文と同時にナナから清浄な空気が一気に広がっていく。
それはダンジョン内の隅々まで行き渡っていった。
かつて大聖女と呼ばれた彼女が行使する、ダンジョンに捕らわれていた罪人の魂、そして役目を終え散ろうとしている精霊たちに対する救済の魔法。
「これはクライムに対する復讐の一環よ。直接的な復讐はブレア様と王妃様がやってくれたみたいだから、私はクライムがこの世から排除しようとしたあなたたちと精霊の解放をすることで復讐とするわ。──まぁ、つまりあの時あなたの言葉を聞かなかったことに対するお詫びよ」
ブレアを手に入れるために手段を選ばなかったクライムのことだ。シャイニーが現れなくともリリーとアトラスは何らかの形で葬られていたに違いない。
「この子は私の生まれ変わりみたいね。でも、今回のことで力を使い果たしちゃったから私はもう出てこれないと思うの。この子も私に無理に乗っ取られたからしばらく起き上がれないと思うわ──」
そう言ってナナは精霊たちが元の姿に戻ったため何も無くなってしまった51階層にポツンと転がっている汚れたヌイグルミを拾い上げた。
「ピュリフィケーション。──はい。これでチャラよ。あんたに預けるわ」
キレイになったヌイグルミを受け取ったエイトが、浄化魔法って汚れも落ちるんだと感心した、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ──・・・突然地響きが鳴り、地面が揺れた。暫くすると落ち着いたが、エイトは嫌な予感がした。
「ダンジョンも浄化されて生命活動を停止したみたいね。ココ、そのうち崩れちゃうと思うけど、潰れる前に脱出できることを祈っているわ。──じゃ、わたしはここでサヨナラだけど、この身体のことは任せたわよ」
ナナがそう言うと同時に、ナナの身体が崩れ落ちた。
「えっ!ええええっ!!!マジかっ!」
エイトは慌ててナナの身体を受け止めると、肩に担いで見つめ合うアトラスとリリーの方を振り向いた。
「じゃ、俺たち急ぐんで。末永くお幸せに!」
二人を含め、ナナによって浄化された罪人たちは成仏することが出来るだろう。
エイトはそう言い残すと階段を駆け上がって行った。




