9 ブレアの復讐
ブレアは王妃の元訪れていた。人には知られないようにしているが、実は彼女にも精霊の加護がある。そして『精霊の愛し子』であるリリーがダンジョンに堕とされ人々の加護が消えたあとも、何故かブレアの力は消えなかった。
リリーに心酔していた彼女は第二王子の婚約者になったとき、加護の力をリリーのために使うと決め、王妃とアトラスだけには伝えていた。
彼女の加護は「闇」。精神干渉と記憶操作を可能とする力だ。
しかしリリーが断罪される際、その力を使おうとしたが、何故か発動しなかった。
(まさかリリー様が望んでいない──?)
リリーが人殺しをするなど到底信じられなかった。
リリーが殺したいほど強くシャイニーの失脚を望むのなら、精霊に彼女に与えた加護をなかったことにして欲しいと願えばいいだけのこと。毒を用意するより簡単なことだ。愛し子にはその力がある。
加護さえなくなればシャイニーは聖女ではいられなくなり、あのような行動にも出られなくなるのだから。
何故誰もそのことに気付かないのか──いえ、気付いてる?
国は優秀な次代の国王と魔法を使おうとしない『精霊の愛し子』を秤にかけ、クライムを選んだのか。
ブレアは知っていたのだ。
リリーを慕うアトラスの気持ちも、リリーを救うためのアトラスの計画も。リリー救出の暁にはブレアがリリーを匿う予定だったのだから。
──ブレアはクライムを疑い闇の精霊の力を使った。
その後ブレアは王妃の元に向かい、闇の力を使ってクライム本人から聞き出したその悍ましい計画の全てを話し、協力を依頼した。
「──わかりました。貴女の望むように致しましょう。私もアレに子供を殺されたのです。貴女への協力は惜しまないわ」
王妃はその数日後、青年を1人専属執事として城に迎え入れた。
*――*――*――*――*――*
(やっと!やっとだ!!遂に彼女をこの手に抱くことが出来る)
愛しのブレアとの婚姻の儀を無事に終え、夫婦の寝室にて彼女を待つクライムは歓喜に震えていた。
新妻の部屋に続く扉のノブがカチャリと音を立てた。クライムはその僅かな時間も待つことが出来ず、彼女を迎えるために立ち上がった。
クライムがこちら側から扉を開けるとそこには薄い夜着を身に纏ったブレアが立っていた。顔を僅かに赤らめている彼女を、クライムは優しく抱き上げると、そのままベッドに運んだ──。
「仕方のないこととはいえ自分との一夜の記憶を植え付けるなど、気持ちが悪いことこの上ないですわ」
自室の床に転がり一人満たされた顔で眠るクライムを見下ろして、ブレアが吐き捨てるように言った。
今夜はこの部屋一帯の人払いがしてある。声を聞かれるのが恥ずかしいからと俯いてクライムに言えば、嬉々として侍女の待機部屋から人を排除し、護衛の配置を変更してくれた。
「ブレア」
そこへ一年ほど前に王妃付きの専属執事に就任した青年が、姿を現した。
王妃の手引きで王族しか知らぬ通路を通ってきたのだ。
復讐という名の策略のために顔を会わせたブレアと青年は、運命を司る精霊の加護であるかのようにお互い一目で惹かれあった。それからと言うもの王太子妃教育と称して王妃の元を訪れた際に逢瀬を重ねてきた。そして遂に今夜結ばれる事となるのだ。
リリーがダンジョンに堕とされると共に消えてしまった精霊の加護だったが、復讐を誓ったブレアの加護は消えなかった。それはブレアに加護を与えていた精霊もまた、彼女同様復讐を選んだに他ならない。
クライムに施した記憶操作は完璧だ。決してバレはしない。
リリーの仇。
婚姻の儀では仕方なく唇は許したが、政略とはいえリリーを殺した男に触れられることを嫌悪したブレアはクライムと同じ色の男性を紹介してくれるよう王妃に頼んだのだ。出来れば王妃の血縁から。例え相手に断られようと記憶操作でどうとでもなると考えていた。
当然ブレアの初めてのキスの相手はクライムではなく彼だ。
王妃の連れてきた青年はとても優秀で立場上リリーが『精霊の愛し子』であることを知っていた。その為ブレア同様リリーに心酔しており、クライムを激しく憎んでいたのだ。
その為ブレアの計画に喜んで協力すると約束してくれた。ブレアは彼との間に子をもうけ、クライムの汚れた血をここで断ち切る。
人を殺してまで欲したブレアは決してクライムの手に入ることはない。
ブレアの復讐は始まったばかり。
クライムが王位を継いだ後、一線から退くことになる王妃の推薦で彼はクライム付きの執事となる。
その後聖女を殺めたようにクライムにも少しずつ毒を盛り、少しずつ寿命を削っていくのだ。
死の間際で彼が握ってほしいとブレアに差し出す手を触れることなく扇で叩き落とし、クライムの目の前で別の男の腕をとる。そしてこの真実を伝えるのだ。
「ふふっ、楽しみだわ」
絶望に歪むであろうクライムの醜い表情を想像して、ブレアは彼の腕の中で美しく微笑んだ。
精霊が消え、加護による力も消えた日、クライムの存在は人々の希望であった。
精霊に頼ることが出来なくなる日を見越してか、魔石を利用した魔道具の量産を研究していた先見の明。
光魔法も使えなくなることも見越し、薬学や医学の発達に貢献していたこと。
人々の生活の必需品となる魔石収集のための冒険者ギルドの創設。
数々の偉業を成し遂げたクライムは、賢王として未だ語り継がれている。
しかし彼が失意の中果てたことは誰も知らない。
現在、この国の王家はブレアの産んだ子の子孫が血を繋いでいる。




