六.光村の思い
その頃、光村と先人、二人座り込んでいる。それを離れた処から見つめる三人。
「大丈夫ですかね。大、潤王様」
「先人は頑なだからな。しっかり話をしないとどうにもならない」
「はい。…それにしてもあいつら」
新鹿が心配そうに光村達を見つめ、潤王は腕を組んで息を付く。本来亡くなった者と会い話すという今の状況は非常に良く無いのだが他の者ならともかく先人は耐えられない。特別措置である。師悟は素に戻り怒りを露わにしているが潤王は首を横に振る。
「光村が悪い。あっち(五大氏族)の奴らとしっかり話をしなかった。後、あっち(五大氏族)も想像が出来なかったんだろう。俺らの世代は身内と結束しないと生きていけない。情が深い」
「それでも確かめもせずとか」
新鹿がため息を付く。自身の雑さも良くわかっているがそれ以上の失態である。潤王も呆れているが冷静に見る。
「服織が隠したんだろうな。腹を立てて。いや、失望」
「服織は光村の、主の意思を徹底して守る。五大氏族は信に値しないと判断した、か」
「先人は、光村と友二人で良いと決めた。それに従った。主の意思を守った。五大氏族は報いを受ける。主の身内にはなれない」
新鹿の服織への見解に潤王も頷く。こればかりは仕方が無い。光村も赦せないし赦さない。師悟も頷く。
「当たり前です。それでも甘い」
「お前もだが」
「はい。あいつら… 」
師悟は激昂している。生きていれば何もかも消すと言った空気を感じる二人。あいつらとは五大氏族だけでは無く他全員入る。勿論身内も。
「お前の存在が大きすぎた。代替わりした津の国が落ち着くのは時がかかる」
「どっちも出来ると踏んだのに。愚かしい」
素に戻ったり丁寧になったりになる師悟。表の顔を整える処では無い。潤王もそれは理解しているし今更敬われるのは御免と思っているためそれについては何も思ってはいない。が、
「光村は怒っている。お前にも」
「わかっています」
「それでも居るのか? 」
「補佐ですし、先人様の師ですから」
「 …抜け目無い」
本心を知れば先人は赦すだろう。そうしたら光村も赦さざるを得ない。ならばいずれ受け入れる。その意図を感じ深くため息を付く潤王であるが、先人が赦すとなっても思い通りにはならないともわかっているのである。
一方、光村と先人は
「曽祖父様… 」
「待て」
光村がごそごそと何かしている。先人の頭に乗せる。菫の花冠である。
「 …! 」
「一人にした。すまない」
光村の謝罪に勢いよく首を横に振る先人。
「申し訳ありません」
「何故謝る? 」
「曽祖父様の血を残す事が出来ませんでした」
頭を下げている先人に光村は手を添え、顔を上げるように促す。
「良い。わかっていた。そなたなら、とも思ったが、次は保証出来無い」
「はい。次に出ずともその次とも思いました。皆、侵され尽くしている。そう感じたのです」
「それで良い。それに、祖父の血なら問題無い。あれが大知氏本来の本質だ」
「そうなのですか? 」
本来の大知氏。将軍氏族。來允達家族を見てもそうかもしれないと思っている先人を見つめ、光村は続ける。
「将軍氏族。初代大王様から側に付き、従い守る。それを誇りとしていた。私が大連になったから、皆、変わってしまった」
「曽祖父様は成すべき事を成したのです。曽祖父様のせいではありません」
「辛い思いをさせた。先人、特にそなたには」
哀しく、そして労わり慈しむように見つめる光村に先人は昔を思い出し嬉しくも哀しくもなる。
「 …ずっと、苦しかったです」
「ああ」
「哀しくて、どうにかしたくて」
「ああ」
「私が産まれたから、皆」
「違う!私はそなたに救われた。嬉しかった。そなたの心が。幸せだ。共に居れて」
「曽祖父様」
「伝えられずすまない。産まれて来てくれて感謝する。ありがとう。先人」
先人は涙が溢れて止まらない。光村はずっと撫でている。
「友がいます」
「ああ」
「二人」
「ああ」
「充分です。贅沢です」
「もっと持てた。与えたかった。すまない」
「いいえ。当たり前です」
「違う! 」
「贅沢です」
そう言い切る先人を光村は哀しく苦しくなりながら見つめる。こんな事など望んでいなかった。何一つ。
「もう、どうにもならないだろうが、これからは必ず守る。皆そうする」
「 …私は似ていません」
「あの者らは顔だけで判断しない。地方氏族、皆、利を考え力で取る。本質はそう。見た目より中身。それを見なければ領国は守れない」
「ですが、」
先人が言いかけるが光村は首を横に振り、続ける。
「先人、そなたは難しいだろうが、皆認めている。あれら、咲や巌、他では無理だ。大局を見ず、己の利ばかり。皆そういう者を嫌う。真に望むのは真と誠実、それだけだ」
「はい」
「この先も大変な事だらけだ。やめるか? 」
「え? 」
「このままここにいるか? 」
「いいえ。約束を果たします。待っていてくれますか? 」
決意を込め、真っ直ぐに光村を見つめる先人。変わらない。真っ直ぐで頑な。光村は頷く。
「ああ。待っている。今度こそ」
「はい。これは、菫ですね」
「ああ。そなたが好いていただろう? 」
「はい。綺麗です。持っていけないのが残念です」
菫の花冠を外し、残念そうにする先人。此処は夢のような夢でないような処。持っていけるものでは無いが、夢でも持っていたいと思う程にずっと欲しかったのだ。光村からの花が。
光村が花冠を先人から自身へ受け取る。
「預かっておく」
「枯れませんか? 」
「ここは枯れない」
「はい。ここは綺麗ですね。昔曽祖父様と住んでいた処に似ています」
近くに小さな川が流れ、緑豊かで、光が眩しく暖かい場所。叶うならずっと共に居たかった場所。そう先人が思っていると、
「ああ。すべて終えたらここにな。共に、」
「 …良いのですか? 」
「唯一だ」
光村が優しく見つめ、そう言うと先人は心から笑顔になる。
「はい。幸せです」
「ああ。私もだ」
二人抱き合う。離れて見ている三人もほっとしている。が、
「鋼と瀧も連れて来ます」
「は? 」
「綺麗ですね。嬉しいです」
「 … 」
光村が黙り込んでいるのを見た三人は、
「来たら絶対追い出すな。友二人は」
「はい。絶対」
「当たり前では? 」
全員、光村の真意を知っている。
一方、青海の国では吹が光村の文を手にかざしていた。咲は驚きながら問う。
「 …文? 」
「私宛になっていますが、万一、皆様が先人様を認めない時これを見せるよう頼まれました。元々歳が歳。己に何かあればと思い用意していたのでしょう。…手跡はわかりますか、咲殿」
吹が屈みこみ、咲に光村の文を広げて見せる。
「ええ」
確かに、と咲が確認すると吹はすぐに持ち、読み上げる。
私は国のため、大王様のために生きて来ました。国を安定させ、戦を少なくし、皆が安心して生きられる世を目指しました。それは、繋大王様との約束でもあったのです。しかし、ある日皆にいらぬと言われ、追放された。罪状は覚えがないものばかりでした。しかし、皆それを信じたのです。
私は何のために生きて来たのかわからなくなりました。すべてが無駄だったのかと思いました。しかし、五大氏族の皆を思いました。皆、私の意を守り、領国を守ってくれている。それを救いとして、去ったのです。心配をかけてしまいました。しかし私は皆を国賊にしたくなかった。私も、そこまでする気力が残っていなかったのです。
信を持つ友と、敬った主、同士、身内に背を向けられ、戦う力などもはや残っていませんでした。
居場所など、在るべき処など最初から無かったとすべて諦め、無辜の民として生涯を終えると決めました。ですが、大知氏に昏いものが広がっていました。それはどうにも出来ません。私は私の責として命果てるその時、氏族を道連れにして終わろうと決めました。
その間、皆には迷惑をかけました。孫の一人が皇子に見初められ、妻となった事、そして子を宿した時に去っていながら沈黙を頼み交渉材料にした事、申し訳ありませんでした。もはや会う資格も無いと思い私は一人で最期を迎えようと考え、更に深く誰も知らぬ場所に行きました。
あちこち、場を変え、最後の時を迎える場を決め、そこに住んでいた時、本当に突然でした。先人と会ったのは。
名を聞き、本当に驚きました。そして昏いものが無いのです。澄んだ目をしていました。私は名乗らず、罪人と言い、里へ行くよう伝えましたが連れて来た者との約束でここで待つと言い張るのです。ならば仕方無いと思い連れて行きました。何故そうしたのか、その時はわかりませんでした。後で思えば似ていました。初めて会った時の潤王様に。
共に過ごす内にわかりました。何でもこなす、子どもなのに子どもでは無い口調、知っている事が多すぎる。私が認める子にしようとした事に。
名乗らず先人と共に過ごして居たある日、聞かれました。大知光村かと。違うとも、何がわかるとも、怒鳴り付けもしました。けれど、先人は私を恐れず、怯むこと無く私に言った。
国も、大王も、大知氏もあります。心より礼を、と。
私は、認められたいと思った事などありません。ですが、あの時、真にそうだったのかと思いました。
皆、私を冷酷と言います。人とは思えないともあの者だけは違うとも。私は私の志を持ち成すべき事を成すために生きて来た。ですが気が付くと一人になっていた。一人になり皆に背を向けられ、その時初めて私は認められたかったのだと気付いたのです。
先人は私を忠臣と呼び、在るべき処に戻したいと言いました。止めても聞かず、頑なに。嬉しかった。本当に。私だけを思い、私のために成すと覚悟を決めた子を私は、愛したのです。
もう知っているでしょうか。先人の生母は於白氏です。何をどうしたのか孫の総領姫である咲が弟の巌と結ばせ誕生させたのです。先人が産まれた事は知っていましたが、先人と会った後にそれを知らされ愕然としました。孫らは、私を恨んでいる。罪人を出した氏族と攻撃され、その上仁湖を助けなかった私に罪悪感を持たせようと、子を利用した。私は、その時、申し訳無いと思いました。潤王様に。芽依様に。
ですが、私の意思は変わりません。たとえ潤王様に恨まれ憎まれても今更です。先人への思いは覆りません。
先人に一つだけ不満があるとすれば、何故私の元に産まれてこなかったのか。先人が我が子ならば私はきっと何があっても折れず逃げず、何をしてでも己の全てを守り、先人に委ねたでしょう。歳を感じるのです。先人が迎えに来て、共に国をいつまで守れるのか、我が子ならばいつまでも共に国を守れた。そう思うとどうしようもなく辛いのです。
もし、皆様がどうしても先人を認められないと言うのなら領国に戻り何もせず沈黙して下さい。それでも私に対し、恩や忠誠を感じておられるならば裏に回り後ろ盾と言う形のみを取って頂ければ良いのです。
先人は、私の子です。私が育てた、才を見込んだ、私の子です。すべて私のせいです。辛い人生を歩ませてしまった。産まれた時からずっと。もう、傷ついて欲しく無いのです。
唯一としたのは、身内も外も敵だらけである先人に力を与えたかったからです。私が長のままであるのは陽大王様の意思です。理由はわかりません。ですが私の力では疑念を生み、危うい。皆の力を貸して頂きたいと思っていました。ですが、何も無い曽孫では皆に疑念が行く、そう考えた末の事です。せめて、孫の、末弟が当主となってくれていたらと考えてしまいます。
いつどうなるかわからない、だから先人に紋を付けました。大知氏の証、次の証です。将軍氏族の我らは、守りが一番強いものを体に入れます。師悟殿に聞き、それが津の国で残っていたのですね。仕上げは異なるのですが、どうしても、守りたく、すべて同じに入れました。もう、終わるのだからと子にも孫にも入れませんでしたし、教えませんでした。皆、私を恐れ、恨み、憎み、嫌っています。先人だけ、我が子だけが私を思ってくれます。共に居て幸せでした。無為に生きた男が得た光です。どうか、傷つく事ないようにとそればかり願っています。
宗殿、青海の国で初めてお会いした時、成人前でしたが、聡明で意思が強いものを感じていました。成長し、青海と都を繋ぐ役目をして頂きました。その時、見識が広く、深く、聡明な方に助けてもらいとても嬉しく思っていました。冷酷と呼ばれる男の近くに来て手伝いをして下さった事、感謝しておりました。
熟練殿。貴方は私が初めて預かりし方でした。誇り高き綾武氏の当主となる方が私のような者に仕えさせる真似をさせてしまい申し訳ありませんでした。ですがいつも実直で誠実で、有難く思っていました。迷いなど無く、真っ直ぐで情が深い貴方様にいつも助けられていました。先人も貴方を慕っています。頼みます。
衡士殿。いえ、衡皇子様。私にとってはいつまでもそうなのです。七つでした。貴方にお会いしたのは。定めにあらがおうと必死になっている貴方様に師として何か出来ないかと思っておりました。即位はなりません。利用されてしまいます。そうなれば私一人では守り切れません。繋大王様との事を気にしておられましたが、心配ありません。私の意思です。難しい北を治めるため、戦場に立たせました。ですが成し遂げると信じていました。貴方様はやはり、武を持って国を守る尊き御方です。
溌。成人したてで質となり不自由も多い中、付いてきてくれて感謝している。いつも的確に要点を付き、率直に話す。それに助けられていた事多かった。礼を言う。ありがとう。そなたは先人に対してもそうなのだろうと思う。だが、何のしがらみも無く率直に見てくれるのだろう。都人である私を曇らず見てくれたように。先人は良き子だ。そなたならいずれわかると思う。どうしても難しいなら、沈黙してくれれば良いが、大丈夫だと思っている。
師悟殿。津の国の事、申し訳ありません。皆が力を合わせ、生きていただけなのに踏みにじったのは我らです。申し訳ありません。それなのに質に来て、力を貸して下さった事、心より感謝しております。客観的で、俯瞰的で、多角的にものを見る目に助けられました。先人も、育てて下さり、ありがとうございます。先人の才を見込んだ師悟殿ならば、その後も力になってくれると信じています。頼みます。
皆、私の意を守り続けてくれて、心より感謝しております。
皆を心から大切に思っています。伝えられずに去り、申し訳ありません。
皆と出会え、共に在れて良かった。先人も共に在れば、いつまでも皆と共にいられたかもしれない。そう思うと残念です。とても。
「 ―以上です」
「 … 」
吹が読み終わり、咲が、その場の全員が黙り込んでいる。それに構わず吹が咲に詰め寄る。
「先人様は嘘つきですか? 」
「 … 」
「愚かな子ですか? 」
「 … 」
「答えろ! 」
吹が怒鳴るように言い、咲はようやく声が出る。
「 …父は、叔父は、」
その先が上手く出ない。後継としなかった理由はわかった。光村は大知氏を終わらせる気だった。だが、父も叔父も昏いものは、と思う咲を察し、吹は淡々と答える。
「昏いものが無く欲が無い方達だった。しかし、欲を持った。子のために」
「 ! 」
「光村様の力に縋った。貴方がた姉弟、従妹を会わせたのも情を誘う意味」
「 … 」
あの時、光村に会う前、大知氏への攻撃で咲が巌を庇い怪我をした。
(危ういと思ったから、きっと、力を得ようと)
咲は察する。一将軍だけでは守り切れないと思ったのだと。だから、父は、叔父は、
「誰も光村様に寄り添わなかった。力を欲しがった。先人様以外すべて。先人様は唯一など望んでいない。ただの一度も。ただ、光村様を忠臣と証明したい、すべて終わったら迎えに行く、望んだのは二つだけだ」
吹の強い言葉に咲は何も言えない。父も叔父も家族のために力を欲した。だが、すべて奪われた者に何を言っているのか。それをようやく思い知ったのだ。光村の文を読んで、大知光村もまた人だと、先人を思う人だと、ようやく…。
吹が咲の後ろを見つめる。
「起きているのだろう? 」
「 …吹」
巌がゆっくりと起き上がる。聞いていたのだ。光村の文を。
「お前の罪は、光村様の子を踏みにじった。いや、それだけでは無い」
「 … 」
「絶望を与えた」
「 …それは、」
心当たりがある。巌がそれを思っていると吹は違う事を言う。
「八年前、お前は光村様の亡骸をどうした? 」
「 ! 」
「お前は親戚に丸投げした。いや、どうなったかわかっていて放置した」
「 …大知氏の処に、罪人は入れられない」
「どうなったと思う? 」
「 …何が、言いたい」
意図が分からず、巌は吹に問う。吹は嘲るような笑みを浮かべ、続ける。
「適当な場所に埋めていた。だが、掘り返した」
「 ! お前が、」
「最後に手伝った。先に掘っていたのは、先人様だ」
「「 ! 」」
咲と巌が驚愕する。
「子が、泣きながら一人で月明かりだけを頼りに、白い衣をまとい、ずっと謝っていた。力無く、何も成す事無く、忠臣として皆に称えられる御方をこんな処においておけないと」
吹の話す情景を思い黙り込む巌と咲。先人が光村を慕い、光村もそうだった。ならば、どうなるか想像するまでも無い。
「先人様は光村様の子。子を虐げ、父の亡骸まで奪おうとする。どこまで愚か」
言葉にされ、咲も巌も理解する。自身らのした事すべて人でなし。
「それで良く五大氏族と。ああ、他に眠る処をつくるつもりだったか。丁重に葬ったとして」
「 …瀧から聞いたの? 」
「はい。そうですよ。後、罪はもう一つ」
吹は書簡を出し、ばっと開く。
「大知氏当主と偽り、長を消そうと陰謀を巡らせ、綜氏と結託した事、その罪、大罪である。監察、司法の連名、大王様、太子様、綜大臣様からも」
「偽り?そんな訳が無い」
「大知氏の長、当主は先人様。大知氏の証を持っていた」
「証… 」
はっとして気付く咲。巌も。光村の文を思い出す。
「先程の文にもあったでしょう?紋」
二人青ざめる。
「光村様が先人様に入れたもの、私が証人です。他にもありますが知る必要な無いでしょう。それと」
「何、」
「貴方がたの念願が叶います」
光村には敵わない。先人以外は。




