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第5話 返せ

木曜の午後、廊下の隅で泣いている一年生を最初に見つけたのはユイナだった。


「大丈夫?」


しゃがみ込んで目線を合わせる彼女に、女子生徒は震える声で答えた。


「……ペンダント、なくして……」


「落としたの?」


「たぶん……でも、昨日クラスの人に見せろって言われて……」


その言い方で、だいたい事情は分かった。


教室へ戻る途中、ユイナがぽつりと言う。


「お母さんの形見なんだって」


「形見」


「うん。見つからなかったら、あの子、自分を責めると思う」


トウマは軽く息を吐いた。


数分後には、相手の名前も目星もついていた。


噂話は嫌いだが、シュウはこういう時の足が早い。


「二組の女子。たぶん隠して遊んでるだけだと思うけど、最悪だな」


「先生に言えばいい」


「言ったって、“勘違いじゃない?”で終わるやつだろ」


シュウが舌打ちする。セナは腕を組んだまま言った。


「感情で突っ込まないで。証拠が先」


「九条、それ冷たくね?」


「冷たいんじゃなくて、失敗しない方法を言ってるの」


放課後、トウマは人気のなくなった女子更衣室前の廊下に立っていた。偶然を装って待つ。


ほどなくして、目星をつけていた女子二人が笑いながら出てきた。


ひとりのポケットで、銀色がちらりと光る。


胸がざわつく。


戻れ、と思う。


でも、ユイナが聞いた泣き声が頭から離れない。


「それ、返して」


女子たちが振り向く。


「は?」


「一年の子のだろ」


「何の話ですか」


「知らばっくれなくていい」


険悪な空気になる。片方の女子が露骨に顔をしかめた。


「証拠あんの?」


「あるなら先生呼べば?」


「そうだよ、キモ」


その言葉の端々に、他人を傷つけることへの無自覚がある。


左耳の奥が、ひどく静かになった。


カン。


音が落ちる。


ポケットのあたりに、黒金の王冠。


だめだ、と思う。こんなことで使うな。


なのに喉から言葉が離れていく。


「――返せ」


女子の指が、勝手にポケットに入る。


次の瞬間、銀のペンダントが掌に乗っていた。


「え……?」


彼女自身がいちばん驚いた顔をした。


「わ、私……」


「それで終わりにして」


トウマはそれだけ言って、ペンダントを受け取った。音が戻る。


女子たちは青い顔をして後ずさる。


「今……なに」


「知らない、知らない……!」


逃げるように去っていく背中を見送りながら、トウマは自分の手の中の小さな銀色を見下ろした。


たったそれだけのことなのに、胸の奥にいやな快感が残る。


簡単だ。


正しいことのためなら、使っていいんじゃないか。


そう囁く声が、自分の中にある。


「見つかった?」


振り向くと、ユイナが立っていた。


「……うん」


「よかった」


彼女はほんとうに安心した顔をする。


その表情を見た瞬間、トウマの中の濁ったものが、少しだけ引いた。


「御影くん」


「なに」


「ありがとう。でも、無理はしてない?」


「してない」


「また嘘」


柔らかく言われて、返せない。


その夜、ペンダントを受け取った一年生から、何度もお礼のメッセージが届いた。


けれどトウマの脳裏に残ったのは、返させた女子の顔だった。


あれは、本当に正しかったのか。


それとも、自分は“正しい命令”という名目で、人を支配することに慣れ始めているだけなのか。


答えは出ないまま、スマホが震えた。


通知は、校内匿名掲示板のDMだった。


『声、聞こえた。あんた、あれ何だ』


トウマは画面を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。


――気づき始めている人間がいる。

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