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第4話 王様のうわさ

月曜の朝には、噂は完全に形を持っていた。


「旧校舎の王様ってさ、マジでいるらしいよ」


「悪いやつだけ裁くんだろ?」


「なにそれ、都市伝説?」


「でも三年のあいつら、急に大人しくなったじゃん」


教室のあちこちで、抑えた笑いと好奇心が混ざる。


トウマは窓際の席で頬杖をつきながら、外を見ていた。


風に揺れる桜の名残はもうほとんどなく、代わりに初夏の強い光がグラウンドを白く照らしている。


噂は広がるほど雑になり、そして危うくなる。


王様。正義の味方。


見えない裁き手。


そんな都合のいいものじゃない。


ただ、自分の中にある理解不能な力が、理不尽を見た時だけ、最悪の形で口を開く。


それだけだ。


「御影くん」


名前を呼ばれ、顔を上げる。ユイナが少しだけ言いにくそうに立っていた。


「昨日のこと、誰にも言ってないから」


「……ありがとう」


「でも、ひとつだけ」


「何」


「怖かった。でも、それより……苦しそうだった」


トウマは答えられなかった。


「だから、私が見たものが何かは分からないけど、無理して“何でもない”ことにしないで」


「白峰」


「言いたくないなら、それでもいい。でも……一人で決めないでね」


そう言って彼女は席に戻る。あまりにも静かな言葉なのに、トウマの中では大きく響いた。


昼休み、シュウは珍しく購買にも行かず、机に肘をついていた。


「怒ってる?」


「別に」


「怒ってるだろ」


「怒ってねえよ。ただ、わかんねえだけ」


シュウはまっすぐトウマを見る。


「お前がなんか抱えてんのは前から知ってる。でもさ、俺を助けた時の顔、あれ普通じゃなかった」


「……」


「聞くぞ。お前、自分で何してるかわかってる?」


トウマは視線を落とした。


「半分は」


「半分?」


「たぶん、人を……従わせてる」


「は?」


シュウの眉が寄る。当然だ。


自分で言っても意味が分からない。


「でも、どうしてそうなるのかは分からない。見えるものがあって、言葉が出て、それで終わり」


「それ、冗談じゃなく言ってる?」


「見えないなら、信じなくていい」


「そういう問題じゃねえよ」


シュウは机を軽く叩き、すぐに声を落とした。


「……お前が苦しそうなのが嫌なんだよ」


その一言が、胸に重く落ちた。


放課後。写真部の一年、有馬ノアがトウマたちの教室を覗き込んできた。


「ねえ、御影先輩、ちょっといいですか」


「俺?」


「はい」


彼女は小柄で、いつも大きめのカメラを抱えている。


普段は人と目を合わせるのが苦手そうなのに、今日は妙に真剣だった。


「この前の校門前の動画、たまたま撮れてて」


「動画?」


「友だちに送ろうと思って回してたら映っちゃって……変なんです」


見せられた画面には、確かにあの日の騒ぎが映っていた。


シュウが前に出るところ、上級生が拳を振り上げるところ、そして――トウマが一歩前に出る瞬間。


その直後、一フレームだけ映像が乱れる。


音声が一拍だけ消え、画面中央に黒いノイズが走る。


次の瞬間には、上級生たちが膝をついていた。


「これ、加工じゃなくて?」


「してません。怖いくらいそのままです」


ノアは唇をきゅっと結んだ。


「私、変なこと言うかもしれないけど……この学校に、“見えない何か”がいる気がするんです」


トウマの喉が冷える。


「そんなオカルト」


「でも先輩、知らないですか。最近、“王様”って呼ばれてる噂」


その言葉を聞いた瞬間、背後から別の声が割って入った。


「面白い話をしているね」


振り向くと、生徒会長の榊キョウヤが立っていた。整った顔に、崩れない笑み。


穏やかな物腰なのに、どこか人を試しているような視線。


「有馬さん、その動画、あとで僕にも見せてもらえるかな」


「え、あ……はい」


「ありがとう」


キョウヤはトウマを一瞥した。ほんの一瞬なのに、妙に長く感じた。


「学校には、秩序が必要だからね。正義の味方ごっこで済めばいいけど」


彼が去った後も、その言葉が残る。


トウマは無意識に左耳を押さえた。


噂が広がるだけならまだいい。


だがもし、この力に興味を持つ人間が増えたら。


その夜、トウマは手帳を開いた。


見覚えのないページが、また増えている。


何かを書いたはずの跡だけが残っていた。強く筆圧のかかった、消された文字の痕跡。


ページを指でなぞった瞬間、ぞくりとした。


消えているのは、記憶だけじゃない。


もしかしたら、自分は自分の中から、何かを隠し続けているのかもしれない。

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