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第3話 ひざまずいたのは、誰だった

それは、帰り道のほんの数分で起きた。


校門を出てすぐの坂道。夕方の人通りがまだ多い時間帯だった。


コンビニの前で笑っていた上級生三人組の顔を見て、トウマは小さく舌の根が冷えるのを感じた。


昨日の旧校舎にいた連中の一人だ。


「……最悪」


「え、知り合い?」


隣を歩いていたシュウが気づく。


「いや」


「顔が嫌そうすぎるだろ」


今日は珍しく、四人で途中まで一緒に帰っていた。


シュウが勝手に購買の残りパンをユイナに押しつけ、ユイナが困った顔で半分をセナに回し、セナが呆れつつ受け取る。


そんな、どうでもいいやりとりが少しだけ心地よかった。


その空気が、一瞬で壊れる。


「おい、白峰じゃん」


コンビニ前にいた上級生が、ユイナを見つけていやな笑い方をした。


別の一人が、彼女の進路を塞ぐように一歩前に出る。


「この前、バイト先でシカトしたろ」


「……急いでるので、どいてください」


「は? 感じわる」


ユイナの声は落ち着いていたが、手が少しだけ強張っているのをトウマは見た。


シュウがすぐ前に出る。


「どいてって言ってんだろ」


「なんだよお前」


「通行の邪魔」


「正義マン多すぎね?」


笑いながら、上級生のひとりがシュウの肩を突いた。シュウは退かない。


余計に相手が苛立つ。


「風間、いい」


「よくねえだろ」


トウマが止めるより早く、もう一人がユイナの手首を掴みかけた。


その手を、シュウが強く払う。


「触んな」


空気が変わった。


「てめえ」


短髪の上級生が拳を振りかぶる。


次の瞬間、鈍い音がした。


シュウの身体がよろめく。頬を掠めたのではなく、まともに入った。


ユイナが息を呑み、セナが「風間!」と声を上げる。


トウマの中で、何かが切れた。


左耳の奥で、


カン――。


今度は一度ではない。二度、三度と重なって鳴る。


周囲の音が沈む。夕暮れの色がひどく遠くなる。


上級生たち三人の頭上に、同時に、ひび割れた黒金の王冠が浮かび上がった。


複数。


だめだ、と分かる。


一人に通すだけでも身体は削れる。三人同時なんて、まともに立っていられる保証がない。


それでも、もう止まれない。


トウマは一歩前へ出た。


頭のどこかで、過激な言葉が閃く。


消えろ。潰れろ。


壊れてしまえ。


けれど、それは通らない。


通るとしても、たぶん砕けるのは相手じゃなく自分の方だ。


この能力が従わせられるのは、現実の範囲で身体が応じられる、短く単純な命令だけ。


だからトウマは、怒りを喉の奥で噛み砕いて、最小の言葉を選んだ。


その呼び名だけが、喉の奥で冷たく転がる。


――クラウン・オーダー。


「――ひざまずけ」


静かな声だった。


それなのに、命令は落雷みたいに場を貫いた。


三人の膝が、同時に地面へ落ちる。


「……っ!?」


本人たちの顔に浮かぶのは、怒りではなく純粋な混乱だった。何が起きたのか分からない。


なのに体だけが従っている。逃げようとしても動けず、抗議しようとしても声が出ない。


通行人が立ち止まり、ざわめく。


だが誰も、何が原因でそうなったのか説明できない。


音が戻る。


「な……んだよ、これ……」


「知ら、ねえ……!」


膝をついたまま、三人が青ざめる。さっきまでの威圧感は跡形もなく消えていた。


トウマはその光景を見下ろして、ぞっとした。


簡単すぎる。


たった一言で、こんなふうに人は折れる。


クラウン・オーダー。


自分の中では、いつからかこの現象をそう呼んでいる。


王冠が浮かび、短い命令だけが他人の身体へ落ちる瞬間。


名前を与えても、その薄気味悪さが軽くなるわけではなかった。


「トウマ!」


シュウの声で現実に引き戻される。肩を掴まれた瞬間、強烈な吐き気が込み上げた。


反動は今までで最悪だった。


一人に命じた時の比じゃない。


胃の奥を直接ねじられるみたいな激痛と、視界の奥まで響く耳鳴りが一気に襲ってくる。


「……っ」


「おい、顔やばいぞ」


「平気……」


「平気なやつがそんな立ち方するか」


膝が笑う。視界の端が暗く染まる。


そこでふと、ユイナと目が合った。


彼女は怯えていた。


けれど、それだけじゃない。


「……今、いた」


小さな声だった。


「何か、いたよね……あなたの後ろ」


心臓が強く打つ。


「ユイナ」


「黒い、輪っかみたいな……王冠みたいな……」


セナがはっとしてユイナを見る。トウマの背筋を冷たいものが走った。


見えた。


今まで誰にも見えなかったはずのものが。


「白峰、それ以上言わなくていい」


セナが低く制した。周囲に聞かせたくない声音だった。


その間にも、膝をついた上級生たちはようやく呪縛から解かれたように立ち上がり、こちらをろくに見もせず逃げるように去っていく。


残された四人のあいだに、妙な沈黙が落ちた。


最初に口を開いたのはシュウだった。


「……お前、今、何した?」


まっすぐな声だった。怒鳴ってはいない。


ただ、冗談も逃げ道もない声音。


トウマは答えられない。


答えた瞬間、何かが決定的に変わる気がした。


「御影」


セナの声がかすかに震えている。


「帰ろう。今すぐ」


結局、その場はそれで散った。


シュウはそれ以上問い詰めなかったが、いつもの軽さは消えていた。


ユイナは何度も振り返りながら、最後までトウマを見ていた。


セナは無言で隣を歩き、家の近くまで送ってくれた。


夜になっても、頭痛は消えなかった。


ベッドに倒れ込み、スマホを開く。動画フォルダに見覚えのないファイルが一つ増えていた。


再生すると、帰り道の途中、シュウが勝手に撮っていたらしい短い動画だった。


四人が並んで笑っている。


シュウが何かふざけて、ユイナが笑い、セナが呆れた顔をし、トウマも珍しく少しだけ笑っていた。


――その数分後、自分はシュウを守るために能力を使った。


なのに動画の前半で交わしていた会話の内容が、もう思い出せない。


「……また、消えた」


そのとき、通話の着信が鳴った。


セナだった。


『風間との約束、何か覚えてる?』 「……あんまり」 『やっぱり』


彼女は一拍置いてから、静かに言った。


『次に消えるのが、会話だけだと思わないで』


電話が切れたあとも、その言葉だけが部屋に残った。


トウマはスマホを胸の上に置き、天井を見つめる。


もしこの力が、誰かを救うたびに、自分の中の大事なものを削っていくのだとしたら。


それでも自分は、次にまた誰かが泣いていたとき、目を逸らせるのだろうか。


答えは、もう分かっていた。

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