第41話 目覚めない日々
トウマは四日、目を覚まさなかった。
命に別状はない。
脳にも明確な損傷は見当たらない。
医師はそう言った。
けれど、ではなぜ起きないのかと問われると、言葉を選んで視線を落とすだけだった。
「極端な消耗や強いストレスが重なったとき、心身が深くシャットダウンすることがあります」
曖昧な説明だった。
でもユイナには、それがいちばん近い気もした。
トウマはずっと、自分を削りながら立っていたのだ。
見えないところで何度も、何かを捨てて。
毎日放課後になると、ユイナは病院へ通った。
ベッド脇の椅子へ座り、眠ったままのトウマに話しかける。
購買の焼きそばパンがいつも早く売り切れること。
シュウがテスト前だけ急に真面目になること。
屋上の缶ジュースの味。
雨の日に窓が曇ること。
セナが怒ると怖いけれど、いちばん最初に傘を差し出す人だったこと。
夏祭りの花火が思ったよりしょぼかったのに、二人で笑ったこと。
思い出させようとしているわけではなかった。
思い出せなくても、こういう日々が確かにあったと、せめて病室の空気の中に残しておきたかった。
「今日はね、シュウが来る前、廊下で五分くらい立ち止まってた」
ユイナは少しだけ笑う。
「多分、泣いてた」
実際その通りだった。
風間シュウは病院の非常階段で、一度だけ声を殺して泣いた。
親友が目を覚まさないことも苦しかったが、目を覚ましても以前のままではいられないかもしれないと知っていることのほうが、ずっとつらかった。
「……ふざけんなよ」
誰に向けたのかもわからない言葉を吐いて、壁へ額を押しつける。
泣くつもりなんてなかった。
でも、体育館で助けた全員の顔を見たあとでは、余計に耐えられなかった。
お前が助けたやつら、みんな普通に帰ってるのに。
なんでお前だけ、ここで寝たままなんだよ。
そう叫びたいのに、叫んだところで何も戻らない。
しばらくして涙を拭い、何事もなかったみたいな顔で病室へ入る。
それがシュウにできる精一杯だった。
「よう、寝すぎ」
いつもの調子で言ってみる。
でも返事はない。
その静けさが、余計につらい。
トオルも一度、病室の外まで来た。
中には入らず、缶コーヒーだけ置いて帰った。
ノアは校内の聞き取りや資料整理を続けながら、ときどきユイナへ「今日もよろしく」とメッセージを送る。
カオルは自分の処分より先に、学校側の隠蔽を外へ出す準備を進めていた。
みんな、違う場所からトウマのそばに残ろうとしていた。
四日目の夕方、ユイナは枕元に夏祭りの写真を置いた。
少し色褪せた笑顔が、紙の中に閉じ込められている。
「これ、まだ持ってるよ」
トウマの眠った横顔へ向けて、そっと言う。
「返事、ちゃんともらったからね。だから今さら、なかったことにしない」
言いながら、やっと声が震えた。
ずっとこらえていたものが、少しだけほどける。
「でも、もし全部なくなってても、私はまた話せる。友達だったことも、好きだったことも、屋上で笑ったことも、何回でも話せる」
そこで一度、言葉が切れた。
泣くな、と自分へ言い聞かせるみたいにゆっくり息を吸う。
「だから、帰ってきて」
その直後だった。
トウマの指先が、ほんのわずかに動いたのは。
ユイナは目を見開く。
すぐにナースコールへ手を伸ばしながら、泣きそうな笑顔になる。
「……ほら、聞いてた」
それは奇跡でも何でもない、小さな動きだった。
でも、四日ぶんの祈りに返ってきた最初の答えだった。




