表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

第40話 舞台袖

事故は「大きな惨事になりかけたが、避難誘導により最小限で収まった」と記録された。


舞台設備の老朽化。


点検の先送り。


保護者へ流出した内部資料。


理事会の責任。


学校側は一気に追い込まれた。


表では抗議の声が上がり、裏では誰が資料を流したのかと責任の押しつけ合いが始まった。


けれど、その中心にトウマはいなかった。


彼は舞台袖の奥、幕の陰に倒れていた。


最初に見つけたのはユイナだった。


誘導が一段落し、ふと姿が見えないことに気づいたのだという。


幕の影を抜け、細い通路を奥へ入ると、そこにトウマが横たわっていた。


眠っているみたいに静かだった。


けれど、それがただの眠りじゃないことは、一目でわかった。


「御影くん」


呼んでも返事がない。


肩を揺すっても、まぶたは動かない。


唇だけが微かに何か言いかけて、言葉にならず止まっている。


ユイナはあとで、そのとき泣けなかった自分に驚いた。


泣くより先に、怖すぎて身体が凍っていたのだと思う。


すぐにシュウが駆けつけた。


トウマの顔を見た瞬間、彼の表情が崩れる。


「……おい」


それしか言えなかった。


胸ポケットから、白い紙の端が少しだけ覗いていた。


ユイナがそっと整えると、その奥には写真も入っている。


全部持ったまま、ここまで来たのだとわかった。


守りたいものと、失いたくないものを、最後まで胸に入れて。


「救急車、もう呼んだ!」


ノアの声が飛ぶ。


トオルが通路を開け、真壁が人を近づけないように立っている。


誰も泣いていない。泣く暇がない。


でも全員の顔に、これがただの体調不良じゃないとわかっている影があった。


担架が来るまでの短い時間、ユイナはトウマの手を握っていた。


冷たくなりかけた指先に、自分の体温を押し込むみたいに。


「返事、もうもらってるから」


聞こえなくてもいい。


それでも言わずにいられなかった。


「だから今は、忘れないで、じゃなくていい……いなくならないで」


その声で、やっと涙が一筋だけ落ちた。


ユイナはすぐ拭った。


今ここで泣いたら、トウマが一人で冷たい場所へ落ちていくのを見送ってしまう気がした。


シュウは少し離れたところで立ち尽くしていた。


強い顔をしようとしているのに、うまくできていない。


彼は何度も拳を握っては開き、やがて低く言った。


「……ほんと、お前さ」


叱る言葉の続きは出てこなかった。


怒りたい。殴りたい。


助かった全員のぶん、ふざけるなと言いたい。


でも、誰より先にわかってしまうのだ。


こいつは自分で選んでここまで来たのだと。


校門の外には、謹慎中のカオルが駆けつけていた。


学校には入れない立場のまま、でもどうしても来たのだろう。


担架で運ばれてくるトウマを見た瞬間、顔色が変わる。


「……間に合ったのか」


その問いに、ユイナは小さくうなずいた。


「みんなは」


その一言だけで、カオルは全部理解したらしかった。


トウマが何を選んだか。


何を代わりに失いかけているか。


救急車の扉が閉まる。


サイレンが鳴る。


ユイナは最後までその赤い光を見つめていた。


シュウは一度だけ顔を背けた。


その横顔は、今にも泣きそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ