表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

第36話 榊キョウヤの正しさ

放課後前、図書準備室に集まったのは、トウマ、シュウ、ユイナ、有馬ノア、真壁ミナト、そして斑目トオルだった。


ノアがノートパソコンを開き、校内サーバから抜いたらしい資料を表示する。


点検報告書。修理見積書。


理事会決裁の保留印。舞台機構の老朽化。


紙の上ではどれもただの事務処理なのに、そこに「先送り」という一言が重なった瞬間、人の命に近づく。


「舞台上部の反響板、二か月前の点検で“要修理”だって」


ノアの声は速い。


それだけ事態を飲み込みきれていないのだろう。


「でも今日の講堂、予定通りフルで使う。保護者も来賓も、かなり入る。教頭が修理申請止めてる」


「なんでそんなの通るんだよ」


シュウが机を軽く叩く。


「理事会向けには、“問題なし”って説明してるんだろ」とトオルが苦く言う。


「修理通せば、予算と責任が全部上に上がるからな。隠したまま年度またげば、なかったことにできる」


「榊はそれを知ってる。だから今日、壊れる瞬間を人前に晒すつもりだ」


トウマは息を詰めた。


壊れる瞬間。


その言い方に、キョウヤの歪みがすべて詰まっている気がした。


彼はたぶん、事故を楽しみたいわけじゃない。


誰かを痛めつけたいわけでもない。


ただ、“見えない痛みは見える形で壊さないと認められない”ところまで、考え方が壊れてしまっている。


「生徒会室にいる」


真壁が小さく言った。


トウマが立ち上がると、シュウもすぐ続いた。


「一人で行くなよ」と言われる前に、トウマのほうから「来て」と口にする。


その短いやりとりに、ユイナがほんの少しだけ安堵したような顔をした。


生徒会室の窓際に、榊キョウヤはいた。


いつも通り整った姿勢で、いつも通り落ち着いた顔をしている。


その見た目だけなら、誰が見ても優秀で穏やかな生徒会長だろう。


だからこそ、その内側の壊れ方がいっそう見えにくい。


「来ると思ってた」


キョウヤは校庭を見下ろしたまま言った。


下では案内係の生徒が笑顔を作って動いている。平穏を演じる学校の縮図みたいだった。


「今日、何をする気だ」


トウマが問う。


キョウヤはゆっくり振り返る。


「何もしないよ。隠してきたものが、隠れなくなるだけ」


「舞台機構が危ないの知ってるだろ」


「知ってる。学校側も知ってる。でも使う。だったら僕が止めなくても、壊れるときは壊れる」


「壊れる場所に人がいる」


その言葉に、キョウヤはほんの一瞬だけ黙った。


でも、すぐに視線を逸らした。


「兄さんはここで壊れた」


静かな声だった。


怒鳴りでも、告発でもない。


ずっと冷えた場所からこぼれたみたいな声だった。


「助けてって言ったのに、証拠が足りないって消された。痛いって言ったのに、大げさだって笑われた。弱い側の傷は、いつも見えないふりされる。だったら、見えなくしてる壁ごと壊すしかない」


トウマはその目を見た。


悪人の目ではない。


悪人のほうがまだ楽だった。


これは、自分の傷が正しかったと証明したくて、そのためなら新しい傷が増えることに目をつぶり始めた人の目だ。


「それでいいと思ってるのか」


「よくないよ」


キョウヤは即答した。


そのあまりの即答に、逆に息が詰まる。


「でも、よくないまま終わるよりはマシだ」


シュウが低く吐き捨てる。


「最低だな」


キョウヤは薄く笑った。


「知ってる」


その“知ってる”が、ひどく痛かった。


自分が壊れていることを知ったまま止まれない人間は、誰かに止められるのを半分では望んでいる。


けれど、それを認めた瞬間に立っていられなくなるから、正しさの形だけを握りしめる。


トウマの左耳で、金属音が鳴った。


カン――。


一拍の静寂。


キョウヤの頭上に、深くひび割れた黒金の王冠が浮かぶ。


あまりにも痛々しい冠だった。


支配欲の冠ではない。喪失と正しさへの執着が凝り固まった、救われなかった人間の冠だ。


「……今日、俺はお前の思い通りにはならない」


キョウヤは少しだけ目を細めた。


「じゃあ見せてよ。王にならないまま、どこまで守れるのか」


その言葉は挑発でもあり、どこかで本当に見たいのだとも思えた。


もし王にならずに守れるなら、自分の壊れ方だって否定されるからだ。


生徒会室を出ると、トウマは胸ポケットの上から便箋を押さえた。


最後まで、王にならないで。


その願いが急に重くなる。


王にならないまま守る。


その難しさを、今日ひとつも取りこぼさず証明しなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ