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第31話 さよならの準備

夏祭りの翌週から、セナの様子は目に見えておかしくなった。


遅刻はしない。授業も受ける。


表面はいつも通り。


でも、トウマたちと放課後に残ることが減った。メッセージの返事も短い。


笑うタイミングが、わずかに遅い。


「何かあったよね」


ユイナが言った。


「たぶん家」


トウマもそう思っていた。


セナの“家”が出てくる時は、大抵ろくなことにならない。


放課後、ようやく二人で話せたのは図書準備室だった。


セナは封筒を抱えていた。以前、カオルから預かった資料もそこに入っているらしい。


「最近避けてる」


「避けてない」


「嘘」


「……忙しいだけ」


その言い方で、余計に真実味がなくなる。


セナは机の角に封筒を置き、しばらく黙った。


やがて、観念したみたいに言う。


「父に知られた」


「何を」


「私が学校の資料を調べてたこと」


胸が冷える。


「どうして」


「家の中、全部が味方じゃないから」


静かな声だった。


怒っていない。諦めに近い。


「理事会の中に、今回の件を揉み消したい人がいる。父も完全に無関係じゃない」


「……」


「だから私はもう、あの家では“娘”より先に“管理対象”になった」


その言葉の重さに、返事が出ない。


「転校の話が出てる」


「は?」


トウマの声が思ったより大きくなる。


「そんな簡単に」


「簡単じゃない。でも、家はそういうことができる」


窓の外で蝉が鳴いている。


世界はやけに明るいのに、この部屋だけ別の季節みたいに冷えていた。


「嫌だ」


気づけばそう言っていた。


セナは少しだけ目を細める。


「そういう顔、ずるい」


「九条」


「私だって嫌よ」


その一言で、彼女がどれだけ耐えてきたのか分かってしまう。


「でも、ここで私が逆らい続けたら、次はあなたたちに向く」


「……」


「資料も、カオル先生の件も、たぶん全部」


トウマは歯を食いしばる。


左耳の奥が、また微かに熱を持つ。


止めろ。黙らせろ。


全部壊してしまえ。


そんな言葉が頭の奥でざわめく。


「使わないで」


セナが先に言った。


見透かされたようで、痛かった。


「今それをやったら、たぶん私、あなたを許せない」


「でも」


「私を守るためでも、駄目」


強い声だった。


涙も見せず、ただ線を引く声。


「最後まで、王にならないで」


その言葉が、胸の奥に深く刺さる。


別れ際、セナは封筒をトウマに渡さなかった。


代わりに、シュウに預けておくと言った。


「どうして俺じゃない」


「あなた、なくすから」


「……」


「そういう意味じゃなくて。違う、半分はそういう意味だけど」


少しだけ困ったように笑う。


その表情が、ひどく遠かった。


帰宅して手帳を開く。


夏祭りのページはまだ読めた。


『水色の浴衣』『俺も言った』


そこまではいい。


でも、その下に自分で強く何度もなぞった線がある。


何か大事な続きを書こうとして、うまく書けなかった痕跡。


トウマは新しいページに書いた。


『九条セナ 転校の話』


その下に、


『止めるなと言った』 『最後まで王になるな』


書きながら、胸が苦しくなる。


名前を書くたび、もう失いたくないものが増えていく。

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