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第30話 夏祭りの告白

夏祭りの夜は、たぶん物語の外側みたいな時間だ。


学校の問題も、理事会の資料も、王様の噂も、その数時間だけは少し遠くなる。


屋台の光、浴衣の色、太鼓の音。


日常のすぐ隣にあるくせに、普段とは別の温度で世界が動く。


シュウに半ば強引に誘われて、四人で行くことになった。


いや、正確には四人のはずだった。


「悪い。うち、急に親戚来た」


シュウは待ち合わせの十分前にそう送ってきた。


『嘘くさい』 と返すと、 『嘘だけど、たまには気ぃ利かせろ』 と返ってきた。


セナもまた、別の理由で来られなくなった。


理事会関係で家に呼ばれたらしい。短い文面なのに、いつもより硬い空気が滲んでいた。


結果、待ち合わせ場所にいたのはトウマとユイナだけだった。


「……二人だね」


「そうだな」


ユイナは淡い水色の浴衣を着ていた。派手ではないのに、夜店の灯りの中でひどく目を引く。


見た瞬間、息が止まりそうになったのを、トウマは悟られないようにした。


「似合う」


「ほんと?」


「うん」


「ありがとう」


そのやりとりだけで、心臓がやかましい。


二人で屋台を回る。


焼きそば、りんご飴、射的。


ユイナは見た目より負けず嫌いで、射的の景品を真剣に狙って外し、少し悔しそうに笑った。


トウマはその横顔を見ているだけで、時間がやけに柔らかく進むのを感じていた。


「こういうの、久しぶり?」


金魚すくいの前でユイナが訊く。


「祭り自体はまあ」


「ちゃんと楽しんでる顔、初めて見たかも」


「それ失礼じゃない?」


「だって、いつも何か背負ってる顔してるから」


図星で何も言えなくなる。


すると彼女は、少しだけ視線を伏せた。


「今日は、忘れていいよ」


「何を」


「全部じゃなくて、少しだけ」


その言葉は、本来なら救いになるはずだった。


でもトウマには、別の意味で刺さる。


忘れることが、今の自分にとってただの休息じゃないからだ。


神社の裏手、小さな石段の上に座って花火を待つ。


人混みのざわめきが少し遠い。


風がぬるい。


「御影くん」


「うん」


「私、最近ずっと考えてた」


来る、と分かった。


分かったのに、逃げたくなかった。


「あなたのこと、怖いって何回も言ったけど」


「うん」


「それでも、離れたいとは思わなかった」


花火の最初の一発が夜空に上がる。


光が彼女の横顔を照らす。


「むしろ、近くにいたいって思った」


「……」


「たぶん、それが答えなんだと思う」


音が遅れて響く。


トウマは何か言わなければと思うのに、言葉が喉に詰まる。


「私、御影くんが好き」


世界が、その一言の周りだけ静かになった気がした。


クラウン・オーダーの沈黙とは違う。


もっと柔らかくて、でも息ができなくなるくらい強い静けさ。


「ごめん、困らせた?」


「……困る」


「だよね」


「でも、嫌じゃない」


ユイナは少しだけ笑った。


泣きそうな笑い方だった。


「よかった」


「白峰」


「うん」


「俺も、たぶん」


「たぶん?」


「いや、たぶんじゃない」


ここで曖昧にしたら駄目だと思った。


言葉で守れ、と自分に書いたのは自分だ。


「好きだよ」


花火の音がちょうど重なって、言葉の輪郭が少し揺れる。


でもユイナには届いていた。


彼女は何も言わず、ただ小さく頷いた。


その夜、別れ際にユイナがトウマの掌を取った。


ペンで小さく書く。


『忘れるな』


以前、自分がよくやっていたみたいに。


でも彼女は笑って言った。


「今夜のこと。もし薄れても、また思い出させるから」


「……うん」


「だから怖がりすぎないで」


帰宅して、手帳を開く。


何を書けばいいか分からなくなるくらい、今日は大事なことが多すぎた。


それでも、ひとつずつ短く書く。


『夏祭り』 『水色の浴衣』 『射的 外した』 『白峰ユイナ 好きだと言った』 『俺も言った』


最後に、少し迷ってから書き足す。


『この夜を失くすな』


けれど、その文字を見た瞬間から、胸の奥ではもう恐怖が始まっていた。


大事なものほど、先に欠けていく。


この幸せが、いちばん危ない。

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