第26話 学校が隠したもの
三雲カオルが呼び出したのは、放課後の空き教室だった。
「生徒を巻き込みたくないんだけど」
開口一番そう言って、彼女は苦く笑った。
「でも、もう半分以上巻き込まれてるでしょ。主に御影が」
「笑えないです」
「知ってる」
教室にはトウマのほか、セナ、ユイナ、そして少し遅れてシュウも来た。
シュウは最初から不機嫌そうだったが、来るということは完全に離れたわけではない。
カオルはファイルを机に置く。
「確証は取れた。昔、この学校で起きた“未処理案件”がある」
「未処理」
「綺麗な言い方をすればね。実際は、いじめ自殺未遂」
空気が止まる。
ユイナが小さく息を呑み、シュウの顔が一気に険しくなる。
セナだけは、どこか予想していたみたいに目を伏せた。
「被害生徒は当時一年。加害側は数人。部活動と推薦が絡んでて、学校は表向き“生活指導上のトラブル”として処理した」
「ふざけてる」
シュウが吐き捨てる。
「その子は?」
「転校。今どうしてるかまでは追えてない」
カオルは静かに続けた。
「問題は、当時の処理に今の理事会と教頭が関わっていた可能性が高いこと。予算資料の流れも、推薦会議の記録も、不自然なくらい整ってる」
整っている、という言葉が逆に気味悪い。
消されるべきものだけが綺麗に消え、残すべき形だけが残されている感じだ。
「先生、これを表に出す気ですか」
セナが訊く。
「出す」
「先生、処分されるかも」
「かもね。でも、見て見ぬふりして教師やる方がもう無理」
その言い方は軽い。
けれど覚悟の重さは、誰にでも分かった。
その日のうちに、カオルは上に掛け合ったらしい。
結果は最悪だった。
翌朝、職員室前の掲示に「三雲教諭、一時自宅研修」の紙が貼られていた。
名目は校内規律に反する独断的行動。
つまり、黙れという意味だ。
「早すぎるだろ」
シュウが掲示を睨む。
「向こうも焦ってる」
セナが言う。
「それだけ核心に近づいたってこと」
トウマはその紙を見つめたまま、胸の奥がじわじわ熱くなるのを感じていた。
教師として正しく動いた人間が外され、隠した側が学校を守る顔をして立っている。
左耳の奥が、微かに鳴りかける。
「御影くん」
ユイナの声が先に届いた。
見なくても分かる。自分の顔が危ない時、彼女はすぐに気づく。
「大丈夫」
「大丈夫じゃない顔してる」
「……」
「今、誰に何を言おうとしたの」
問われて、初めて自分が頭の中で命令の言葉を探していたことに気づく。
黙れ。
吐け。
認めろ。
そんな短い言葉が、喉元まで来ていた。
「使わないで」
ユイナは小さく、でもはっきり言った。
「ここで使ったら、もう戻れなくなる気がする」
その一言で、ギリギリ踏みとどまる。
だが怒りが消えたわけではない。
放課後、トウマたちはカオルのマンション近くまで行った。
呼んだのは彼女の方だった。
「ごめんね、こんな形で」
私服姿のカオルは、学校で見るより少しだけ若く見えた。
でも目の疲れは隠れていない。
「先生、証拠は」
「全部は持ち出せてない。でも、抜いた分はある」
USBと紙のコピー。
そして簡単なメモ。
「ただし、これを使うなら、もう“先生が何とかする”の段階じゃない。君たちも危険に入る」
「最初から入ってます」
シュウが即答する。
カオルは少しだけ目を細めた。
「風間は本当に真っ直ぐだね」
「よくバカとも言われます」
「それも事実かも」
少しだけ笑いが起きる。
けれど次の瞬間、カオルは真面目な声に戻った。
「御影。これだけは言う」
「はい」
「力で全部ひっくり返そうとするな。たぶん君にはそれができる。でも、それをやった瞬間に勝ち方を間違える」
トウマは返事ができなかった。
できるかもしれない、と一瞬でも思ってしまったからだ。
別れ際、カオルは封筒をセナに渡した。
「九条さん、あなたの方が管理に向いてそう」
「……なぜ私に」
「いちばん冷静だから。あと、いちばん抱え込みそうだから」
セナはわずかに口を引き結び、それでも受け取った。
帰宅して、手帳を開く。
前日の『榊キョウヤ 信用するな』の下に、自分で別の字を重ねていた。
『三雲カオル 処分』
文字は読める。
でもその時、どれほど腹が立っていたのか、怒りの温度だけが薄く抜けている。
トウマは新しい行に書く。
『学校は隠した』
そして、少し迷ってからもう一行。
『使えば早い、と思うな』
書いた手が、わずかに震えていた。




