表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/43

第24話 もう一人の裁き手

月曜、学校は明らかにおかしかった。


朝から空気がざわついている。


誰もが同じ噂を知っている顔だ。


なのに、誰もはっきり口にはしない。


下駄箱を開けた瞬間、トウマは原因を見た。


中に、写真が一枚入っていた。


白黒コピーで荒れているが、何が写っているかは分かる。


廊下に膝をついて泣いている男子生徒。


その下に赤いマーカーで一言。


『裁きは必要だろ?』


嫌な汗が背中を伝う。


教室へ入ると、シュウはまだ来ていなかった。


ユイナとセナが、いつもより硬い顔で座っている。


「これ」


ユイナも同じような紙を見せてきた。


別の生徒。別の場面。


だが同じ文言。


「他にも配られてる」


セナが言う。


「しかも何人か、昨夜ほんとうにやられてる」


やられている、という言い方が引っかかった。


詳しく聞くと、週末の夜から今朝にかけて、校内で“悪いことをした”と噂されていた生徒が数人、人気のない場所で膝をつかされ、謝罪を強要されるという出来事があったらしい。


誰がやったのか分からない。被害者は口を揃えて、


「誰もいなかったのに、声がした」


と言っている。


トウマの背筋が冷える。


模倣犯だ。


いや、単なる模倣ではない。


“王様”という概念を借りて、誰かが私刑を始めた。


「御影くんじゃないよね」


ユイナの問いは確認ではない。


祈りに近い。


「違う」


「分かってる」


彼女は即答した。


その信頼が、今は逆につらい。


昼休み、廊下の先で小さな騒ぎが起きる。


二年の男子が二人、トイレ前で揉めていた。


「お前だろ!」


「知らねえって言ってんだろ!」


その間に、ひとりが突然膝をついた。


「……え?」


周囲が凍る。


本人も混乱している。


トウマは反射的に左耳を押さえたが、金属音は鳴っていない。


自分ではない。


なのに、似た現象が起きている。


「見えた?」


セナが低く聞く。


「いや」


「私は何も感じない」


なら、クラウン・オーダーそのものではない。


演出か、心理誘導か、あるいは別種の何かか。


放課後、校舎裏でトウマは知らない下級生に呼び止められた。


「御影先輩ですよね」


「……何」


「助けてくれるんですよね、王様」


その目は期待に満ちていた。


それが怖かった。


「違う」


「でも、みんな言ってます。悪い人を裁いてくれるって」


「誰が言ってる」


「生徒会の人が」


生徒会。


トウマの中で点と点が一気につながりそうになる。


その夜、榊キョウヤから正式に呼び出しが入った。


『生徒会室に来てほしい。君にしか話せないことがある』


セナは反対した。


シュウはまだ口を利いてくれない。


ユイナは「一人で行かないで」とだけ言った。


それでも、行かない選択肢はなかった。


放課後の生徒会室は静かだった。


扉を開けると、榊キョウヤが一人で窓際に立っている。


夕日が差し込み、その輪郭を妙に薄く見せていた。


「来てくれてありがとう」


「用件は」


「単刀直入で助かる」


キョウヤは微笑む。


「君、面白い力を持ってるね」


「……」


「隠さなくていい。僕は敵でも味方でもない。ただ、使い方を知っている側の人間だ」


その言い方に、トウマは全身の神経が逆立つのを感じた。


「何が言いたい」


「正しさって、個人に任せるには重すぎる。だろ?」


キョウヤは机の上に数枚の紙を広げる。


いじめ、横領、推薦操作、隠蔽。


学校の腐った部分が一覧になっている。


「君は一人で裁こうとしてる。でもそれじゃ足りない」


「裁いてない」


「でも、止めている」


やわらかな声で、逃げ場のないことを言う。


「だったら、もっと正しく使えばいい」


トウマは息を呑む。


その言葉は、最近自分の中にも生まれかけていた誘惑と、恐ろしく同じ形をしていた。


「君は王様になれる」


「なるつもりはない」


「本当に?」


キョウヤの目が、初めて笑わなかった。


「弱い者を助けたいんだろう。強い者をくじきたいんだろう。だったら、手段をためらう必要はない」


その一言で、トウマは理解した。


この男は、善人の顔をしている。


でも本質は、正義ではなく統治だ。


人を守るためではなく、人を並べるために力を欲しがっている。


「断る」


即答したつもりだった。


でも声は、自分で思ったより低く揺れていた。


キョウヤは少しだけ笑う。


「今はそれでいい。人は、限界が来た時に一番正直になるから」


生徒会室を出た時、廊下の空気がひどく重かった。


ここから先、王様の噂はもう止まらない。


しかもそれは、自分がやったことだけではなく、誰かが“王様の名でやったこと”まで背負わされる形で広がっていく。


トウマはスマホを取り出した。


ユイナから短いメッセージが来ている。


『終わったら連絡して』


その一文を見た瞬間、少しだけ呼吸が戻った。


けれど、その直後、別の通知が重なる。


『次の裁きは、もっと派手にいこう』


送り主不明。


そしてトウマは、ようやく理解する。


見えない王冠は、いつの間にか自分一人のものではなくなっている。


噂になり、期待になり、模倣になり、利用される“概念”に変わってしまったのだ。


もしここで止められなければ。


次にひざまずくのは、悪人だけでは済まない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ