第24話 もう一人の裁き手
月曜、学校は明らかにおかしかった。
朝から空気がざわついている。
誰もが同じ噂を知っている顔だ。
なのに、誰もはっきり口にはしない。
下駄箱を開けた瞬間、トウマは原因を見た。
中に、写真が一枚入っていた。
白黒コピーで荒れているが、何が写っているかは分かる。
廊下に膝をついて泣いている男子生徒。
その下に赤いマーカーで一言。
『裁きは必要だろ?』
嫌な汗が背中を伝う。
教室へ入ると、シュウはまだ来ていなかった。
ユイナとセナが、いつもより硬い顔で座っている。
「これ」
ユイナも同じような紙を見せてきた。
別の生徒。別の場面。
だが同じ文言。
「他にも配られてる」
セナが言う。
「しかも何人か、昨夜ほんとうにやられてる」
やられている、という言い方が引っかかった。
詳しく聞くと、週末の夜から今朝にかけて、校内で“悪いことをした”と噂されていた生徒が数人、人気のない場所で膝をつかされ、謝罪を強要されるという出来事があったらしい。
誰がやったのか分からない。被害者は口を揃えて、
「誰もいなかったのに、声がした」
と言っている。
トウマの背筋が冷える。
模倣犯だ。
いや、単なる模倣ではない。
“王様”という概念を借りて、誰かが私刑を始めた。
「御影くんじゃないよね」
ユイナの問いは確認ではない。
祈りに近い。
「違う」
「分かってる」
彼女は即答した。
その信頼が、今は逆につらい。
昼休み、廊下の先で小さな騒ぎが起きる。
二年の男子が二人、トイレ前で揉めていた。
「お前だろ!」
「知らねえって言ってんだろ!」
その間に、ひとりが突然膝をついた。
「……え?」
周囲が凍る。
本人も混乱している。
トウマは反射的に左耳を押さえたが、金属音は鳴っていない。
自分ではない。
なのに、似た現象が起きている。
「見えた?」
セナが低く聞く。
「いや」
「私は何も感じない」
なら、クラウン・オーダーそのものではない。
演出か、心理誘導か、あるいは別種の何かか。
放課後、校舎裏でトウマは知らない下級生に呼び止められた。
「御影先輩ですよね」
「……何」
「助けてくれるんですよね、王様」
その目は期待に満ちていた。
それが怖かった。
「違う」
「でも、みんな言ってます。悪い人を裁いてくれるって」
「誰が言ってる」
「生徒会の人が」
生徒会。
トウマの中で点と点が一気につながりそうになる。
その夜、榊キョウヤから正式に呼び出しが入った。
『生徒会室に来てほしい。君にしか話せないことがある』
セナは反対した。
シュウはまだ口を利いてくれない。
ユイナは「一人で行かないで」とだけ言った。
それでも、行かない選択肢はなかった。
放課後の生徒会室は静かだった。
扉を開けると、榊キョウヤが一人で窓際に立っている。
夕日が差し込み、その輪郭を妙に薄く見せていた。
「来てくれてありがとう」
「用件は」
「単刀直入で助かる」
キョウヤは微笑む。
「君、面白い力を持ってるね」
「……」
「隠さなくていい。僕は敵でも味方でもない。ただ、使い方を知っている側の人間だ」
その言い方に、トウマは全身の神経が逆立つのを感じた。
「何が言いたい」
「正しさって、個人に任せるには重すぎる。だろ?」
キョウヤは机の上に数枚の紙を広げる。
いじめ、横領、推薦操作、隠蔽。
学校の腐った部分が一覧になっている。
「君は一人で裁こうとしてる。でもそれじゃ足りない」
「裁いてない」
「でも、止めている」
やわらかな声で、逃げ場のないことを言う。
「だったら、もっと正しく使えばいい」
トウマは息を呑む。
その言葉は、最近自分の中にも生まれかけていた誘惑と、恐ろしく同じ形をしていた。
「君は王様になれる」
「なるつもりはない」
「本当に?」
キョウヤの目が、初めて笑わなかった。
「弱い者を助けたいんだろう。強い者をくじきたいんだろう。だったら、手段をためらう必要はない」
その一言で、トウマは理解した。
この男は、善人の顔をしている。
でも本質は、正義ではなく統治だ。
人を守るためではなく、人を並べるために力を欲しがっている。
「断る」
即答したつもりだった。
でも声は、自分で思ったより低く揺れていた。
キョウヤは少しだけ笑う。
「今はそれでいい。人は、限界が来た時に一番正直になるから」
生徒会室を出た時、廊下の空気がひどく重かった。
ここから先、王様の噂はもう止まらない。
しかもそれは、自分がやったことだけではなく、誰かが“王様の名でやったこと”まで背負わされる形で広がっていく。
トウマはスマホを取り出した。
ユイナから短いメッセージが来ている。
『終わったら連絡して』
その一文を見た瞬間、少しだけ呼吸が戻った。
けれど、その直後、別の通知が重なる。
『次の裁きは、もっと派手にいこう』
送り主不明。
そしてトウマは、ようやく理解する。
見えない王冠は、いつの間にか自分一人のものではなくなっている。
噂になり、期待になり、模倣になり、利用される“概念”に変わってしまったのだ。
もしここで止められなければ。
次にひざまずくのは、悪人だけでは済まない。




