第23話 失くした約束
シュウとの約束は、いつも雑に交わされる。
「明日、駅前な」
「放課後、ラーメン屋寄れよ」
「今度、絶対バスケな」
そういう軽さで言われるのに、なぜかちゃんと守られてきた。
だからこそ、失くした時の痛みは大きい。
その日もそうだった。
週末、シュウの家のラーメン屋を手伝う約束をしていた。
体育祭準備で忙しい時期だから、一時間だけでも助かるとシュウは言っていたし、トウマも珍しくすぐ頷いた。
だが、当日の夕方になってもトウマは家にいた。
手帳のどこにもその予定が書かれていなかったからだ。
気づいたのは、シュウからの着信である。
『おい、どこだよ』
「どこって」 『は? 何言ってんだ。今日来る約束だろ』 「……え」
その瞬間、胸の奥が冷えた。
何もないはずの記憶の棚に、手探りで指を突っ込む。
何かある。笑いながら約束した場面。
シュウの母親の大きな声。店先の暖簾。
でも全部、霧の向こうだ。
『お前、まさか』 「ごめん」 『……今から来い』 「今すぐ」 『いいから』
通話が切れる。
走って店へ向かった。
息が上がる。頭が重い。
最悪の予感しかしない。
店に着くと、シュウは裏口で待っていた。
腕まくりしたまま、顔だけが静かに冷えている。
「悪い」
「何を」
「忘れてた」
「何を」
「……約束」
シュウは数秒黙っていた。
怒鳴るかと思った。
けれど実際には、怒りより先に傷ついた顔をした。
「マジで言ってんのか」
「ごめん」
「またそれかよ」
初めて、シュウの声が本気で荒れた。
「何回目だよ。俺との約束、最近それ多すぎんだよ」
「わざとじゃない」
「わざとかどうかなんて聞いてねえ!」
裏口の蛍光灯が白く揺れる。
店内からは、客の笑い声と鍋の音。
その日常の音が、逆に二人の間の温度を際立たせていた。
「俺さ、お前が苦しんでんの見てるから、言わないようにしてた」
シュウは拳を握る。
「でももう無理だわ。何でもかんでも一人で抱えて、勝手に削れて、こっちの大事なもんまで忘れてくの、しんどい」
「……」
「俺は何だよ」
その一言が、胸の奥深くに刺さる。
「お前にとって、俺って何番目なんだよ」
前にも似た問いを受けた。
でも今はもっと重い。
守りたい順番。
正しい順番。
そして、失っていく順番。
「そういうんじゃ」
「そういうんだよ!」
初めて、シュウがトウマの胸ぐらを掴んだ。
「助ける助けないの前に、友達って約束守るだろ。守れねえなら、せめて無くしたって言えよ。分かんなくなってきてるなら言えよ。何で黙ってんだよ!」
返す言葉がない。
全部、正しい。
その時、店の中からシュウの母親が声をかけた。
「シュウ、大丈夫かい」
シュウはすぐ手を離し、背を向けた。
「……今日は帰れ」
「風間」
「帰れって言ってんだろ」
それ以上は、何も言えなかった。
帰り道、足が異様に重かった。
約束そのものを忘れていたことも痛い。
でもそれ以上に、忘れたことを、相手に言えずにいる自分が最低だった。
部屋に戻り、手帳を乱暴にめくる。
どこにもラーメン屋の予定はない。
その代わり、端の方に小さく走り書きがあった。
『日曜・風間』
それだけだった。
思い出せるわけがない。
トウマはその文字を見つめたまま、しばらく動けなかった。
スマホが震える。
セナだった。
『どうしたの』 「……シュウと喧嘩した」 『約束、忘れたのね』 「何で分かる」 『あなたの抜け方が一番出るの、安心してる相手との記憶だから』
その説明は、あまりにも残酷だった。
『次に消えるのは、もっと根本かもしれない』 「名前とか?」 『……そう』 「笑えないな」 『笑い事じゃない』
通話を切ったあと、トウマは机に額を押しつけた。
守りたいものから先に、壊れていく。
それがこの力の本質だとしたら、あまりにも悪趣味だ。
手帳に書く。
『風間シュウとの約束を失くした』
そして震える字で続けた。
『次に会ったら謝れ。逃げるな』
その直後、知らないアカウントからまた通知が来た。
『王様にも守れない友情ってあるんだね』
スマホを握る手が、強く震えた。




