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第22話 きみには使うな

梅雨の合間の晴れた日だった。


放課後、ユイナに呼ばれて校舎裏の小さな花壇の前へ行くと、彼女はしゃがみ込んで雑草を抜いていた。


保健委員の仕事ついでに世話しているらしい。


「急にどうした」


「少し話したかっただけ」


「こんなところで?」


「教室だと、風間くんとか絶対茶化すから」


それはそうだな、と思って少し笑う。


ユイナも笑い返したが、その目はどこか決まっていた。


「御影くん」


「うん」


「私、この前からずっと考えてた」


手を止めて、まっすぐこちらを見る。


「あなたの力のこと」


「……」


「怖いって言ったよね。あれ、本当。今も怖い」


胸が少し痛む。


でも逃げなかった。それだけで十分ありがたいと思う。


「でもね、怖いのは力だけじゃない」


「何」


「その力を使うたびに、あなたが少しずつ遠くなること」


言葉が詰まる。


ユイナは続ける。


「忘れていくでしょ」


「……」


「全部じゃなくても、少しずつ」


「ごめん」


「謝らないで」


その声は柔らかいのに、逃がしてはくれない。


「私、見たくない。助けてもらうたびに、あなたが何かをなくしていくの」


「でも、守らなきゃいけない時がある」


「あるよ。わかる」


「じゃあ」


「だからって、私にまで使わないで」


風が止まり、葉の擦れる音がやけに大きく聞こえた。


「きみには使うな」


ユイナが、トウマの手帳にあったその言葉を知らずに言ったみたいで、心臓が大きく鳴る。


「私、命令で守られたくない」


「白峰」


「怖いからじゃないよ」


彼女は少しだけ笑う。


泣きそうな笑い方だった。


「あなたが、自分の意思で私の隣にいてくれるかどうか、ちゃんと知りたいから」


その一言で、トウマの中にあった曖昧なものが少しだけ形を持つ。


守りたい。


でも、それは“救済対象”としてではない。


もっと近くて、もっと壊れやすい感情だ。


「……約束する」


「絶対?」


「絶対」


ユイナは頷いた。


けれど完全には安心していない顔だ。


「それとね」


「まだあるの」


「あるよ」


少しだけ頬を膨らませる。


「忘れそうになったら、その時はちゃんと言って。私、何回でも自己紹介するから」


「それ、慰めになってる?」


「なってるつもり」


やっと本当に笑った。


その笑顔がまぶしくて、トウマは少し視線を逸らした。


その帰り道、踏切で小さな騒ぎが起きた。


自転車のチェーンが外れた小学生が、遮断機の内側で立ち往生している。


周囲が息を呑む。


誰かが叫ぶ。


近づこうとしても間に合わない距離。


左耳の奥が熱を帯びる。


カン。


遮断機。


列車。


子ども。


止めるなら“止まれ”だ。


だが対象が人だけじゃない。反動が大きい。


それでも――


「御影くん!」


ユイナの声が飛ぶ。


はっとした瞬間、近くにいた作業服の男性が飛び込み、小学生を抱えて引きずり出した。


列車はその数秒後に通過した。


トウマの膝が少しだけ震える。


「今、使おうとしたでしょ」


ユイナが息を切らしながら言う。


「……うん」


「止めてごめん」


「いや」


「でも、止めたかった」


彼女は自分の胸元を押さえた。


「私、あなたが誰かを助けるのは嬉しい。でも、そのたびにあなたが消えていくのは、もう嫌」


それはほとんど告白に近い痛みだった。


でも二人とも、その言葉にまだ名前をつけなかった。


夜、トウマは手帳に書いた。


『白峰には使うな。命令で守るな。隣にいたいなら、言葉でいろ』


書き終えたあと、しばらくページを見つめる。


もしこの言葉まで忘れたら、何が残るのだろう。

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