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第21話 斑目トオルの土下座

翌週の月曜、学校中に一本の動画が流れた。


画質は悪い。


だが誰が見ても分かる。


校門を出たところで数人の上級生が、一斉に膝をつく映像だった。


以前、コンビニ前で絡んできた上級生、あの場面。


撮った角度からして、おそらく通行人のスマホだろう。


短く切り抜かれ、音声も不自然に歪んでいる。


だが、それが逆に恐怖を増幅していた。


『王様、本当にいた』


『これ誰がやってるの?』


『超能力?』


『てか、斑目も絡んでなかった?』


最後の一文で、トウマは嫌な予感がした。


昼休み、案の定、斑目トオルが数人の男子に囲まれていた。


直接的に暴力は振るわれていない。


だが、スマホ画面を突きつけられ、からかいとも脅しともつかない言葉を浴びせられている。


「お前、この時いたよな」


「王様の手下?」


「膝ついたやつ、前にお前とつるんでたじゃん」


トオルは顔色一つ変えずに睨み返していたが、拳は強く握られていた。


売り言葉に買い言葉になれば、一気に面倒なことになる。


シュウが舌打ちする。


「最悪」


「行くな、風間」


「でも」


「今行くと、余計“味方関係”に見える」


セナが珍しく正しかった。


けれど、その間に状況は悪くなる。


「おい斑目、土下座してみろよ」


「王様なら助けてくれるかもよ?」


笑いが起きる。


その瞬間、トオルの顔から表情が消えた。


そして、誰も予想しなかったことをした。


彼はほんとうに、床に膝をつき、額をつけた。


教室中が静まり返る。


「……これで満足かよ」


低い声だった。


怒りでも泣きでもない。


ただ、疲れきった声。


「斑目」


トウマが前に出るより早く、トオルは立ち上がる。


「勝手に言っとけ。俺はもう慣れてる」


そう吐き捨てて教室を出ていった。


その背中が、想像以上に痛々しかった。


放課後、トオルは校舎裏の喫煙防止ポスターの前に座り込んでいた。


煙草は吸っていない。ただ壁にもたれて空を見ている。


「何しに来た」


「……別に」


「最近その返し流行ってんのか」


乾いた笑い方だった。


「さっきの、何だった」


「見りゃ分かんだろ。面倒だから終わらせただけ」


「土下座が?」


「そう」


トオルは靴先を見ながら言う。


「家でも外でも、頭下げるのって案外慣れる。母ちゃん見てると特に」


トウマは返せない。


「お前さ」


トオルがふいに顔を上げる。


「王様なんだろ」


心臓が止まりそうになる。


「何の話」


「とぼけんな。あの時、俺も見た。音、消えたし」


「……」


「別にチクる気はねえよ。ただ」


少しだけ目を細めた。


「善人の顔で人をひざまずかせる力、あれは気持ちいいだろ」


シュウと同じことを、もっと乱暴な言い方で突いてくる。


トオルは笑わなかった。


「気をつけろよ。人を楽に屈ませられる側って、だいたい戻れなくなるから」


言い終えてから、彼は立ち上がった。


去り際、ほんの少しだけ振り返る。


「でも、あの日うちの母ちゃん助けた借りは忘れてねえ」


その言葉で、トウマはようやく気づく。


あの夜の路地を、トオルはちゃんと覚えていた。


家に帰ると、手帳の一ページが妙に静かだった。


文字はある。


なのに、読もうとすると肝心な意味だけが指の隙間からこぼれていく。


何度も強く書き直した筆圧の傷だけが紙に残り、焦っていた自分の気配ばかりが伝わってきた。


全部が消えるわけじゃない。


短い言葉なら、まだ残る。


だからトウマは、新しいページに、今の自分にも分かる最小の言葉だけを書いた。


『斑目トオルは知っている。完全じゃなくても、気づく人間はいる』


そして、その下に少し迷ってから続けた。


『ひざまずかせる側に慣れるな』


書いた直後、スマホが震えた。


動画の送信元不明アカウントから、短いメッセージ。


『次はもっと大きいものを見せてよ、王様』


トウマはその文面を、すぐには削除できなかった。

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