第20話 王様は誰を救う
“王様”への相談は、ある日突然始まった。
最初は、旧校舎の下駄箱の上に置かれていた小さなメモだった。
『二年三組のロッカー荒らしを止めてください』
いたずらかと思った。
だが翌日には二通目。
『美術部の部長が後輩に手を上げています』
さらに三通目。
『誰にも言えません。助けて』
差出人不明。
けれど、その言葉はどれも妙に切実だった。
トウマは最初、全部を捨てようとした。
こんなのに応じていたら終わりがない。
それに、自分は探偵でも神様でもない。
でも、一度知ってしまった以上、見ないふりは難しかった。
「何それ」
昼休み、シュウがメモをつまみ上げる。
「ファンレター?」
「殴るぞ」
「元気そうで何より」
軽口のあと、シュウの顔はすぐに真顔になった。
「これ、誰かが王様の正体知ってるってこと?」
「正体までは分かってないだろ」
「でも頼ってる」
そこへユイナとセナも合流する。
事情を聞いたユイナは眉を寄せ、セナは嫌な顔を隠さなかった。
「最悪」
「同感」
「あなたが一人で抱える案件が、勝手に増やされるってことでしょ」
セナの言う通りだった。
だがユイナは少し違う角度から言う。
「でも、助けてって書いた子は、本当に困ってたんだと思う」
「白峰」
「わかってる。全部助けられないことも、御影くんがそれを背負うべきじゃないことも」
そこで彼女はトウマを見た。
「でも、見てしまったら苦しいよね」
その理解の仕方が、また痛いほど優しい。
結局、四人はメモの中で特に急を要しそうなものだけを確認することにした。
美術部の件は本当だった。
ロッカー荒らしも、ほぼ事実だった。
大げさな嘘も混じっていたが、全部が作り話ではない。
そして、それが最悪だった。
“王様”は噂ではなくなりつつある。
誰かが現実の救済先として期待し始めている。
放課後、トウマは一人で美術室の前に立っていた。
中から怒声が聞こえる。
「こんなんでコンクール出す気かよ!」
絵の具の匂い。
息を殺す後輩たち。
暴言を吐く部長。
今すぐ止められる。
たった一言で。
その考えが、もう以前より自然に浮かぶことに気づいて、トウマは自分でぞっとした。
「御影」
振り返ると、セナだった。
「一人でやるつもり?」
「……様子見」
「嘘」
「じゃあ何だよ」
「あなた、今、もう“どの言葉なら通るか”考えてた」
図星すぎて、言葉が詰まる。
「お願いだから、救世主ごっこしないで」
「ごっこじゃない」
「そこよ」
セナは珍しく感情を抑えきれていなかった。
「本気で“自分がやらなきゃ”って思い始めてる」
「だって、目の前で」
「全部やる気? 全部止める気? 全部背負って、最後に誰も残らなくなっても?」
その言葉に、トウマの胸が痛む。
それでも反発もした。
「じゃあ見てるだけかよ」
「違う。使わない方法を探せって言ってるの」
その日の美術部の件は、結局カオルに相談して処理した。
教師として動ける範囲で彼女が介入し、少なくともその場の暴言は止まった。
帰り道、ユイナがぽつりと言った。
「王様って、便利な言葉だね」
「便利?」
「助けてくれるかもしれない誰かに、責任を丸ごと渡せるから」
トウマは何も言えない。
「でも、御影くんは神様じゃないよ」
柔らかい声だった。
救いでもあり、残酷でもある。
その夜、机の上に新しいメモが置かれていた。
誰かが家まで来たわけではない。学校の鞄に紛れていたのだろう。
『次は生徒会を裁いて』
短い一文。
その文字を見た瞬間、トウマは背筋に冷たいものが走った。
誰かが、王様を使おうとしている。




