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第16話 守りたい順番

体育祭準備は、学校全体を妙に浮つかせる。


色別の応援旗。競技の練習。


いつもは大人しい生徒まで少しだけ声が大きくなる。


だが、人が集まる場所には、事故も悪意も紛れ込みやすい。


その日は応援用の大型足場を組んでいた。


中庭には道具と生徒が溢れ、教師の指示も十分には行き届いていない。


「危ないからそこ入るなよー」


誰かが叫ぶ。


だが、その声はざわめきに簡単に飲まれる。


トウマはシュウと一緒に資材を運んでいた。


ユイナは保健委員の手伝いで救護テントの準備、セナは実行委員として足場班に指示を出している。


「九条、似合うな」


シュウが遠くのセナを見て言う。


「何が」


「仕切ってる感じ。将来絶対偉くなるタイプ」


「もう十分偉そうだろ」


「お前ほんと九条には当たり強いよな」


軽口を叩いたその時だった。


金属が軋む嫌な音がした。


見上げると、組みかけの足場の一部が傾いている。


上にはセナ。下には資材を運んでいた一年生数人。


そして少し離れた場所にユイナ。


「九条!」


「下がって!」


セナが叫ぶ。


だが遅い。固定が甘かった一角が、予想より早く崩れる。


トウマの視界が一瞬で狭まった。


誰を先に守る。


頭上のセナ。


真下の一年生たち。


横で呆然と立つユイナ。


そして動き出しているシュウ。


全員は無理だ。


今の距離では、手では届かない。


なら、命令で止めるしかない。


左耳の奥で、


カン――。


音が落ちる。


だが、そこでトウマは初めて、命令の前に迷った。


セナは、自分の過去を知っている。


ユイナは、守りたい人だ。


一年生たちは、ただ巻き込まれただけの弱い立場だ。


シュウは、今まさに走っている。


守りたい順番なんて、つけられるわけがない。


その一瞬の迷いが、世界を引き延ばす。


王冠の輪郭が、落下する足場の接点に浮かぶ。


トウマは歯を食いしばった。


「――止まれ!」


足場が半拍だけ止まる。


その隙に、シュウが一年生二人を突き飛ばすように押し出し、セナが上から飛び降り、ユイナも反射的に後退する。


次の瞬間、鉄パイプが派手な音を立てて崩れ落ちた。


悲鳴。怒号。


走る足音。


トウマの視界が真っ白になる。


膝が折れかけたところを、誰かが支えた。


「御影!」


シュウだ。


頬に汗が浮いている。肩で息をしている。


「しっかりしろ」


「……全員」


「大丈夫。ギリ間に合った」


セナもすぐ駆け寄ってきた。


珍しく表情が崩れている。


「馬鹿」


「九条」


「何でそんな顔するの。あなた、今」


「……誰から先に、助けるかって」


そこまで言って、言葉が切れた。


セナの目が痛いほど揺れる。


ユイナが少し遅れて来て、息を整えながらトウマの前にしゃがむ。


「御影くん、こっち見て」


「……」


「私、誰?」


心臓が凍った。


一瞬だけ、答えが出なかった。


目の前にいる。


声も知っている。


守りたかった。


なのに、その名前が喉の手前で引っかかる。


「……し」


「うん」


「白峰、ユイナ」


言えた。


だが、その一拍の空白は、彼女にもセナにも、シュウにも伝わってしまった。


ユイナは笑おうとして、少し失敗した。


「よかった」


その“よかった”が、胸に刺さる。


よくない。全然よくない。


後処理が一段落したあと、三人だけが校舎裏に残った。


セナが言う。


「今日のは、もう限界に近い」


「わかってる」


「本当に?」


「……わかってるよ」


だが、その答えは自分でも空虚だった。


シュウが壁にもたれたまま、低く言う。


「俺さ、さっき思った」


「何を」


「お前、俺より先に一年を助けたなって」


「……」


「責めてるわけじゃない。正しいと思う。思うけど」


シュウはそこで一度言葉を切る。


「その“正しい順番”の中で、お前が自分を最後にするのだけはやめろ」


誰も返事ができなかった。


帰宅後、トウマは手帳を開いた。


今日のことを書き残さなければならない。そう思うのに、ペンが重い。


『守りたい順番なんて、本当はない』


最初にそう書いた。


その下に、少し震える字で続ける。


『でも迷った。迷ったせいで、一瞬、白峰の名前が出なかった』


そこまで書いて、視界が滲む。


『次に消えるのは、名前かもしれない』


セナの言葉が、そのまま現実の輪郭を持ち始めていた。


手帳を閉じた直後、スマホが震える。


送信者は榊キョウヤだった。


『少し話がしたい。君の“正しさ”について』


トウマは画面を見つめたまま、長く息を吐いた。


見えない裁きは、もう学校の片隅だけの話ではなくなりつつある。


そして誰かが、その力に意味を与え、方向を決めようとしている。


それが善意か悪意かは、まだ分からない。


ただ一つ分かるのは、ここから先はもう、偶然では済まないということだけだった。

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