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第13話 風間シュウは殴らない

翌日、トウマはそのメッセージを誰にも見せなかった。


見せるべきだとは思った。


けれど、ユイナにもシュウにもセナにも、もうこれ以上危険を共有させたくないという気持ちが先に立った。


その“隠す”選択が、たぶん少しずつ何かを壊していくのだと分かっていながら。


放課後、体育館脇でざわめきが起きた。


バスケ部の真壁ミナトが、三年の部員たちに囲まれている。


だが今回は殴る蹴るではなく、もっと陰湿だった。


皆の前で失敗を責め立て、声を大きくし、居場所を削るやり方。


「お前のせいで試合出られねえんだけど」


「だから雑用だけしてろって」


「泣くなよ、きもい」


周囲には見て見ぬふりの空気がある。


教師は近くにいない。


トウマが前に出ようとしたその時、先に動いたのはシュウだった。


「その辺でやめろよ」


真ん中に割って入る。


相手は三人。体格も悪くない。


だがシュウは怯まない。


「関係ねえだろ」


「ある。見てて気分悪い」


「正義マン二号?」


「一号が誰か知らねえけど、ダサいからやめろその呼び方」


空気が張る。


トウマは左耳を押さえた。


このまま殴り合いになるなら、使うしかない。


でも、その前にシュウが静かに言った。


「先に言っとく。俺、お前ら殴らないから」


「は?」


「殴ったら、お前らと同じになるし」


その言葉は、トウマには強く響いた。


シュウはさらに一歩近づく。


「でも、殴らねえからって引くとも思うなよ。ミナトに謝れ。そんで部費のことも吐け」


挑発とも違う。


ただ真っ直ぐだった。


相手の一人が舌打ちして肩を押す。


シュウは退かない。


「どけって」


「謝るならどく」


「ふざけんな!」


拳が飛ぶ。


反射的にトウマの耳の奥で金属音が鳴りかける。


だが、その前にシュウは拳を避け、相手の手首だけを掴んだ。


「殴らないって言ったよな」


「っ……」


「でも止めないとは言ってねえ」


押さえ込むわけでもなく、ただこれ以上振れない角度で固定する。


もう一人が後ろから掴みかかろうとしてきた瞬間、真壁ミナトが震える声で叫んだ。


「やめてください!」


その一声で、周囲の空気が変わった。


「部費盗ったの、先輩たちにやれって言われて……逆らえなくて……!」


沈黙。


その時、体育館入り口からカオルが現れた。


たぶん誰かが呼んだのだろう。


「いいタイミングね」


彼女の声は冷えていた。


逃げようとした三年たちは、もはや遅い。


事態が収まった後、体育館裏の自販機前で、トウマはシュウに言った。


「なんで殴らなかった」


「殴ったらスッキリするのは俺だけだから」


「でも痛かっただろ」


「痛かったよ。だから余計に殴り返したくなった」


シュウは缶ジュースを額に当てて笑った。


「でもさ、お前がいつも我慢してるの見てると、別のやり方もあるのかなって思った」


「俺?」


「お前、力あるくせに、たぶん一番“力使うの嫌い”だろ」


図星だった。


「俺にはお前みたいなのないからさ」


シュウは空を見上げる。


「だったら、殴らないで立つ方くらいはできるかなって」


熱いと思った。


羨ましいとも思った。


自分は一言で人を屈服させられる。


けれどシュウは、何も持たないまま立って、相手に“引かないこと”を見せつけた。


そこにあるのは支配じゃない。人間の強さだ。


「……すごいな」


「今さら?」


「たまには褒めとく」


「キモ」


笑い合う。


だがその直後、トウマの脳裏にぞくりとした考えが走った。


――でも、もしシュウが本当に殴られて倒れていたら。


その時、自分は迷わず使っただろう。


正しいから。守るためだから。


そう言い訳して。


放課後、ユイナが真壁ミナトと話している姿が見えた。


泣き疲れた顔の彼に、彼女は穏やかに寄り添っている。


「白峰って、すごいよな」


シュウがぽつりと言う。


「人のしんどい顔、ちゃんと見られる」


「うん」


「お前、ああいうとこ好きだろ」


心臓が一拍遅れた。


「……何の話」


「バレバレ」


茶化すわけでもなく、ただ事実として言う。


トウマは誤魔化せず、ため息をついた。


「好きとか、そういうの」


「わかんねえ?」


「わかんない」


「嘘つけ」


シュウは笑ったが、そのあと少しだけ真面目な顔になる。


「たださ。好きなやつ守るのに、お前が壊れるなら、それはたぶん違うからな」


その言葉は、冗談みたいな顔で言うには重すぎた。


その夜。


トウマは手帳に、長く書いた。


『風間シュウは殴らない。でも誰より強い』


書いたあと、少し考えて、もう一行足す。


『俺は何で守ってる? 力か、怒りか、正しさか』


答えはまだ出なかった。


だが、この問いを失いたくないとは思った。

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