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第11話 やさしい嘘

翌朝、トウマは目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


嫌な夢を見た気がした。


けれど内容は思い出せない。最近はそれが増えている。


夢だけではなく、前日の会話、授業中の出来事、誰かと笑った理由。


細かな断片が、気づくと指の隙間から零れている。


洗面所の鏡の前で顔を洗い、ふと棚の上に置いたスマホを見る。


メモ通知を常時表示する設定にしているのは、忘れる前提で生きるためだ。


『夜の公園。青いカーディガン。忘れるな』


読み返して、胸の奥に淡い熱が戻る。


よかった、まだ分かる。まだ、その一文が何を指しているのか失っていない。


あとで分かったことだが、真壁からの『助けてください』は、部活の件で送られたものだった。


ただ、その直後に白峰から誤送信された位置情報が重なって、トウマは二つを同じSOSだと思い込んだ。


あの夜のちぐはぐさは、そういうことだった。


教室に入ると、シュウがすでに机に突っ伏していた。


「おはよ」


「朝から死んでんの?」


「お前に言われたくねえよ」


顔を上げたシュウは、いつも通りの軽い調子だった。けれど目の下には薄く隈がある。


自分だって昨日の件のあと、ちゃんと眠れなかったはずだ。


「昨日さ」


トウマが口を開くより早く、シュウが言った。


「白峰、無事だった?」


「……知ってたの」


「途中で連絡来た。俺が気づいた時にはもう解決してたけど」


“解決してた”という言い方に、わずかな棘が混じる。


トウマは視線を落とした。


「ごめん」


「なんで謝る」


「また一人で行ったから」


「そこは否定しねえんだな」


シュウはため息をついて、机に肘をつく。


「俺さ、お前が何か抱えてんの、もう分かってる。分かってるから無理に聞かねえようにしてる。でも、だからって毎回勝手に削れてくの、見てる方は結構きつい」


「……」


「これ、責めてるんじゃなくて」


言い淀み、少しだけ笑う。


「責めたいくらい心配してるって話」


それがシュウのやさしい嘘だった。


本当は責めたい気持ちも、怒りも、たぶんある。なのに先に“心配”へ言い換えてしまう。


この男はずるい、とトウマは思う。


そんなふうに言われたら、こっちは余計に何も返せなくなる。


昼休み、ユイナは普段通りを装っていた。


だが、トウマが近づくと一瞬だけ安堵した顔をする。


その変化を、たぶん自分以外には分からないだろうと思うと、少しだけ胸が温かくなる。


「昨日のこと」


「大丈夫。学校では話さない」


「ありがとう」


「その代わり、ちゃんと寝た?」


「……たぶん」


「たぶん、は寝てない人の言い方だよ」


ユイナが呆れたように言う。


でもその声音は柔らかい。


そこへセナが来た。


「有馬さんから連絡あった。放課後、写真部室に来てほしいって」


「ノアが?」


「また何か撮れたみたい」


放課後。


写真部室は想像していたよりも静かで整っていた。


棚にフィルムケースや古いアルバムが並び、現像液の匂いがわずかに残っている。


有馬ノアはノートPCを開いて待っていた。


緊張しているのが伝わる。


「これです」


再生されたのは、昨夜の商店街裏の防犯カメラ映像だった。


ノアが知り合いの店主に頼まれて確認したらしい。


画面には、ユイナを追う男と、その前に立つトウマ。


そして――命令の瞬間。


映像そのものは普通だ。だが、“その瞬間だけ”ノイズが走る。


画面端にひび割れた輪のような影が一フレームだけ差し込む。


音声も、そこだけ不自然に切れていた。


「これ、偶然じゃないです」


ノアが言う。


「前の校門の時も同じでした。音が消える。映像が乱れる。何かが起きる直前だけ」


「有馬」


「御影先輩、私、怖いです。でも、知りたい」


ノアはカメラを抱える手に力を込めた。


「だって、もしそれが本当に誰かを守ってる力なら、全部“気のせい”で終わらせたくないから」


その言葉に、トウマは何か言いかけてやめた。


気のせいで終わらせたいのは、むしろ自分の方かもしれない。


ノアはさらに一枚の写真を差し出す。


雨の日、案内板落下直後のスナップだった。


トウマの背後、ぼやけた人影の上に、確かに黒い輪郭がある。はっきりとは映っていない。


だが、見ようとする者には見えてしまう程度には残っていた。


「……消して」


自分でも驚くほど強い声が出た。


ノアが肩を震わせる。


ユイナがすぐにトウマの袖を軽く引いた。


「御影くん」


「……ごめん」


言い直しても遅い。


ノアは首を振った。


「いいです。でも、これ持ってるの危ないですよね」


「うん」


「じゃあ、コピーだけ取って、元データは分けて隠します。何かあった時のために」


「なんでそこまで」


「だって、見ちゃったから」


その覚悟に、トウマは苦く笑うしかなかった。


写真部室を出たあと、シュウがぽつりと言った。


「お前、さっき有馬に怒鳴るみたいになってた」


「……悪かった」


「俺に謝るな」


「でも」


「でもじゃねえよ」


シュウは数歩先で止まり、振り返る。


「お前、最近、自分で思ってるより余裕なくしてる」


それは正しい。


図星だからこそ、痛い。


「俺、別にお前のこと疑ってねえ」


「……」


「でも、何かに飲まれそうになってんなら、そこは止める」


その言葉に、友情の熱と、未来の衝突の匂いが同時にあった。


その夜。


手帳を開く前に、トウマはしばらく机に突っ伏していた。


書き残すことが増えるたび、自分が“今をそのままでは持てない人間”になっていくみたいで、たまにどうしようもなく惨めになる。


それでも、書く。


『シュウは気づいてる。怒ってる。たぶん、それでも味方でいてくれてる』


書いたあと、少しだけ手が止まる。


その下にもう一行加えた。


『失くす前に、ちゃんと返したい』


何を返すのか、自分でもまだ分からなかった。

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