11. ボス部屋:その2
「マチルダんさん!大丈夫ですか?一体どうしたんですか?」
突然呆けた顔で立ちつくすマチルダに僕は駆け寄ろうとした。
「来るな!」
「――!?マチルダさん......」
近づこうとした僕に、マチルダが鋭い声を上げる。そのあまりの剣幕に、僕は思わず立ち止まってしまう。
僕がマチルダに近づくのを躊躇した時、後ろから大きな声が響いた。
「おい、どういうことだよ!」
後ろを振り返ると、シスコが少年に対して問いかけていた。
『うーん。だから、つまりあれだよ。この人はこのダンジョンが作り上げた魔物ってことだよ』
「はぁ、意味がわかんねーよ。マチルダは完全に人間じゃねーか」
『それは僕がちょっといじってて、外見はここで死んだ時のままにしてるし自我も残してるからね』
「ふざけるな!」
『別にふざけてはないんだけどね。ちょっと知識があればこれ位のことはできるんだよ。ダンジョンのボスならね。まぁ、他のやつがどんなやつなのかあったことないから何が普通かはわからないけどね。ただ、自我はかなり抑制してたはずなんだけど、どうしてあんなにはっきりと自我を取り戻したのかはわからないんだけどさ』
「この野郎!俺のことをおちょっくってるんだろ!」
シスコが少年に向けて剣を振る。
シスコの剣は少年の体を見事に一刀両断した。二つに分かれた少年の体が一瞬で朽ち果てて消滅する。
「お!やったぞ!」
シスコが少年を倒したことに喜びの声を上げるも、しかし、すぐに少年の声がダンジョンに響き始めた。
『ははは。無駄だよ。僕はダンジョンのボスだけど、正確にはダンジョンマスターで、たった今ダンジョンボスはその女騎士に設定したからね。その女騎士を殺せば、僕を倒してことになるよ。せいぜい頑張ってね』
「くそ!おちょくりやがって」
シスコはどこにいるのかわからない少年に向かって怒声を浴びせる。
僕はそんなシスコから目を離し、マチルダの方へと視線を戻した。
「マチルダさん、何がどうなってるのかわかりますか?」
「ああ、全部思いだしたよ」
マチルダは苦しそうに顔一杯にあぶら汗を浮かべている。少年が言ったことが本当なら、マチルダは既に死んでいる上に魔物として生まれ変わっているわけで、そのことを理解してなお正気を保てるものなのだろうか。
「あいつが言っていたことは本当なんですか?」
「ああ。私は四十年前にこのダンジョンで死んでいる......」
「そんな」
「私も今の今まですっかり忘れていた。それをこの部屋に入った瞬間に思いだしたよ」
マチルダは唇を噛みして悲しそうな表情を浮かべている。こんな時なんと言ったら良いのだろうか。
「......」
「おい、お前がそんな表情をするなよ」
「でも......」
「お前達のおかげで私は一瞬だけでも完全に自我を取り戻せたんだ」
「どういうことですか」
「お前達に会うまでは、ずっと夢の中をさまよっているような感覚で、ダンジョンの近くまでやってきた冒険者を惹きつける役をやらされていたんだ。それが、お前達と会った瞬間、目が覚めたように意識がはっきりとした。もしかしたらそいつのおかげかもしれないな」
マチルダはそう言って、僕の首元を指さした。僕の首元には、おばあちゃんからもらったお守りが掛けられている。
「おばあちゃんのお守り......?」
「ああ。それは私が昔、可愛い妹のような魔術師に託したものだからな」
「え!?」
「ふっ。まさかあの小さなマーサがおばあちゃんになっているとはな。私と違って長生きしてくれたみたいで嬉しいよ」
マチルダは依然苦しそうな表情ではあるが、にっこりと優しい笑顔を浮かべた。
「おい、一体どうなってるんだよ」
シスコが僕の横までやってくる。
「それが、あいつが言った通りだったみたいなんだ......」
「はぁ?マチルダが魔物だとでもいうのかよ」
「ああ、そうだ」
シスコの問いにマチルダが応える。
改めてここまではっきりと言われると動揺が半端ない。
「どういうことだよ」
「ふっ。どうやらもう質問に答える余裕はなさそう......だ。頼む......私を倒して......無事にここから生き延びてく......れ.......」
マチルダはそう言うと、パチリと糸が切れたように膝をついた。
『はははは。やっと抵抗する力がなくなったみたいだね。いくよ?二人とも準備はいい?』
ふざけたような少年の声が部屋いっぱいに響いた後、突然、膝をついたマチルダの体が激しく震えだした。
「マチルダさん!!!」
「マチルダ!!!」
体の振動は激しくなり、マチルダの体を纏っていた鎧がはじけ飛ぶ。マチルダの裸体が露わになる。そんなマチルダの体に羞恥心をを覚えるよりも速く、その肉体がどろどろに溶けだしていく。
「これは一体、何が起こっているんだ!?」
「わかんねーよ。だけど、ただごとじゃねーな」
体を覆う肉が全て溶け、全身が骨のような見た目になる。そして、次第にその体が大きくなっていく。もともと百六十センチメートル位だったその体が、百八十センチメートル、二百センチメートル、二百二十センチメートルとどんどんと大きくなっていき、しまいには三百センチメートルほどの巨体へと変貌した。
「どうしたらいいんだよ」
僕達はマチルダさんが変貌していく中、ただただ呆然と眺めているしかできなかった。
マチルダの体の再編が終わると、ダンジョンの砂粒などがもの凄い勢いでマチルダの体にまとわりついていく。
「うわ!?」
「お、おい。やべーよ」
そのもの凄い勢いに、マチルダの姿が見えなくなる。必殺スーパー眼つぶしを体全体にまきちらした後のような状態だ。
そして、次第に、マチルダの体を覆う煙幕が晴れていく。
「う、嘘でしょう」
「まじかよ」
視界が開けると、そこには、三メートルは超えるかというスケルトンの戦士が、ばっちりと鎧を纏った姿で立っていた。大きな剣を片手で持ち、もう片方の手にはこれまた大きな盾を装備していた。
『さぁ、ここから本当の意味でのボス戦の開始だよ。せいぜい僕を楽しませてよね』




