10. ボス部屋:その1
扉をあけると、そこは教室位の大きさの、正方形の部屋という感じだった。結構高さがある。また、タンジョンの中とは思えない位に明るかった。というのも、部屋の中央に大きな球体が浮かんでおり、それが光り輝いていたからだ。
「すごい。なんだか神秘的だね」
僕はその球体の美しさに、思わずそんな感想を漏らした。
「ああ。だけどボスらしき魔物が見当たらないな」
僕の横でシスコがきょろきょろと周囲を確認している。僕も慌てて部屋を見渡すも、確かに魔物の影らしきものが見当たらない。
「どういうことだ?ここはボス部屋じゃないのかな?」
「わかんねー。だけど普通の部屋というわけではなさそうだが」
『ボス部屋であってるよ』
「「うわ!?」」
僕とシスコの間にいつの間にか少年が立っていた。
僕達は驚いて間抜けな声をあげてしまったが、すぐに剣を抜いて、少年に向けて構える。
『こわい。こわい。いきなりそんな臨戦態勢とらないでよ。僕は久々の、というかここまできた初めてのお客に興奮してるんだからさ』
少年は剣を向ける僕達に対しておどけてみせる。
表情はとてもにこやかだ。僕なら、剣を向けられたら、自分が悪くなくてもとにかく土下座して謝るか、一目散に逃げ出すけどな。
年齢以上に大人びているようだ。
「お前がこの部屋のボスなのか!?」
僕よりも先に冷静になったのか、シスコが少年に対して尋ねる。
『ああ。そうだよ』
「じゃあ、お前を倒せばここから出れるってわけだ」
『まぁ、そうなるね』
少年はなおも余裕な様子で応える。
僕はそんな少年に不気味な何かを感じるのだった。ダンジョンに突然湧きでてくる時点で不気味なんだが、それ以上になんだか異様な雰囲気を持つ少年だった。
人間なのか?
それとも......
『一応人間だぜ?僕は』
「――――!?」
『おいおい。そんなに驚かないでくれよ。そんなにいぶかしんだ表情してれば、何も言わなくても何を考えてるかわかるってものだよ』
「人間だったらなんでこんな所にいるんだよ。それにさっきダンジョンのボスって言ってたよね?」
『ちょっと複雑なんだよな。言ってもわからないだろうから簡単に説明すると、元々人間だったんだけど、気付いたらダンジョンのボスになってたんだよ』
「はぁ?何言ってるんだよ。俺達を馬鹿にしてるのか?」
『うーん。まぁ、普通そう思うよね』
シスコは少年の言うことが全く理解できなかったのか、怒ったような表情でそう言った。少年はそんなシスコの態度が想定の範囲内だったのか、にやにやと笑って応えている。
僕は少年の言うことから、ある程度状況を理解する。
それはあまりにも突拍子もないことだし、多分僕じゃなければ到底理解できないことだろう。
「もしかして、ダンジョンのボスになって一カ月位か?」
僕は少年に尋ねる。
この答えによっては、少年も僕と同類の可能性が生まれるんだけど。
どうだろうか。
『いや。全然もっと長いよ。四十年位前かな』
「そう......か」
一カ月前だったら僕と同じで女神の勇者召喚に巻き込まれた被害者かと思ったんだけど。
「四十年!?おっさんじゃねーかよ」
シスコが驚いてそう叫んだ。
『にひひ。まあ、前世を含めたら六十年以上は生きてるんだけどさ。ここでは外見を自由に設定できるんだよ。今はショタな気分なのさ』
「――――!?」
前世!?
「はぁ?お前何言ってるん―――」
「―――今、前世って言った!?」
僕はシスコがしゃべるのを横切って叫んだ。少年は僕の大声にびっくりしたような表情を作って、こちらに向き直る。
『ああ、言ったよ。まぁ、君たちには理解できないだろうけどね』
「もしかして、前世は地球に住んでたりした?」
『――――!?な......。君、なんでそれを?』
少年は初めて本気で驚いた表情を作る。
「僕も地球から来たんだよ」
『はぁ!?まじかよ!』
「超おおまじだよ。地球の日本からきたんだ」
『嘘でしょ!超興奮するんだけど!』
少年がきゃっきゃっと笑顔を浮かべながらその場で飛び跳ねる。
『僕も日本から転生してきたんだよ。まさかダンジョンのボスに転生して最初に顔を合わせるのが同郷の人間だなんて。ちょー嬉しいな』
「僕も仲間に会えて嬉しいよ」
僕達はお互いに握手をして喜びを分かち合う。
「おい、お前達、なんでそんな意気投合してんだよ。前世?地球?何言ってんだ?」
シスコがすっとんきょうな表情でそう呟く。
「いや、ごめん。実はこの人とは同郷だったみたいで。それでちょっと興奮しちゃった」
「はぁ?ダンジョンのボスと同郷?」
「ちょっと複雑なんだけどね」
「わけわかんねー」
シスコはなおも顔いっぱいに疑問符を浮かべている。
そりゃあ、そうだ。
転生とか転移とか、いくら魔法が発達している世界でだって普通はありえないだろう。
でも、よかった。
ダンジョンボスが転生者なら、僕達は無事に生きて帰ることができそうだ。
「ま、いつかゆっくり説明するよ」
「はー。まぁ、いいけどよ。ていうか、戦うんだろ?こいつとよ?」
シスコが、部屋でぴょんぴょんと喜びの舞を披露している少年に剣を向ける。
「いや、もう多分その必要はないでしょう。ねー、僕達をダンジョンの外に帰してくれるでしょ?」
僕の言葉で、ぴょんぴょんとジャンプをしながら喜びを表現していた少年がぴたりと止まる。
『んー?それはないよ。僕はダンジョンのボスだよ?いくら同郷でもそれは甘いんじゃないかな?』
「な......」
僕は少年の言葉に思わず固まってしまう。
『なに?見逃してもらえると思ったの?きゃははははは。甘いねー。甘ちゃんだねー』
「そんな......なんで?」
『なんで?なんでなんだろうね。例えばだけどさ、君は謝って虫を食べちゃった時、消化しないで吐きだしてあげる?普通吐きださないよね?そのまま、しょうがないかー。うわー、最悪だなーとか思うだけでしょう?』
こいつは一体何を言っているんだ?
『それと同じだよ。偶然同じ境遇の人間だったみたいだけど、もう君は僕の胃袋の中にいるんだ。あとは消化されるのを待つだけだよ。あー。今日は最高に愉快だな。イレギュラーがあるって楽しいな~』
少年はにやにやと笑いながらまたもぴょんぴょんとジャンプしながら部屋を移動し始める。
「おい。どういうことだよ。全然戦う気満々みたいだぞ」
「ごめん。僕もちょっとよくわからない。少し落ち着かせて」
「いいけどよー」
どういうことだ?
普通、同じ地球からの転生者だとわかったら戦わないよな?
こいつまじでどうなってんの?頭おかしいのか?
長い間一人で生活してたからおかしくなってしまったのか?
『もともと僕はこういう人間だよ』
「うわ!?」
悩む僕の前に、突然少年の顔が割り込む。
僕は驚いて後づさりしてしまった。
『僕は地球にいる時からこんな感じだよ。誰にも愛着を感じないし、一人で孤独に生きてきた。だから、いくら同じ境遇だからって、ぽっとでの他人にそこまで感情移入はできないよ。ごめんねー』
少年の笑顔に、僕はぞくりとした。
この少年はどこか壊れている。それが本当に地球にいた時からなのかはわからないが、しかし、確実にこの少年は普通ではなかった。
『本当は色々聞きたいこととかもあるんだけど、もう無理そうかなー。そんな怖い顔してたんなら楽しく話せなそうだもんね。お兄さんだけなら助けてあげてもいいけどどうする?』
「そんなわけにいくかよ!」
『そうだよね。残念。せっかくダンジョンに取り込んで魔物として自我を持たせてあげようと思ったのに。そこの女騎士みたいにさ』
少年はそう言って、入口付近を指さした。
そこには、呆然と立ち尽くすマチルダの姿があった。部屋に入る時は威勢よく握りしめていた剣も地面に落とし、目はうつろでどこを向いているのかはっきりとしない。あきらかに異常な状態であった。
そういえば、この部屋に入ってから一言も発していなかった。
「マチルダさん!?」
僕は思わず名前を叫んだ。
「思い......出した」
マチルダはぼそりとそう呟くだけであった。




