1. 梅雨とか聞いてないんですけど
「はぁ。最近雨が続くね~」
僕はギルドの酒場でお酒を飲みながら、顎に手を当て不満げにそう呟いた。
魔剣使いとの激闘から数日が経過したころ、いつからか雨が降り始めた。この世界に来てから久しぶりに見る雨に、あ、この世界でも雨ふるんだな、と能天気なことを考えていた。
振り始めた雨はやむことがなく、既に七日近くは雨が降り続いていた。
雨の影響で依頼の数が少なくなっていき、最近はもっぱらギルドの酒場でだらだらとしている。
「そりゃあ、そうですよ。梅雨に入りましたからね。後三十日近くは雨が降り続くんじゃないですかね」
僕の呟きに応えてくれたのは、僕の冒険者仲間で相棒の、猫耳が可愛い獣人のミーシャだ。僕の横に座って美味しそうにジュースを飲んでいる。
「えっ!?」
僕はミーシャの発した衝撃的な内容に言葉を失った。
三十日は雨は降り続く......?
「どうしたんですか。そんなに驚いて」
突然唖然とした僕に逆に驚いたのか、ミーシャも驚いた顔をする。
ぴょこぴょこと耳が動いて可愛いな。ってそんなのはどうでもよくて......
「今、三十日は雨が続くって言った?」
「え? 言いましたけど。何かおかしいですかね? 毎年のことだと思うんですけども」
ミーシャの表情に疑問符が大量に浮かんでいる。
その表情を見る限り、この振り続く雨はこの辺では至極当然のことなのかもしれない。
でも、これはヤバイ。
非常にヤバいぞ。
「どうしたんですか?急に焦っている見たいですけど」
ミーシャが僕の表情を覗きこんできた。
「お金がない!」
このまま依頼がない状況が三十日も続いたらあと数日で破産する。
僕のそんな発言にミーシャは首をかしげながら呟いた。
「この前結構お金が入ったじゃないですか。それでも足りないんですか?」
ミーシャが言うのはこの前のグリズリ―討伐の件だ。
魔剣討伐の後、薬草採集に出掛けた際に偶然グリズリ―に出くわして、僕達のたぐいまれなるコンビネーションで討伐したのであった。本来ならCランク相当の依頼で、グリズリ―の死体を持ち帰った時はぺルぺルにたいそう驚かれたもんだ。
Cランク依頼相当ということで、報酬もたっぷりと頂いた。
一人当たり金貨六枚である。
マリーとテレサがいない間に一人で一生懸命貯めた金額が金貨三枚である。その二倍の金額が一回の討伐で手に入ってしまったのだ。
そんな大金が一度に入ってしまうと、いつもは大して欲しいとは思わないものが欲しくなるもので......
僕は自分の腰を指さした。
「腰がどうしたんですか?」
「僕の腰をよく見てみてよ」
「んー、あっ。剣が新しくなってますね」
そうなのである。
昨日新しい剣を買ってしまったのである。
ミスリルでできた結構良い剣である。
ついでに鎧も新調していた。
大金を持っている時に、雨で休みの日が続き、ついつい魔がさしてしまったのだ。
「昨日買っちゃったんだよね」
「いくらしたんですか?」
「金貨四枚。ついでに鎧も新調して合計金貨五枚」
「えええええええ!? この前の報酬ほとんど使ってるじゃないですか!」
「うん......」
僕はしょぼんとうなだれる。
ミーシャはなんと言っていいのかわからないような複雑な表情をしている。
「馬鹿にしたっていいんだよ」
「そんな。馬鹿にするつもりはありませんけど。でも......」
「はぁ、まさか梅雨の季節だなんて知らなかったんだよ。どうしろってんだよ~」
僕は酒場の机に突っ伏して嘆いた。
その時、最近よく聞くようになった声が聞こえてきた。
「なんだ?どうしたよ、相棒」
僕は突っ伏した状態で視線だけを向ける。
そこには地球でいうヤンキーのようないでたちの冒険者の姿があった。バンダナがトレードマークの、僕と同じEランク冒険者である。
決闘をして以降随分となれなれしくなったものである。
「なんだ。シスコか......」
「なんだよ。今日は一段としけた面してるじゃねーか」
よっこいしょ、とシスコが僕の横に座る。
「で?何があったんだよ」
シスコが酒場のおっちゃんに酒を注文した後に僕の方に振り返って尋ねてきた。
「お金がないんだよ」
「お金がない?梅雨の前に貯めとかなかったのか?」
僕のことを心底馬鹿にしたような視線で眺めてくる。仲良くなってきたとはいえ、ヤンキーにそんな目でみられるとなんだかむかむかしてきてしまう。
「ああ、悪いかよ」
僕はついつい声を荒げてしまった。
「おいおい、そんな怒んなよ。俺も仲間だからよ」
シスコがにっこりと笑ってそう呟いた。
「仲間?じゃあさっきの台詞はなんなんだよ。梅雨の前に貯めてなかったのか?って馬鹿にしてたよね?」
「いや、別に馬鹿になんてしてねーよ。お前そういう所自意識過剰というか、なんというか」
「でも言ってたよね?」
「ああ、言ったけど、それはある意味自分に向けても言ったんだよ」
シスコは心底寂しそうに呟いた。
酒場のおやっさんからシスコに酒が手渡される。
「「はぁ、どうしたらいいのかねー」」
僕とシスコはグラスを片手に深くため息をついた。
ミーシャはそんな僕達を見て、苦笑を浮かべていた。
「ダンジョンにでも潜ってくればいいじゃない」
そんな深くため息をつく僕達の後ろから、これまた聞きなれた声が聞こえてくる。
この声は最早振り向かなくても誰だかわかる。が、しかし、振り返らないとどんなことをされるかわかったものではないので、イスをくるりと回転させて振り向いた。
そこには案の定、鍔が広い黒い三角帽をかぶり、黒いローブをはおり、ばっちりと冒険者スタイルに身を包んだテレサの姿があった。
「おはようテレサ」
「よ、よう、テレサ」
「おはようございます、テレサさん」
僕達はそれぞれが挨拶をした。
テレサも「おはよう」と言って、ミーシャの横に座った。
隣でシスコがなんだか嬉しいような悔しいような不思議な表情をしていた。一体どうしたんだろうか。
って、そんなことはどうでもよくて。
僕はテレサの方に顔を向けた。
「タンジョンってどういうこと?」
僕が尋ねると、テレサは口をあんぐりと開けて呆れたような表情を作る。
ミーシャも驚いた表情を向けている。
「あなたダンジョンも知らないの?」
「知りませんけど?シスコは知ってる?」
「そりゃあ知ってるよ。お前マジで知らないのか?」
シスコの方に顔を向けると、シスコもテレサやミーシャと同じように、驚いた表情をしていた。
「はぁ、呆れたわ。いい、ダンジョンっていうのはね――――」
テレサダンジョンについて語り始めた。




