9. 決闘前夜:その1
事の顛末を話し終え、屋敷には静寂が流れる。
みなそれぞれが僕の話したことを受け止めることに必死で言葉がでないのだろう。
まるで物語のような出来事が繰り広げられていたのだから、それも当然のことだ。
僕は長い話を最後までできたことにほっと胸をなでおろした。
「だからミーシャちゃんは何も悪くないんです。確かに厳しい特訓で僕を追い詰めたことはよくなかったかもしれませんし、僕もそんなミーシャちゃんに対して疎ましく思ってしまうこともありました。しかし、悪気があってこんなことをしたわけじゃないんです。どうか許してやってください」
僕はミーシャちゃんのために正座をしたまま、地面に頭をつける。
つまりは土下座をした。
しかし、誰からも反応がない。
―――――ピキッ
代わりに何かしらにひびが入るような、もしくは割れたような音がした。
ん?なんだ?
僕はおそるおそる顔を上げる。
「――――――!?」
視線を上げた先にはテレサが般若のような形相をして立ちつくしていた。
全身からあふれだす怒気が、まるで建物全体を揺らしているようだ。というか実際に揺れている気がする。玄関に置いてあった壺がピシピシと音を立てて亀裂が入っていく。
僕は助けを求めてマリーの方に目を向けた。
しかし、マリ―もどこか非難めいた眼差しで僕を見つめている。
あ、これは、やばいかも......
「なにがこれには深い事情があります、よ。依頼の後で疲れてるのに最後まで聞いてあげたけど、結局悪いのはあんたじゃない!」
どしん、どしん。
テレサが一歩づつ、ゆっくりと僕に近づいていく。
「いや、え!?待って。落ち着いて、ちゃんと聞いてた?僕の話聞いてた?」
僕は正座の姿勢を崩し、そのまま地面におしりをつけた状態でテレサから距離をとる。
しかし、すぐに壁にぶつかって逃げることができなくなる。
「あんたが特訓をさぼりたいからってミーシャちゃんに余計なことをしたのが原因じゃない!なのに、最終的に言うのがミーシャちゃんは悪くないですって?」
どしん、どしん。
ゆっくりとしかし確実に僕の元へと向かってくるテレサ。
「待って。ごめんなさい。僕が悪かったです。マリ―さん、助けてください」
「すみません。それはできません。悪いのは完全にタイチさんです」
「そんな!!」
最後の良心であるマリ―にも見放されてしまった。
僕はテレサの方に向き直る。
最早完全に僕を一刺しで殺せる距離まで近づいていた。
「明日の決闘の前に私が燃えカスにしてやるわ。ファイヤースト――――」
「――――待ってください!!!!」
僕が燃えカスになろうとしたその時、ミーシャの声が屋敷に響きわたる。
テレサはミーシャの声を受け、発動しかけていた魔法を止める。
「ミーシャちゃん!?」
なんと先ほどまでは眠りについていたミーシャがゆっくりと起き上がっていた。
「すみません、ご主人様。なんだか私突然眠くなってしまって」
テレサはそんなミーシャをじっと見つめている。
マリ―も驚いた表情でミーシャに視線をむけている。
「いや、それは、僕が悪かったし......なんというか......」
僕は申し訳なくて、しどろもどろとしながら呟く。
そんな僕に対して、きっと睨みつけてくるテレサ。
「いえ、悪いのは私でございます。だから事情はわかりませんが、罰するなら私を罰してください。悪いのは全て私でございます。どうかご主人様には危害は加えないであげてください」
「ミーシャちゃん......」
起きたばかりで何もわかっていだろうにも関わらず、ミーシャは僕のために頭を下げる。
「へー、良い度胸じゃない。本当にこいつの罰を引き受けるっていうのね?」
「はい、悪いのは私ですから」
「わかったわ。タイチもそれでいいのね?」
テレサが僕を睨む。
僕は恐怖で何も言えずに黙ってしまう。
「わかったわ。奴隷なんだから当然よね。それならミーシャ、あなたを燃えカスにするわ。私の魔法は強力よ?本当に骨すらも残らずに燃えカスになるかもしれないわよ」
「わ、わかりました」
進路をミーシャの方に変えたテレサが、一歩ずつ足を進める。
「テレサ、ちょっと待ってよ」
そんなテレサに対してマリ―が立ちあがり、道をふさぐ。
「どいてくれるかしら?」
「駄目よ、テレサ。ミーシャちゃんは悪くないじゃない」
「でも、この子が悪いのは私ですって言うんだからしょがないわよ」
「それでも駄目だよ」
にらみ合う、マリ―とテレサ。
僕が特訓を拒んだせいで大変な事態になってしまった。
僕はどうにかしなければと頭を働かす。
ミーシャを犠牲にして自分だけ助かるなんてそんなことはできない。このあふれ出す怒気をみると、本当に言葉通りに燃えカスにしてしまうかもしれない。
どうすれば誰も燃えカスにならないで済む?
良い案が浮かばずに言葉を発することができない。
「文句はあとでいくらでもきくから、今はどいてちょうだい」
「きゃっ!」
テレサが手を横にふると、見えない何かに押されたようにマリーが壁まで吹き飛ばされる。
そして、一歩一歩ミーシャに近づいていく。
「思い残すことはないわね?」
テレサがミーシャを見降ろしながら言った。
「はい。あるとすれば、明日の決闘でご主人様が勝つ姿を見られないことです」
「そう」
ミーシャは笑ってそう応え、それを受けたテレサが杖を掲げる
ああ、クソ!
自分の馬鹿!
燃えカスになるにしてもそれはミーシャじゃなくて自分のはずだ。
「ちょっと待って!!本当に悪いのは全部僕です!本当にミーシャちゃんは悪くありません!だから燃えカスにするのは僕にしてください!!」
僕はそう叫んだ。
「早くそう言いなさいよね!!このゴミカスタイチ!!!」
僕が叫んだとほぼ同時に、テレサは僕の方へと振り返り、掲げた杖を僕に向かって振り下ろした。
そして、杖の先端から放たれた魔法が僕に直撃した。
「ぐあああ!!!!」
魔法が直撃した衝撃で、僕は扉を突き破り、庭に転がり込んだ。
全身を灼熱の炎が覆い、激しい痛みが僕を襲う。
僕はそんな痛みの中、これでよかったんだとニヒルに笑った。
いや、無理。やっぱり無理。
ニヒルになんて笑えない。すげー痛いんですけど?
僕はなんとか火を消そうと、地面を転がり続ける。
そんな時、上からものすごい衝撃が僕を襲った。
「へぶし??!!」
僕を襲った衝撃の正体は大量の水だったようで、僕の体の火はなんとか消化されたのであった。
「これ位で許してあげるわ。これにこりてもう二度と馬鹿なことはしないことね」
ぷすぷすと体から煙が上がる。
僕は地面に燃えカスのように転がったまま全く動くことができないでいた。
「ご主人様!?」
そんな僕の元へ心配そうな表情でかけつけるミーシャ。
「これは酷い......」
全身にやけどを負った僕を抱きかかえる。
「マリ―治してあげて」
「言われなくても治すわよ」
ミーシャに続いて、マリ―も僕の元へとかけつけてくる。
そして、そっと僕の体に手をかざす。すると、マリーの手は緑色に光り輝き始め、次第に僕の体も淡く輝き始めた。
「回復魔法......ですか」
「ええ。私が唯一人並み以上に使える魔法です」
全身を襲う火傷の痛みが徐々に引いていく。
そんな様子を見てミーシャは驚きの表情を浮かべている。
「大分よくなってきました」
「タイチさん、やりすぎだと思うかもしれませんがテレサを恨まないであげてくださいね。あのトロフィーはテレサにとってすごい大切なものだったんです」
「そうだったんですか。本当に申し訳ないことをしちゃいましたね」
僕はようやくことの重大さを理解する。
人の大切なものを壊しておいて、謝る態度に真剣見が足りていなかったのかもしれない。あまつさえその罪をミーシャに押しつけようとしてしまったし、僕は全身に痛みを感じながら、自分の軽率な行動に深く後悔の念を感じていた。
「じゃあ、治ったらリビングに集合ね!」
テレサはそう言って、一人屋敷に戻って行った。




