8. 地獄の特訓:その3
翌朝、ベッドの中で目を覚ました瞬間......
「痛い!!!体中が痛い!!!」
あまりの筋肉痛に絶叫を上げ、もう一度意識を手放してしまいそうになる。
僕のそんな大声で慌てたようにミーシャが部屋に入ってきた。
「どうかしましたか!?」
僕を心配そうにみつめるミーシャ。
「筋肉痛で動けません」
この世界に来てからというもの、一生懸命肉体労働を頑張らせていただいておりましたが、それでも昨日のようなハードワークはしてきていなかったもので、体が悲鳴を上げているのであります。カカシの時でさへここまでは酷くなかったと思う。
「そうでしたか。びっくりしましたよ。それじゃあ、今日も頑張って特訓しましょうか」
「え!?」
僕はミーシャの言葉に言葉を失った。
そんな僕に対して、しょうがないなぁといった表情を浮かべるミーシャ。
「今日も頑張って特訓しましょうね!」
「いや、別に聞こえなかったわけじゃないからね。ミーシャこそ僕の言葉聞こえてなかったんじゃないの?筋肉痛で動けないんだけど?」
僕の言葉を受けて、ミーシャはにっこりと笑う。
「ははは。面白いですね。筋肉痛で動けなくなるわけないじゃないですか。ご主人様は面白いですね」
「な......」
またしても言葉を失ってしまう。
あれか?今まで筋肉痛で動けなくなった経験がないのか?それともそういうのは意志の問題だから頑張ればできますよ!ということなのか?
「どうしたんですか?早く行きましょう。決闘は待ってくれませんよ」
この子やっぱりぶっとんでるよ~。
このままではずっと枕元で色々言われそうだったので、しょうがないので僕はしぶしぶと立ち上がった。
「う~、痛い」
「ほらね。立てるじゃないですか。ささ、行きましょう」
「......」
こんなにも痛がっているのが見えないのだろうか。
ミーシャは僕の手を引いて、歩き始めた。
僕はなすすべもなく、痛い痛いと言いながら引きずられていったのであった。
そして、昨日と同じようにウサギ狩りをしつつ体の動かし方を特訓したのであった。
しかし、流石に体力の限界を迎え、というか限界は軽々と突破はしていたのだが、それでも今日はかなり早い段階で切り上げることになった。そのため、正午はすぎているだろうが、まだまだ日は高い。
「では、今日も私が換金してきますね」
「お願いします」
「ついでに夜ごはんの買い物もしてきますので、ゆっくり休んでいてください」
「え!?じゃあ今日は対人戦の練習はやらない?」
「なに言ってるんですか。もちろんやりますよ。決闘は明日ですよ?」
「そうですよね」
「はい!それでは行ってきますね」
そう言って、ミーシャは冒険者ギルドへ向かって行った。
僕はミーシャが冒険者ギルドに入るのを見届けてからぼそりと呟いた。
「ふぅ、なんだこの地獄は」
僕が思い描いていた奴隷って、こんなスパルタ教官じゃない。
本当は辛くあたるはずの奴隷と優しく接して、それで信頼されて好かれて、ご主人様~って甘えられるのが普通じゃないの?それなのに、これじゃあ僕が奴隷みたいだよ。ボロボロになるまで頑張って。信頼してるようにみせかけて、僕のことめちゃくちゃ嫌ってるんじゃないか?あの子。
このまま対人戦の特訓をしたら明日は確実に動けなくなる。
なんとかして、今日はこれで特訓を終わりにさせたい。
どうすればいいだろうか。
これ以上やったら体が壊れちゃうと真摯に訴えてみるか?
これは確実に駄目だろうな。多分獣人って筋肉痛とかにならないんだろうから、言ってる意味を分かってもらえないと思う。
寝たふりをして、諦めさせるとか?
いやこれも駄目かな。多分起きるまであの手この手で何かしてきそうな気がする。
その時、ふっとあるアイデアが僕の頭に浮かんできた。
僕が寝ても駄目ならば、ミーシャに寝てもらえばいいんだ!
そこで昨日の夕食時での会話を思い出す。
『あれ?ミーシャちゃんはお酒飲めないの?』
嫌なことがあると飲むことにしているお酒をミーシャにも注いであげたのだが、まったく手をつけていないことに気がつき、そう尋ねた。あ、この世界では十五歳からお酒を飲んでいいらしいですよ。
すると、申し訳なさそうな顔をしてからこう答えたのであった。
『私お酒が弱くて、ちょっとでも飲むとすぐ寝ちゃうんですよ』
すぐに寝ちゃうんですよ。
すぐに眠ってしまう。
ぐふふ、これは使えるのではないだろうか。
僕はにやにやと悪だくみをしながら屋敷へと戻るのであった。
「ただいま帰りました~」
ミーシャがそう言いながら家の中へと入ってくる。
僕はさっと、ミーシャの持っていた荷物を持ってあげる。
「お疲れ様。疲れたでしょ?お茶を入れてるからソファーに座って飲んでよ」
キランと歯を輝かせながら、ミーシャをソファーに座らせる。
「あ、いえ、全然疲れてないから大丈夫ですよ」
「まぁ、まぁ。いいから一杯飲みなよ。ただのお茶だからさ」
「そ、そうですか?じゃあ一杯もらいますね」
そして、ミーシャは僕が準備した特製お酒入り茶を口にした。
「ありがとうございます。さぁ、対人戦も頑張り......あれ?」
ミーシャはソファーから立ちあがろうとしたところ、くらくらとした様子を見せてばたりと地面に倒れ込んだ。
「やった......まさかこんなにうまくいくとは」
正直自分で言うのもなんだけど、怪しさ満点だったし、こんなにすぐに眠るとは思ってもいなかったし、上手くいくはずないと思っていた。ばれても冗談ですむようにと思って、二、三滴しかお酒もいれてなかったのに。
僕はしばらく謎の達成感と、困惑した感情に立ちつくしたが、すぐにミーシャをこのまま地面に寝かせておくのもかわいそうかと思い、ソファーの上に移動させた。
「生きてるよな?」
ばたりと倒れこんだこともあり、心配になる。
しかし、見たところちゃんと呼吸もしているようだし、寝ているだけのようである。すぐ寝ちゃうって話す位だから始めて飲んだわけじゃないしそりゃ大丈夫か。
僕はほっとした。
「眠ってる顔をみると、あんなスパルタな面があるとはとても思えないのにな」
僕は眠っているミーシャの顔をみて、そんなことを思うのであった。
その後もじーっとミーシャの寝顔をみていると、僕の心にちょっぴりやましい気持ちが生まれてきた。
僕はきょろきょろとあたりを見回し、周辺に誰もいないことを確認する。
本当にちょっとだけ、ちょっとだけ耳触ってみようかな。
僕はそ~っと手を耳元まで近づけた。
そして、もふり。
「おお~、もふもふだ~」
しばらく耳の感触を堪能する。
この世にこんな素晴らしい感触があったなんて。
すると突然、ばっとミーシャが立ちあがった。
「え!?」
寝たふりだった......のか?
僕は立ち上がったミーシャに唖然としたが、すぐにやるべきことを理解して実行する。
「ごめんなさい。ちょっと魔がさして触っちゃいました。ごめんなさい。もう二度と触りませんからゆるしてください」
僕は頭を下げて全力で謝った。
しかし、ミーシャからの返答はない。
やっぱり耳には特別な意味があったのか?
僕は内心ひやひやしがらそっとミーシャの顔を覗き込んだ。
すると、ミーシャはにやりと笑った。
「きゃはははははっははは~」
「!?」
「くすぐったいじゃないか。このやろ~」
「――――!?」
そう言って僕の顔面をビンタした。
僕はミーシャの予想外の行動にポカーンと口をあけて驚くしかできない。
僕のそんな反応が面白かったのか、ミーシャはさらに笑いはじめる。
「きゃはははははは」
そして、突然走り始めた。
「あ、ミーシャちゃん!?」
ミーシャちゃんは屋敷内にある高級な置物にばしばしと手を当てながら走り回る。
その衝撃で置物が地面に落ちそうになる。
僕はあわててその置物が落ちないようにささえ、ミーシャに向かって叫んだ。
「こら、やめなさい!あ、もうちょっと、本当に止まって」
こうしてプロローグに繋がります。




