10. 決闘前夜:その2
マリーの回復魔法のおかげで、体は無事に元通りになった。
酷かった筋肉痛までなくなって、完全回復である。
その後、僕達は屋敷の中へと戻り、現在はリビングで向かい合って座っている。
正確にはソファーの上にマリ―とテレサが座り、その向かい側の床に僕とミーシャが正座をしている形である。
テレサは足を組んで座っているのだが、正座をしていると丁度大事な部分が見えそうで視線のやり場に困ってしまう。反省した後に邪なことを考えるのは気が引けるので、とても困る。
僕がきょろきょろしているのに気付いたのか、テレサがきっと睨みつけてくる。
見てないにも関わらず、体がびくっと反応してしまう。
怖い。怖いよ~
二度の魔法攻撃によって体の芯までテレサへの恐怖が染みついているようだった。
これから一体何が始まるのだろうか。
物理的な攻撃の後は、精神的な攻撃に移るのだろうか。大切にしていたものを壊してしまったので、どんな罰でも受け入れようとは思うが、それにしても怖いものは怖い。
僕がびくびくしていると、ついにテレサが話し始めるのだった。
「それで、ミーシャちゃんの話だけど―――」
「―――え!?」
「なによ。私の話を遮って何か文句でもあるの?」
「いや、てっきりトロフィーの話の続きかと思って」
そう言うと、テレサははぁ、っとため息をついた。
「あのねー。それはもう許してあげるって言ったでしょ?まだ虐められ足りないのかしら」
「あ、そんなことはないです。ただ、驚いて」
「もちろんトロフィーを復元するのにかかるお金は払ってもらうけど、起こしてしまったことはしょうがないのよ。いつまでも気にしてたってしょうがないんだから。これからはあのトロフィーに、私の過去の栄光と、あなたへの怒りの思い出が追加されるだけよ」
「......」
僕はそのテレサの言葉になんとも言えない気持ちになる。
テレサさん、かっこよすぎでしょう。
僕の中のテレサ好感度、尊敬度が一気に上昇していくのを感じた。
「で、本題に入るんだけど、ミーシャちゃん、あなたのことよ」
「わ、私ですか?」
ミーシャはテレサの言葉に戸惑いの表情を浮かべる。
「そう。あなたのこと。タイチの話を聞いてる時も思ったけど、さっきのアナタの行動をみて、異常さがよくわかったわ。私が全力で魔力を開放して威圧してるにも関わらず、あなたは最後までタイチをかばってみせた。そんなの普通はできっこないわ。あなた、タイチに対して過剰に信頼を寄せ過ぎじゃないかしら?」
テレサの言葉を受けて、考え込むミーシャ。
「私もテレサと同じように思いました。普通はあんなことできるわけないですよ。長年一緒に暮らしてきたなら話はわかります。でも、ミーシャちゃんとタイチさんはまだ会って三日位しか経っていないでしょう?普通は表には見せなくても、もっと敵意をもっていてもおかしくありません、それなのに命をかけて主人を守るなんて異常だと思います」
テレサとマリ―に異常と言われ、瞳を閉じて考え込むミーシャ。
僕も正直二人と同じように考えていた。どう考えても、ミーシャの忠誠心は普通じゃない。どうして彼女は会ったばかりの僕にそこまでの信頼をよせているのだろうか。そして、命までかけて僕を守ろうとしてくれたのだろうか。
僕もじっとミーシャを見つめて、答えを待つ。
しばらく無言の時間が続く。
そして、遂に、ミーシャは閉じていた瞳を開けて話し始めた。
「五年ほど前、とある一人の人間に私の村は焼き払われました。私は丁度村の外に水を汲みに行っていたので生き延びることができたのですが、私の父や母、姉や弟達はみんな死んでしまいました。運よく生き延びることができた私ですが、頼れる人もおらず、色々あって奴隷として生きることになりました。あ、もうそのことで人間を恨んだりはしていませんから――――」
僕が悲痛な表情をしているのに気付いたのか、話の途中で僕の方に向いてにっこりと笑う。
マリ―とテレサは表情を崩さずに話を聞いている。
もしかしたらこの世界ではよくある話なのかもしれない。
そして、ミーシャは続けて話し始める。
「――――そうして私の奴隷人生が始まったのですが、なかなかうまくはいきませんでした。最初に買われた場所では一生懸命働いたのですが、どういうわけか一年ほどで追い出されてしまいました。私は必死に原因を考えて、主人である人間に対して憎悪をもっていたからではないかと考えました。その日以降、私は人間に対して恨みをもつのをやめました。そして、すぐに次の人に買われることになりました。主人に対して恨みを持たずに接するようになったところ、最初の時よりも上手くやれるようになったと実感しました。しかし、そんな二番目の場所も、二年経ったころに追い出されてしまったのです――――」
僕はミーシャの過酷な人生から耳が話せなかった。
「――――私は必死に考えました。何がいけなかったのか。どこが悪かったのか。そして考え付いたのが、恨まないだけじゃなく、慕わなければ駄目なんじゃないか。もっと主人を信頼して、尊重して、敬わなければ駄目なんじゃないかということでした。そして、三度目に買われた時、私は主人を信頼するように努めました。主人の言うことを守り、尊重し、心の底から喜んで実行するようにしました。しかし、そんな三度目の場所も二年が経った頃に追い出されてしまったのです――――」
僕はミーシャの話を聞きながら、就職活動を始めた時のことを思い出していた。受けては落とされ、受けては落とされを繰り返し、自分のどこが悪いのかとずっと考え続けていたような記憶がある。僕はそんな日々に耐えきれず、就職活動はすぐにしなくなってしまったが。
「――――私はもうどうすればいいのかわからなくなりました。人間を恨むのをやめ、主人を敬うようにし、それでもうまくいかないのですから。しかし、私は諦めずに考え続けました。私の何がいけなかったのか。私には何が足りなかったのか。そして考え付いた答えは、主人の言うこと以上をしていなかったからではないか、というものでした。奴隷と言うのは主人のことを考えて、主人が思うこと以上を、期待すること以上をしないとだめなのではないかと思うに至ったのです。そして、私はタイチ様の元へとやってきました。私はタイチ様のためになることを、タイチ様が思う以上に実行しようと努めてきました。しかし、そんな私の行動は異常だったのでしょうか。最早私にはどうすれいいのか、全くわかりません」
ミーシャの瞳には涙が浮かび始めていた。
ミーシャの話を聞いて、どうして僕に過剰な信頼を寄せていたのかというのが少しわかった気がした。しかし、それと同時にわからないこともでてきた。
こんなにも一生懸命なミーシャがどうして色々な主人の元を転々とすることになってしまったのだろうか。この三日間過ごしてみても、過剰な信頼による暴走以外はとてもよくできていたと思うんだけど。料理も美味しかったし。掃除も丁寧だった。
でも一つ。僕は気になることがあった。
「ミーシャちゃん......軽々しく言うことじゃないかもしれませんが大変だったんですね」
「ぐす...ぐすん」
マリ―とテレサはミーシャの話を聞いて、涙を浮かべていた。
テレサに至っては号泣し、話すこともできていないでいた。
「私は間違っていたのでしょうか?」
「ううん、きっと間違っていないよ。」
「わだひもまぢがっでないどもう。いじょうっでいっでごべんえ」
三人は号泣している。
テレサに至っては、何を言っているのか全く分からない。
僕はそっと手を挙げた。
「あの、一つ質問良いですか?」
「なんでしょうか?」
ミーシャがこちらに顔を向ける。その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
僕は心苦しくなるも思ったことを聞いてみることにした。
「追い出された時って何か事件とか起きなかった?何もなかったのに突然追い出されたの?」
ミーシャは左上を向きながらうーんと唸る。
「あだなね、だんでどんなごどぎぐのよ。がわいそうでしょ」
だから何を言ってるかわからないって。
「特に何もなかったと思いますが」
「本当に?お酒とか飲んだりしてない?」
僕の言ったことに思い当たることでもあったのか、あっと驚いた表情をつくる。
「そういえば、飲んでたかもしれないです。よくわかりましたね。最初の主人の時、奴隷仲間でこっそり主人のお酒を盗んで飲んだんですよ。あの時は荒んでましたから......でもそこでお酒に弱いのに気付いたんですけどね」
その返答に僕は確信を得る。
マリ―とテレサもあっと何かに気づいた表情を浮かべる。
「二人目の時もそうなんじゃない?」
「うーん、二人目の時は飲んでませんよ。ただ、主人のお子さんの子もりでかくれんぼをして遊んでいた時に、お酒の樽がいっぱいおいてあるところに隠れてたらいつの間にか眠っちゃってたんです。そしたらその翌日に突然追い出されてしまったんです......」
やっぱりだ。きっと、お酒の匂いにやられたんだろうな。
「それで、三人目の時は?」
「三人目の時は全くお酒は関係ないと思いますよ。三人目の主人には随分大切にされていまして。まぁ、捨てられてしまった以上、勘違いだったのかもしれませんが。やめさせられる前日にはご飯も御馳走してくれた位ですから。奥様や子供たちは外出中でしたので、内緒だよっと言って。それなのに......それなのに次の日には追い出されてしまったんです」
話しているうちミーシャはまたも泣き始めてしまった。
奥さんと子供がいないときに奴隷と食事......
怪しい。怪しい香りがぷんぷんするぞ。
もしも、僕と同じようにお酒が弱いことを主人に話していたとしたら......




