7. 地獄の特訓:その2
「さぁ、ご主人様、対人戦の特訓に入りましょう」
「もう明日でいいんじゃない?」
意志、意欲、そういったものはすぐに雲散霧消してしまうもので、屋敷についてソファーにねっ転がった途端に僕のやる気もどこかへ消えていた。
うん、魔法の練習とか体を動かさないでできるのなら喜んでやるよ。
だけどこれ以上体を動かす訓練は無理です。体はボロボロなのです。明日は絶対筋肉痛になります。
もう体を動かすのは勘弁してください。
これから対人戦の練習をするっていうのは、例えるなら全力疾走を千本位やらされた後に、ボクシングをやらされるようなものだ、しかも文芸部員なのに。そんなの無理だよ。
「駄目です。決闘は明後日なんですよ?特訓するのは今日と明日しかないんです。だからやりますよ!」
ミーシャはそう言って、僕をソファーの上から転がり落した。
そして、そのままずるずると庭へと引っ張っていく。
「おお......」
大の大人を、見た目十歳位の少女が引きずっている。
今の僕はなんとも滑稽な格好をしていることだろう。
それでも僕はなされるがままにずるずると引きずられていった。
「さぁ、始めますよ」
庭まで連れ出された僕はしぶしぶ立ち上がる。
「でも、もう辺りは真っ暗だよ?本当にやるの?」
「やりますよ」
日は完全に沈み、辺りは真っ暗だというのに、ミーシャは俄然やる気のようだ。
「しょうがないか」
僕は庭の真ん中に、落ちている木を集める。
「どうしたんですか?」
「いや、流石にこれじゃあ暗くて練習にならないでしょ?よっと」
僕はそう言って集めた木々に火をつけた。
「―――!?」
「これなら少しは明るくなったかな」
「ご主人様は魔法が使えるんですね」
ミーシャは魔法で火をつけたことに驚きの表情を浮かべる。
「え?ま、まぁ生活魔法レベルだけどね」
「すごいです。私は獣人だから魔法は使えないので。すごいうらやましいです」
「そうなんだ。いや、なんかこの程度でほめられると照れるな~」
僕は恥ずかしくて頭をかいた。
そんな僕にミーシャはキラキラとした視線を向ける。
なんかちょっと、嬉しいな。
「でも、対人戦の練習って言ってもどうやるの?まさか、僕とミーシャちゃんが戦うの?」
「そうです。ただ、私は隷属の契約でご主人様を攻撃することはできません。だからご主人様が私に向かって攻撃をして、私はご主人様の動きに隙があったら寸止めをして指摘します」
「え......小さな子に剣をふるうなんてできないよ」
「大丈夫ですよ。ギルドから木刀を借りてきましたから」
そう言って、ミーシャが地面を指さす。
そこには二本の木刀が置かれていた。
「それでも危ないんじゃない?木刀でも当たったら怪我しちゃうよ?」
「大丈夫です。絶対に当たりませんから」
「当たらない?流石にそれはないんじゃないかな?」
「とりあえずやってみましょう」
「わ......わかったよ」
ミーシャの頑な態度にしぶしぶと承諾をする。
僕は地面に落ちていた剣を拾う。
そしておずおずとミーシャに向かって剣を構えた。
剣を構えて向き合った、大の大人と小さな少女。
僕はその異様さに改めて戸惑いを覚える。
「本当に大丈夫?」
「いいからかかってきてください」
そこまで言うのならやってみよう。
僕は構えていた剣を振りかぶりながら、ミーシャに向かって駆け出した。
「遅いです」
「――――!?」
ミーシャは一瞬で間合いを詰める。
その距離があまりにも近く、僕は剣を振り下ろすことができない。
僕が急に接近してきたミーシャに慌ててるいる間に、ミーシャはそのままさらにしゃがみこみ、僕の足元に剣を当てた。
「うわ!?」
僕は駆けだした勢いのまま足元に当てられた剣に突っ込み、そのまま地面に突っ込んだ。
豪快に顔から突っ込んだ僕は、土を払いながら立ち上がる。
「さきほどまでの狩りを思い出してください。そんなのんびり剣を振り上げていては今のように距離を詰められてしまいますよ」
「痛てててて。ていうかちょっと待って。寸止めするんじゃなかったの?」
「私は寸止めしましたよ。寸止めした剣にご主人様が突っ込んできたのです」
「え~、そういうのありなの?」
もしも今のが本物の刃物なら大惨事になってたんじゃないか?
それが許されるなら僕に対して簡単に危害を加えられると思うんだけど?
僕は奴隷との契約の安全性に対して一抹の不安を覚える。
「さぁ、もう一度かかってきてください」
「わ、わかったよ」
僕は再度剣を構える。
うーん、流石にこんなに小さな子に手玉に取られるのはプライドが傷つく。
絶対に当ててやるぞ、そして今度は僕が寸止めをしてやる。
意識を集中させる。
「はっ!!!」
僕は掛け声をあげ、最短距離を最速で動くよう最大限に意識して駆けだした。
そして最も隙が少ないと思われる、突きを放つ。
今度は当たる!
そう確信した時、ミーシャがわずかに体勢を動かし、僕の突きを避けた。
「なに!?」
そしてそのまま避けつつも僕の方まで近づいてきて、僕の首元にぴたりと剣を当てた。
「さっきよりは大分よかったです。でもまだまだ、早く動けるはずです」
「く.....もう一回!」
「はい」
そして、再度構える僕とミーシャ。
今度は剣を振り上げることなく、剣を横なぎに払う。
ミーシャはそれを顔面すれすれの位置で体をそらして避ける。
そして、またも一気に僕に向かって駆け出してくる。
僕も流石に二度も三度も一撃で負けるわけにはいかないと、足を一歩引くことで体勢を即座に戻して剣を構えなおす。そして、迫ってきたミーシャの一撃を剣で受ける。
「いいですね」
「ははは。僕だって何度も負けっぱしというのは嫌だからね」
「次はどうしますか?」
僕は体格差利用しようと、そのまま力を込めてミーシャを押し返そうとした。
しかし、力を込めたと同時にミーシャも動き始め、僕は体制を崩してしまった。
ミーシャはすっと僕の後ろに回り込み、とん、と僕の背中を押した。
「わ!?」
僕はそのまま吸い寄せられるように地面に倒れこんだ。
「残念。まだまだですね」
「くそ!もう一回!」
僕はすぐさま体制を整えて、駆け出した。
そこから何度も挑んでは倒され、挑んでは倒されを繰り返した。
僕が用意した簡易的なたき火も徐々に小さくなっていき、その火も消えかけ始めていた。
そして、僕が何度目かわからない転倒を披露した時、遂にそのか細く照らし続けていた火も消えてしまった。
「もう火も消えてしまいましたし、今日はこの辺にしましょうか。明日も頑張りましょう」
「は、はい」
僕は地面に倒れ伏しながら返事をするのだった。
結局、一度も剣を当てられなかったな.....
僕は悔しくて下唇をかみしめた。




