24. 黒騎士様と同族殺しの魔剣:その3
スラム街のちょっとした広場は先ほどまで激闘が繰り広げられていたのが嘘のように静まり返っている。暗闇と静寂のみが場を支配していた。広場には黒い装備で身を包んだ男がただ一人立っていた。そう、黒い男がただ一人だ。僕はここには存在していない。
「――――存在していないのだから何も見ていないし、見ていないから何も言いません。一体何を気にする必要があるんでしょうか」
「......」
「おいおい、こいつは何を言ってるんだ?」
どうやら“僕は空気作戦”は失敗のようである。
「どうか誰にも言わないから殺さないでください!」
僕は生き延びるために必死に頭を下げる。
「......殺しはしない。俺は別に殺人鬼ってわけじゃなから安心してほしい」
「よかった~」
「だけど何もなしとはいかないよな?」
見逃してくれそうなところを謎の声が邪魔をする。
この声は一体なんなのだ。軽い調子でペラペラとしゃべっているがこんな得体のしれないものに邪魔をされてはたまらない。
「すみません。変なことを聞きますが、この声って一体なんなんでしょうか?僕の空耳でしょうか?さっきからアナタの声以外が聞こえてくるんですが」
「おいおい失礼なやつだな。ヘルファイア、ちょっと俺をみせつけてくれ」
「......ん」
突然黒騎士様が大剣を抜刀し、僕の方へとつきつけた。
「ひ~、変なこと聞いてごめんなさい。もう余計なことは聞きませんから許してください」
「おい、いいから顔をあげてみろ」
謎の声から指示が飛ぶ。
僕は恐る恐る顔を上げる。
黒い大剣が異様な存在感を放っていた。女が持っていた短剣のように仄かに光り輝いている。
「あげましたけど......」
「おう、よろしくな。俺の名前はギルだ。それで俺を持っているのはヘルファイアだ。こいつはあまり話すタイプじゃないけど根はいいやつだぜ」
「ん~、やっぱりよくわからないんですが......」
「たく。にぶいやつだな。よっと」
突然剣が黒騎士様の元を離れ、地面に突き刺さった。
「俺が、魔剣ギルだ。さっきからず~と目の前にいる、この光輝く美しい剣が俺だ」
「.......」
やっぱりよくわからない。
しゃべる剣?ここは戦隊物や仮面ライダーの世界なのか?物がしゃべるって一体どういうことなんだ?
僕がポカーンとしていると、魔剣?が続けてしゃべりはじめる。
「まぁ、このことを知ってしまったら余計にただではすまないんだけどな。ははは」
「ええ~。それはないですよ。僕はこう見えて口は堅いですよ」
「......会った時からよくしゃべってるように思うけど?」
「確かにそうだな。こいつおもしれーな」
確かに僕は黒騎士様ことヘルファイアの前ではついついしゃべりすぎてしまっている。
このままではまずいかもしれない。
「僕はどうなるんでしょうか」
このまま生殺しの状態が続くのならば、いっそ判決をもらいたい。
僕は意を決して僕の処遇を尋ねた。
「......どうする?」
「しょがないからあれをやろう。いくらこいつが話さないと言ったって、何が原因で話すことになるかわからねー。お前としては嫌かもしれないが、こうする他にはない」
「......しょうがないか」
僕の処遇が決定したようである。
命がかかった場面でなければ剣とお話する光景にくすりと笑ったかもしれないが、今はとてもじゃないが笑える気分ではない。一体どうなるのだろうか。
さきほどの女との戦闘を見てしまった僕は、最早この二人に抵抗する意欲がわかない。女にさえ必殺技が通用しなかったのに、そんな女をあっさりと倒したヘルファイアに一体何ができるだろう。
しかし、いざ殺されるとなったらなんとしてでも逃げ延びなければならないとは思う。それ以外だったら従う以外に道はない。
ドキドキしながら判決を待つ。
「いまから俺がお前に刻印をつける。俺達のことを誰にも言わなければ何も害はない代物だ」
「もしもしゃべったらどうなるんですか?」
「刻印が作動してお前は死ぬ」
「そんな......」
「......俺もこんなことはしたくないんだが、これも使命のためなんだ。許してくれ」
そう言うと、ヘルファイアが地面から魔剣を抜き放つ。
そして剣先を僕の胸へと向けた。
「これって、痛いですか?」
僕は恐る恐る尋ねる。
「......少し、痛い」
「そんな」
「じゃあいくぞ~。五...四...」
突如始まるカウントダウン。
こうなったら覚悟を決めるしかない。話さなければ死ぬことはないし、それで見逃してもらえるならちょっとの痛みは我慢しよう。
「三...せい!」
「ぐああああああああああ!!!」
魔剣が僕の心臓へと突き刺さる。
少し痛い?こいつとんでもない嘘つきだ。
生温かい感触が僕の心臓を突き抜けるのを感じる。もの凄く痛い。これって心臓を貫かれる痛みそのままなんじゃないだろうか。痛みで気を失いそうになる。
「はい、おしまい」
すっと心臓から剣が抜き放たれた。
「はぁ...はぁ...」
僕はあわてて洋服をめくりあげ、貫かれた胸を見る。
剣が貫かれた場所には傷はなく、奇妙な模様の痣のみが刻まれていた。
「......悪かったな」
「この、嘘つき野郎!めちゃくちゃ痛いじゃねーか!」
僕はヘルファイアのむぐらをつかむ。
「......」
「おいおい、急に威勢がよくなったな。これ位の痛みでへこたれてるんじゃねーよ。男だろう」
「―――!!ご...ごめんなさい。つい」
僕はそっとヘルファイアの胸倉から手を離した。
つかんでいた手をそっとみつめる。僕がこんな野蛮なことをしてしまうなんて。
「......気にするな」
「ほんとお前は甘いよな。殺せば余計な心配だってなくなるのによ」
「......俺はあいつらとは違う」
「へいへい。ま、俺はお前の憎悪と魔剣魔力が食えればそれでいいんだけどよ」
僕少し落ち着きを取り戻す。
その時、道の先から足音が響いてきた。
「お、誰か来たようだから俺は一体ひっこむとするぜ。おい、誰にも言うんじゃねーぞ。じゃあな」
「......お疲れ」
ヘルファイアの持つ黒い魔剣から輝きが消えた。
そしていれかえるように足音の主がこの場へとやってきた。
「今大きな悲鳴が聞こえましたが、何かありましたか?」
やってきたのは騎士のクリスであった。
僕はそっとヘルファイアの表情を覗き込む。
ヘルファイアは小さくこくりとうなずいた。
「いえ、何もありませんでしたよ。暗い場所で突然この人とすれ違って驚いちゃったんですよ」
僕は二人のことを話さないよう気をつけて返答する。
「そうでしたか。ものすごい悲鳴だったから何か起きたのかと思いましたよ」
「はは、すみません。自分びびりなもので」
「この辺は今物騒なんですよ。この前も殺人事件が起きましたからね。夜はあまりうろつかないようにしてください」
「はい、気をつけます」
黒騎士様もこくりとうなずく。
「それでは気をつけて帰ってくださいね」
「はい」
「では、私は身周りを続けますので」
そう言って、クリスはスラム街の道をさらに奥へと進んで行った。
「はぁ、緊張したぁ」
僕は刻印が作動しなかったことにほっと胸をなでおろした。
「......そんな簡単には作動しないから安心していい。今日見たことや魔剣のことを話さなければ何の問題はない」
「そうかもしれないですけど、やっぱり命を握られてると思うとドキドキしちゃいますよね」
「......慣れてくれ。じゃあな」
この前同様、突然突風が巻きおこり、ヘルファイアの姿は忽然と消えてしまった。
「どうせ帰る場所は同じなんだからそんな演出しなくたっていいのに......」
僕はとぼとぼと宿屋への帰路についたのであった。




