第九章 残された場所
翌朝、特殊緊急防衛隊に工業地域での追加報告が届いた。
前日に対象が侵入した工場では、設備の一部に損傷が確認されたものの、人的被害はなかった。
ただし、工場の管理者からは、今後の再発を防ぐために敷地内の警戒を強化してほしいという要望が出ていた。
「対象はまだ見つかっていないのか?」
隊長が報告担当者に尋ねた。
「はい。昨夜、周辺の道路や空き地を確認しましたが、発見には至っていません」
「金属部品を集めているという話だったな」
「そのようです。周辺で廃棄された金属片がいくつかなくなっています」
隊長は地図を確認した。
「現場周辺の巡回を続ける。ただし、対象を見つけても不用意に近づくな。能力の影響範囲が分かっていない」
「了解しました」
湊は報告を聞きながら、工場での出来事を思い出していた。
あの個体は、何かを作ろうとしていた。
それが何なのかは分からない。
ただ、材料が足りないと言っていた。
「春日」
「はい」
「今日の巡回は工業地域の外側だ。住民からの通報があれば、すぐに対応できるようにしておけ」
「分かりました」
*
同じ日の昼。
湊たちは工業地域の外側にある道路を巡回していた。
周辺には小さな工場や資材置き場が点在している。
人通りは少ない。
しかし、車両の出入りはそれなりにあった。
「ここは廃材置き場が多いですね」
湊が周囲を見ながら言った。
「そうだな。金属を集めている対象がいるなら、こういう場所に現れる可能性はある」
同行する隊員が答えた。
二人は資材置き場の外周を確認した。
いくつかの金属片が地面に落ちている。
その一部には、最近動かされたような跡があった。
「隊長、こちらに痕跡があります」
湊が無線で報告する。
『対象の姿は確認できるか?』
「いえ、まだです」
『周囲を確認しろ。無理に敷地へ入るな』
「了解しました」
湊は資材置き場の入口から内部を見た。
奥には古い機械部品や鉄材が積まれている。
その陰に、小さな人影が見えた。
「あそこにいます」
同行する隊員が武器を構える。
湊は相手の姿を確認した。
工場で出会った個体だった。
個体は地面に座り、金属部品を並べている。
こちらに気づくと、すぐに立ち上がった。
「待って。今日は何もしないよ」
湊が声を掛ける。
個体は逃げずに、湊を見た。
「また来たの?」
「うん。ここで何をしているのか気になってね」
「作る」
「まだ作っているんだね」
個体は足元の部品を見た。
「足りない」
「何が足りないの?」
「分からない」
「分からない?」
「形は分かる。でも、足りない」
湊は並べられた部品を見た。
大きさも形も異なる金属片が、いくつかのまとまりに分けられている。
「完成したら、何ができるの?」
個体は少し考えた。
「動く」
「何かを動かすもの?」
「違う」
個体は首を横に振った。
「私が、使う」
「君が使うんだ」
湊はその言葉を繰り返した。
「そう」
「それなら、自分のために作っているんだね」
個体は答えなかった。
そのとき、資材置き場の管理者が入口から声を掛けてきた。
「そこに誰かいるのか?」
隊員が振り返る。
「警察と協力して周辺を確認しています。こちらへ近づかないでください」
管理者は足を止めた。
個体はその声を聞くと、金属部品から手を離した。
「ここは、人間の場所?」
個体が湊に尋ねた。
「そうだね。管理している人がいるから、勝手に使うことはできないよ」
「また、使えない?」
「許可をもらえれば、使えるものもあると思う」
個体は管理者を見た。
それから、足元に並べた金属部品を一つずつ拾い始めた。
「持っていくの?」
「持っていかない」
「そうか」
湊は少し安心した。
しかし、個体は部品を元の場所に戻すのではなく、資材置き場の入口付近にまとめて置いた。
「これは、ここに置く」
「どうして?」
「人間のもの」
個体はそれだけ答えた。
湊は頷いた。
「分かった」
個体は最後の部品を置くと、資材置き場の奥へ歩いていった。
「待って。どこへ行くの?」
「探す」
「何を?」
個体は振り返らなかった。
「まだ、分からない」
そのまま、積み上げられた鉄材の陰へ姿を消した。
隊員たちは周辺を確認したが、追跡は行わなかった。
資材置き場の管理者には、対象が使用した部品について説明し、今後の管理方法を確認した。
*
午後。
防衛隊の施設では、工業地域での接触記録が整理されていた。
「対象は、金属部品を使って何かを作ろうとしている」
隊長が報告書を確認する。
「ただし、完成形は分かっていません」
「自分で使うものだと言っていたそうだな」
「はい」
「それなら、対象が何を必要としているのか、もう少し確認する必要がある」
技術担当者が資料を開いた。
「金属を操作する能力については、研究部門でも関心を持っています。複数の部品を同時に移動させられるなら、装備への応用が考えられるかもしれません」
「現場で使えるようになるまで、どのくらいかかる?」
「分かりません。そもそも、能力の仕組みが分かっていませんから」
「そうか」
隊長は資料を閉じた。
「研究は研究部門に任せる。こちらは住民の安全を優先する」
湊はその会話を聞きながら、報告書に目を落とした。
個体は、自分で使うものを作っている。
それが完成すれば、何かが変わるのかもしれない。
だが、今はまだ分からないことの方が多かった。
*
同じ頃、久世灯里は父親の研究資料に残されていた古い図面を確認していた。
図面には、複数の生命体の身体構造が描かれている。
その横には、身体の変化に関する観察記録が添えられていた。
灯里は一つの記述に目を留めた。
――個体の身体は、外部環境に適応するだけでなく、個体自身が必要とする機能を獲得する可能性がある。
彼女はその文章を読み返した。
「必要とする機能……」
これまでに確認した資料では、身体の変化は個体ごとに異なっていた。
ある個体は身体の一部を硬質化させた。
別の個体は、周囲の金属を動かすような能力を示した。
そして、父親の記録では、それらの変化は個体自身の目的と関係している可能性が示されている。
灯里は端末に情報を整理した。
ただし、まだ結論を出すには早い。
目撃された能力が、個体の生存目的そのものを示しているとは限らない。
能力の使い方を覚えただけなのかもしれないし、身体が環境に反応した結果なのかもしれない。
彼女はその可能性をすべて残した。
そして、資料の最後に記されていた父親の言葉を見つめた。
――観察する側が、個体の目的を決めつけてはならない。
灯里は、その一文を記録に残した。
*
夜。
金属を集めていた個体は、街から離れた場所に戻っていた。
周囲には、これまで集めた部品が並べられている。
個体はその一つを手に取り、別の部品と組み合わせた。
何度か形を変える。
しかし、うまく固定できない。
個体は手を止めた。
「違う」
もう一度、部品を並べ直す。
今度は、別の形状のものを選んだ。
それでも、完成しなかった。
個体はしばらく動かなかった。
やがて、金属部品から手を離し、夜空を見上げた。
まだ足りないものがある。
それが何なのか、個体自身にも分かっていなかった。
それでも、作ることをやめるつもりはなかった。




