第八章 異なる反応
特殊緊急防衛隊の施設に、新しい報告が届いた。
今度の目撃地点は、郊外にある小さな工場だった。
工場の管理者によれば、数日前から敷地内で不審な物音が続いているという。設備の一部が動かされ、保管していた資材の位置も変わっていた。
盗難を疑って確認したものの、出入口に侵入の形跡はない。
「また特殊生命体の可能性があるということですか?」
湊が報告書を確認しながら尋ねた。
「可能性はある。だが、まだ断定できない」
隊長が答える。
「今回は工場の管理者も立ち会う。設備を壊さないよう注意しながら確認するぞ」
「了解しました」
*
現場に到着すると、工場の管理者が入口で待っていた。
「こちらです。最初は工具の置き場所が変わっている程度だったんですが、昨日は機械の部品まで外されていました」
「誰かが作業したような状態ですか?」
「そうです。ただ、工具を使った形跡がありません」
管理者は工場の内部へ案内した。
作業場には、金属加工用の機械が並んでいる。
そのうち一台は、外側のカバーが取り外されていた。
「ここです」
湊は機械の内部を確認した。
部品がいくつか外され、床に並べられている。
破損しているわけではない。
むしろ、丁寧に取り外されたように見えた。
「これを誰かが?」
「はい。ですが、私たちは触っていません」
湊は周囲を確認した。
そのとき、工場の奥で小さな音がした。
金属が触れ合う音だった。
「誰かいますか?」
返事はない。
隊員たちが慎重に奥へ進む。
棚の陰に、一つの人影があった。
細身の身体。
長い腕。
表面には薄い灰色の模様が浮かんでいる。
以前、倉庫で金属部品を持ち去った個体と似ていた。
「対象を確認しました」
湊が無線で報告する。
相手は手に持っていた金属部品を床に置いた。
「何をしている?」
隊員が尋ねる。
個体は答えない。
湊は少し距離を取って話しかけた。
「前にも会ったことがあるよね」
個体は湊を見た。
しばらくして、短く答える。
「……必要」
「これが必要なの?」
個体は床の部品を指差した。
「必要」
「何に使うの?」
返事はない。
湊は周囲を見た。
取り外された部品は、無造作に散らばっているわけではなかった。
大きさごとに分けられ、形状の近いものがまとめられている。
「何かを作っているの?」
個体は少しだけ動きを止めた。
「作る」
「何を?」
「……まだ」
湊は頷いた。
「まだ完成していないんだね」
個体は返事をしなかった。
そのとき、隊員が工場の管理者に確認した。
「この部品は、工場の設備に必要なものですか?」
「はい。勝手に取り外されると困ります」
隊員は個体に向き直った。
「ここにあるものを持ち出すことはできない。必要なら、管理者の許可を取らなければならない」
個体は隊員を見た。
「許可?」
「そうだ。これはこの工場の人が使うものだからな」
「人間のもの?」
「そうだ」
個体は床に並んだ部品を見た。
そして、少し考えてから、手に持っていた部品を床へ戻した。
しかし、その直後、工場の奥にある機械が突然動き始めた。
「危ない!」
隊員が叫ぶ。
取り外された部品の一つが機械の内部へ吸い込まれていく。
個体が手を伸ばした。
周囲の金属部品が一斉に浮き上がる。
機械の動きが止まった。
だが、床に置かれていた金属片の一部が勢いよく飛び出し、壁に突き刺さった。
「全員、距離を取れ!」
隊長の指示が飛ぶ。
湊たちは管理者を連れて後退した。
個体は浮かせた部品を床に戻した。
それから機械を見つめている。
「今のは、わざとじゃないのか?」
隊員が警戒しながら尋ねた。
個体は答えなかった。
湊は機械の状態を確認した。
内部で部品が引っ掛かり、動作が不安定になっている。
「このまま動かすと危険です。機械を止めてもらえますか?」
管理者が急いで電源を切った。
機械の動作音が消える。
個体はその様子を見ていた。
「止まった」
「うん。今は動かさない方がいい」
湊はそう答えた。
個体は、床に置かれた金属部品を一つ拾い上げた。
しかし、すぐにそれを戻した。
そして、工場の出口へ向かって歩き始めた。
「待って。これからどうするの?」
湊が尋ねる。
個体は振り返った。
「作る」
「また材料を探すの?」
「そう」
「でも、人のものを勝手に持っていくのは駄目だよ」
個体は少し考えた。
「……分からない」
「何が?」
「なぜ、必要なものを使えない?」
湊は答えを考えた。
「必要だからといって、誰かが使っているものを自由に持っていっていいわけじゃないんだ。相手にも必要な理由があるから」
個体は工場の機械を見た。
「人間は、必要なものを持っている」
「そうだね」
「私は、持っていない」
湊はその言葉を聞いた。
何かを作ろうとしている。
しかし、材料を持っていない。
それがこの個体の行動につながっているのかもしれない。
「何を作りたいのか、教えてくれたら相談できるかもしれないよ」
個体は答えなかった。
しばらく湊を見つめたあと、工場の外へ出ていった。
隊員たちは追跡しなかった。
管理者の安全と工場設備の確認を優先する必要があった。
*
現場から戻った湊は、今回の報告を提出した。
対象は金属部品を集め、何らかの物体を作ろうとしている可能性がある。
しかし、目的や完成形は不明。
また、能力の使用によって周囲の金属が予測できない動きをするため、接触時には十分な距離を確保する必要がある。
報告書を提出すると、技術担当者から追加の質問が届いた。
「対象が集めていた部品について、詳しい記録はありますか?」
「現場の写真ならあります」
「送ってください。研究部門でも確認したいそうです」
「分かりました」
湊は撮影データを送信した。
それから、少し考えた。
あの個体は、なぜそこまでして何かを作ろうとしているのだろう。
人間にとっては、金属部品を集めること自体に特別な意味はない。
しかし、あの個体にとっては違うのかもしれない。
*
同じ頃、財閥の研究施設では、回収された映像の分析が進められていた。
「金属を移動させる能力の精度が上がっていますね」
「前回の映像と比べても、対象の操作範囲が広がっている」
「身体の進化による変化でしょうか?」
「断定はできない。能力の使い方を学習した可能性もある」
研究責任者は映像を見た。
対象が複数の部品を同時に浮かせている。
「この個体が集めている金属は?」
「現場の写真から確認できる範囲では、形状も用途もばらばらです」
「特定の機械を作ろうとしているわけではないのか」
「まだ分かりません」
研究責任者は映像を止めた。
「引き続き観察しろ。能力の用途が分かれば、装備への応用も検討できる」
「了解しました」
研究員は記録を保存した。
彼らにとって、個体が何を作ろうとしているのかは、研究上の重要な情報だった。
その目的が個体自身にとってどれほど重要なのかについては、まだ十分に考慮されていなかった。
*
夕方。
久世灯里は、父親の古い資料と新たに閲覧できるようになった観察記録を照らし合わせていた。
個体番号ごとに記録された身体変化。
行動の特徴。
意思疎通の状況。
それらを整理していると、ある記録が目に留まった。
――外部から与えられた目的と、個体自身の目的が一致するとは限らない。
その下には、別の文章が続いていた。
――能力を利用する場合、個体がその能力を何のために使おうとしているのかを確認する必要がある。
灯里は手を止めた。
父親は、能力そのものだけでなく、能力を使う個体の意思を重視していた。
それは、研究成果を得るためだけでは説明できない考え方だった。
彼女は資料を保存した。
そして、画面に表示されている00の記録をもう一度開いた。
閲覧できる部分は少ない。
それでも、父親がこの個体について特別な関心を持っていたことは分かる。
灯里は、父親が残した資料を一つずつ確認し続けた。
*
夜。
工場から離れた場所で、あの個体は再び金属部品を集めていた。
今度は道路脇に捨てられた古い金属片だった。
個体は一つずつ手に取り、形を確かめる。
必要なものと、そうでないものを分けていく。
やがて、地面に並べた部品を組み合わせ始めた。
まだ完成しない。
個体は足りない部品を探すように、周囲を見渡した。
「まだ、足りない」
その声は夜の中に消えた。
何を作ろうとしているのか。
それが完成したとき、何が起こるのか。
それを知る者は、まだいなかった。




