第四十七章 確認されない乗客
特殊緊急防衛隊に、車両の運転手に関する追加情報が届いた。
車両を所有していた事業者によれば、運転手は数日前から出勤していなかったという。
しかし、本人から退職や休暇の連絡はなく、会社側も所在を把握していなかった。
「行方不明として届け出は出されていますか?」
湊が尋ねた。
「家族から捜索願が出されている。警察が別途確認を進めているそうだ」
「車両が見つかったことは伝わっていますか?」
「ああ。ただ、本人が運転していたかどうかは確認できていない」
隊長は資料を机に置いた。
「今回の車両については、特殊生命体に関する調査とは別に、運転手の所在も確認する必要がある」
「箱を運んでいた理由も、まだ分かっていませんね」
「そうだ。車両の所有者と実際の運行指示を出した者が同じとは限らない」
湊は資料に目を落とした。
荷台から消えた箱。
行方不明になった運転手。
そして、管理施設に残された移送記録。
それぞれに関連がある可能性はある。
だが、まだ一つの出来事として結びつけることはできなかった。
*
その日の午後、湊たちは郊外の山道へ向かった。
前日に発見された車両の移動経路を調べるため、周辺の道路と施設を確認することになったのだ。
山道の途中には、使われなくなった小さな倉庫があった。
建物の周囲には雑草が伸び、入口には古い錠前が残っている。
「ここは現在も管理されているんですか?」
湊が尋ねた。
「所有者に確認したところ、数年前から使用していないそうだ。最近、誰かが出入りした形跡があるという」
隊長は入口を確認した。
錠前には新しい傷があった。
「中を確認する。周囲の安全を確保しろ」
隊員が慎重に扉を開けた。
内部には古い棚と工具、使われなくなった機材が残されていた。
床には新しいタイヤの跡がある。
奥へ進むと、壁際に金属製の台が置かれていた。
その上には、何かを固定していたような留め具が残っている。
「最近まで使われていた可能性がありますね」
「そうだな。写真を撮っておけ」
湊は床を確認した。
金属片が一つ落ちている。
拾い上げずに撮影し、隊員へ報告した。
そのとき、建物の外で枝が折れる音がした。
「外に誰かいます!」
隊員が入口へ向かう。
湊も続いた。
倉庫の裏側に、大きな影が立っていた。
硬い外殻。
背中に並ぶ不規則な突起。
以前から山間部で目撃されていた大型の個体に似ている。
「対象を確認。距離を取れ」
隊長が指示した。
大型個体は防衛隊を見ていた。
しかし、攻撃する様子はない。
しばらくその場に留まったあと、身体の向きを変え、林の中へ進んでいった。
「追跡しますか?」
「いや。こちらから刺激する必要はない。周辺の安全を確認しろ」
湊は大型個体が消えた方向を見た。
以前にも似た個体を見たことがある。
だが、今回の個体が同じなのかは分からない。
それに、ここへ現れた理由も不明だった。
*
倉庫の調査を終えた頃、研究部門から追加の連絡が入った。
発見した金属片について、特殊生命体の身体組織と明確に一致する反応は確認されなかったという。
一方、表面には通常の工具では説明しにくい加工痕が残されていた。
「加工したのが人間なのか、特殊生命体なのかは?」
湊が尋ねる。
「分からない。現時点では、加工方法も特定できていない」
「この倉庫で何かを作っていた可能性はありますね」
「可能性はある。ただし、何を作っていたのかは不明だ」
隊長は調査記録に目を通した。
「金属片と車両の件を直接結びつける証拠はない。別々に調査を続ける」
*
同じ頃、財閥の管理部門では、前日に受け入れた対象の記録について確認が行われていた。
「移送元の記録は揃っていますか?」
「一部の記録が不足しています」
「不足しているのは、どの部分ですか?」
「移送前の状態確認と、移送に関わった人員の記録です」
担当者は端末を操作した。
「輸送中に問題があったという報告は?」
「ありません。受け入れ時の状態にも大きな変化はありませんでした」
「それなら、移送前の記録を確認してください」
「移送元の部門に照会します」
担当者は画面を切り替えた。
別の職員が管理対象の状態を確認している。
各区画の記録は個別に管理され、担当者が異なれば閲覧できる情報も異なっていた。
「こちらの対象について、追加の観察が必要です」
「理由は?」
「反応の変化が続いています。現在の観察方法では、変化の原因を特定できません」
「刺激を与える必要はない。まずは記録を継続しろ」
「分かりました」
職員は端末に記録を残した。
その施設では、何をどこまで調べるのかという判断も、対象ごとに異なっていた。
*
灯里は、父親が残した古い研究資料を整理していた。
最近確認した施設番号をもとに、十年前の研究計画と現在の施設情報を比較している。
すると、ある資料に目が留まった。
研究対象の管理について記された部分だった。
そこには、個体の状態を記録するだけでなく、観察場所を変更する場合の手続きについても記載されていた。
灯里は該当箇所を拡大した。
移動の理由。
移動前の状態。
移動後の観察結果。
そして、移動に関わった担当者。
それらが記録項目として並んでいる。
彼女は現在の財閥研究部門の公開資料を開いた。
同じような項目が存在している。
ただし、現在の資料では、移動に関する情報の多くが別の管理部門に分けられていた。
「どうして、ここまで分けているの……」
灯里は資料を閉じなかった。
十年前の研究でも、個体の移動は記録されていた。
それ自体は研究上、必要な手続きだったのかもしれない。
しかし、現在はその記録を一つの部門で確認できない。
彼女は、管理部門への照会先を調べ始めた。
*
夕方、湊は本部で報告書をまとめていた。
そこへ、隊長が新しい資料を持ってきた。
「山間部で確認された大型個体について、過去の目撃情報と照合した」
「同じ個体でしたか?」
「判断できない。映像の解像度が足りない」
「そうですか」
「それから、倉庫の所有者から追加の連絡があった。最近、倉庫の鍵を交換した覚えはないそうだ」
「では、誰かが錠前を傷つけて入った可能性がありますね」
「その可能性はある。だが、何者が入ったのかは分からない」
湊は報告書に目を戻した。
山間部の倉庫。
運び出された箱。
行方不明の運転手。
別々に見える出来事の間に、何らかのつながりがあるのかもしれない。
しかし、今のところ確認できているのは、誰かが何かを運び、どこかで管理しているらしいということだけだった。
*
夜。
森の中では、長臂の個体が組み立て途中の構造物を見つめていた。
金属片を一つ持ち上げ、別の部品と合わせる。
少しだけ動く。
しかし、動きは途中で止まった。
個体は部品を外し、別の位置に置き直した。
そのとき、遠くから車両の音が聞こえた。
個体は手を止めた。
木々の間から、道路を走る車の明かりが見える。
車両は止まることなく通り過ぎていった。
個体はしばらくその方向を見ていた。
そして、再び金属片に手を伸ばした。
まだ完成していない。
何のために作っているのか、その形が何を意味するのか。
個体はまだ、それを誰にも説明していなかった。




